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出来るのは道を整えること(コーウェン公爵)②

 さっそく、翌日からリーナによるセディの特訓が始まった。


「まずは私をクレアだと思って、ダンスに誘ってみなさい」


 リーナが言うと、セディは頷いてから口を開いた。


「クレア姉様、僕とダンスを踊って」


「セディ、それではまったく紳士らしくないわ。まず、もう子どもではないのだから、『クレア姉様』と呼ぶのはやめなさい」


「それじゃあ、僕も母上みたいに『クレア』って呼ぶの?」


「まだ婚約もしていないのに呼び捨てなんて駄目に決まっているでしょう。この場合は『クレア嬢』と呼ぶのが正しいわね」


「『クレア嬢』? 何か呼びにくい」


 セディは不満そうだが、リーナは続けた。


「それから、『僕』ではなく『私』」


「『私』」


「『踊っていただけますか』」


「『踊っていただけますか』」


「では、最初からもう1度」


「クレア、嬢、私、と踊って、いただけますか?」


 切れぎれで棒読みだが、リーナはにっこりと笑った。


「それで良いわ。毎日練習すれば、きっと本番までには完璧にできるようになるわね」


「父上も母上をダンスに誘ったりしたの?」


 ふたりの様子を横から見ていた私に向かい、セディが問いかけた。


「ああ、もちろん誘ったな」


「その時は父上も母上のことを『カトリーナ嬢』って呼んだの?」


「いや、『姫』だ。『カトリーナ姫』」


「ああ、そうか」


「父上はそれはそれは紳士らしくて、とっても素敵だったのよ」


 リーナはそう言うが、リーナをダンスに誘うようになった時には私はすでに20代の後半になっていたのだから、誇るようなことではない。それでもセディは私に尊敬の眼差しを向け、感嘆の声をあげた。


 さらに、セディはリーナを相手にダンスの練習もした。

 セディは「ダンスはセンティアの課外授業でちょっとだけ教わった」と言っていたが、「ちょっとだけ」は謙遜ではなかったようだ。




 私は一応、王宮の夜会にクレア嬢が参加することを確認した。バートン家にも陛下から招待状は送られていた。


「また、バートンか。いったい何なのだ?」


 陛下が訝しむので、私は話しておくことにした。陛下だってセディの雄姿をご覧になりたいはずだ。


「バートン伯爵の長女クレア嬢のことは陛下もご存知ですよね?」


「ああ、セディが幼い頃に慕っていた令嬢だろう」


「それが、幼い頃だけではなかったのです」


 私はセディがクレア嬢との結婚を望んでいることから、毎晩リーナが行っている特訓のことまで、陛下に包み隠さず語って聞かせた。やはり陛下は大いに興味を引かれたらしい。


「セディはもう結婚するのか」


 感慨深げに呟いてから、陛下はジロリと私を睨んだ。


「確かバートン家の令嬢はつい先日、婚約破棄をしたばかりだったな。ウィルが何かしたのか?」


「私は何もしておりません。ただ、クレア嬢の元婚約者があまりに不誠実な男なので、物事が正しい方向へ進むよう少し手助けをしただけです」


「つまり、したのではないか」


「陛下は、セディの想い人があんな男と結婚するべきだったと仰るのですか?」


「そんなことは言わん。私はいつでもセディの幸せを祈っている」


「でしたら、万が一、クレア嬢と結婚したいなどと言い出す者がいても、陛下は許可を出したりしないでくださいね」


 私がそう頼むと、陛下は眉を寄せた。




 私はウォルターに命じて、屋敷にある次期当主夫婦用の部屋を改装させることにした。それが済んだら、セディはこれまで使っていた子供部屋からそちらの部屋に移る予定だ。

 新しい壁紙や家具などはクレア嬢が好みそうな物をリーナとセディに選ばせた。


 同時に、リーナが懇意にしているドレスの仕立て屋に、ウェディングドレスの製作を依頼した。しかし、それを着る本人を知らないのではデザインを考えることも難しいと言われた。

 私は仕立て屋を王宮の夜会に紛れ込ませることにした。




 そうして、決戦の夜が来た。


 王宮に向かう馬車の中で、リーナがセディに最後の訓示を述べた。


「クレアを見つけても、昔みたいに駆け寄って抱きついたりしたら駄目よ。あくまで紳士らしく行動すること」


「はい」


 夜会が始まると、セディはリーナに背中を押され、会場の中からクレア嬢を探すべく動きだした。いざという時のため、少し離れてトニーがついて行った。

 本当は私もついて行きたかったが、リーナに止められ、ハラハラしつつ遠くから見守るしかなかった。

 すぐにセディの行く手を令嬢たちが阻むが、セディは怯む様子を見せながらも、前進を続けた。


 ふいにセディが会場の片隅にいたひとりの令嬢に向かってまっすぐに歩いていった。

 私がリーナを伺うと、私の視線に気づいたリーナは微笑みながら頷いた。


「思っていたよりもあっさり見つけてしまいましたわね」


「愛の力か」


 いつのまにか私たちのそばに立っていた陛下が言った。


「でも、まだまだこれからですわ」


 クレア嬢と何か言葉を交わした後、セディは彼女に手を差し出した。クレア嬢がすぐにその手を重ね、ふたりはダンスの輪に加わっていった。


「セ、セディが女性とダンスを……」


 この夜のためにセディは特訓をしてきたわけだが、実際に令嬢と踊っている姿を見ると、私は感動のあまり言葉を失った。


 やがて曲が変わると、セディはクレア嬢と一緒にバルコニーへと出ていった。私は追いかけようとしたが、もちろんリーナに止められた。

 しばらくして、クレア嬢がひとり、慌てた様子で広間に戻ってきた。どうしたのかと心配していると、後からセディも姿を見せた。

 セディはキョロキョロと広間を見回していたが、そのうちに肩を落として広間の出口へと歩いていった。トニーが私たちのところまで来て言った。


「若様は帰られるそうです」


「クレア嬢と何かあったのか?」


「それが、求婚をしてしまいました」


 トニーの言葉に、私たちは呆気にとられた。


「もうしてしまったの?」


「それで、クレア嬢の返事は?」


「まだ何とも。クレア様は驚かれて、逃げていかれました」


「それも仕方ないわね」


 リーナが溜息を吐いた。




 翌朝、馬車の中で私は目の開いたセディに改めて尋ねた。


「セディ、おまえは昨日、クレア嬢に求婚したそうだな」


 セディはシュンとした。


「うん。でも、無理って言われた」


 私はしばしその意味を考えた。拒絶にも聞こえるが、昨夜のトニーの言葉も合わせれば……。


「落ち込むことはない。クレア嬢は突然のことに驚いて、そう口にしてしまっただけだ」


「そうなの?」


「きっとそうだ。クレア嬢はどんな様子だった? セディと久しぶりに会って、喜んだのではないか? それとも、嫌そうだったか?」


 私が訊くと、セディは視線を巡らせた。


「多分、喜んでたと思う」


「それなら、今頃はクレア嬢もセディのことを考えてくれているだろう」


「そうかな?」


 セディの表情が明るくなった。


「セディ、仕事の手が開いた時にでも、父上のところに来なさい。一緒にバートン伯爵に挨拶に行こう」


「クレア姉様の父上に?」


「本来なら求婚する前には、相手の父上にも許可を得ておくものなんだ」


「うん、わかった」




 昼前、私はセディを連れて財務官室を訪ね、入り口近くにいた者にバートン伯爵を呼び出してもらった。やって来たバートン伯爵は、私たちの姿を見ると不思議そうな顔をした。


「公爵、どうなさいましたか?」


 どうやら夜会でのことをまだ知らないらしい。


「実は、息子があなたに挨拶をしたいそうだ」


 私が促すと、セディは緊張しながら頭を下げた。


「初めまして、セドリック・コーウェンです。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 わけがわからない様子ながら、伯爵も頭を下げた。


「セディ、それだけでは伯爵に伝わらないぞ」


「ええと、僕、じゃなくて私は、クレアね……、クレア嬢と結婚したいです。だから、よろしくお願いします」


 セディは再び頭を下げた。伯爵はポカンとした顔でセディを見つめた。


「クレアと、ですか? レイラの間違いとかではなく?」


「セディがクレア嬢とレイラ嬢を間違うはずがない。それに、レイラ嬢はもう結婚したのではなかったかな? 既婚者との結婚など望むわけがないだろう」


 私はきっぱり告げたが、伯爵はまだ戸惑っていた。


「いや、確かにそうなのですが……」


「あ、でも、まだクレア嬢からは返事を貰っていません」


 セディが少し哀しそうに言った。


「返事、とは何の?」


「もちろん求婚の返事です」


「もうクレアに求婚されたのですか?」


「はい、昨夜。お父上へのご挨拶が後になって申し訳ありません」


 セディがすまなそうに肩を竦めると、伯爵は手を振った。


「それは、構いませんが」


「じゃあ、認めていただけるんですか?」


「そう、ですね」


「ありがとうございます。あ、でも、クレア姉……、クレア嬢からはちゃんと自分で承諾を得ますから」


「そう、ですか」


「セディ、そろそろ仕事に戻りなさい。後は父上が話そう」


「うん。失礼します」


 セディが去ると、私は改めてバートン伯爵と向き合った。


「先に息子がクレア嬢に求婚してしまったが、もちろん私もクレア嬢を息子の妻に迎えることに異存はない。これは我が家からバートン家への正式な申し込みとして受け取ってもらえるとありがたい」


「もったいないことです。さっそく今夜、娘と話をいたします」


「よろしく頼む」


 私も最後に軽く頭を下げてから、自分の仕事に戻った。




 午後になって陛下の執務室に行くと、陛下は胡乱な目を私に向けた。


「ウィル、なぜおまえはセディに宮廷でバートンへ挨拶させたのだ? しかも人目のある場所で」


 もうあれが陛下のお耳にまで届いたのだ。


「私の息子が求婚したとなれば、他の家に対する牽制になりますから。これ以上の恋敵など、必要ありません」


 陛下は大袈裟なくらいの溜息を吐かれた。私の答えなど、訊かなくてもわかっていたのだろう。


「実際のところ、そうなりそうな者はいたのか?」


「クレア嬢はすでに20歳とは言え、女主人の代わりが務まるほどしっかりとしていますから、彼女に興味を示した家はいくつかあったようです。ただし、出来の悪い息子の面倒を押しつけられる相手を求めている家ばかりで、下手をすると元婚約者よりたちが悪い。まあ、セディの恋敵になれる者などおりません。ですが、念には念を入れませんと」


「そうか」


「陛下もご覧になったでしょう、昨夜のセディの立派になった姿を」


「ああ、見た見た。それよりも、そろそろ仕事を……」


「それとは何ですか。セディは今、大事な分岐点に立っているのですよ」


「どこが分岐点だ。分かれ道の一方はおまえが消してしまったくせに」




 その夜。


「まったく、再会してすぐに求婚するなんて」


「駄目だったの?」


「旧交を温めて気持ちを伝えてからと言ったでしょう」


「だって……」


「まあ、済んでしまったことはもういいわ。それよりも、セディはクレアに結婚してもらうために、これからどうするつもりなの?」


 リーナの問いに、セディは首を傾げた。


「……どうしたらいいの?」


「そうねえ、とりあえず毎日クレアに会いに行って、今度こそあなたの気持ちをしっかり伝えてきなさい」


「毎日? じゃあ、明日から仕事の帰りに……」


「夜なんて、あちらに迷惑でしょう。昼間よ」


「でも、昼間は仕事があるし」


「方法はあるはずです。しっかり考えて」


 セディは悩ましげに頷いた。

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