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闇の中で踠く(コーウェン公爵)

セディが遭った事件について書いています。全体的に暗くて辛い話になりました。苦手な方はご注意ください。

 セディの行方がわからなくなって3日後、騎士団から「ご子息らしき方が発見されました」と伝えられた。頭に浮かぶ最悪の結果を必死に追い払っていた私は、生きて見つかったと聞いて心から安堵した。

 都の中心近くで姿を消したセディは、郊外の畑道で倒れているところを農民に保護され、庶民を専門に診ている町医者のところに運びこまれていた。


 実際に目にしたセディの状態はそれは酷いものだった。全身につけられた大きさも種類も様々な多くの傷。髪の毛もあちこち切られて不揃いなのに、顔だけは小さな擦り傷があるくらいでほぼ綺麗なままなのが逆に異様だった。

 発見時にセディが身につけていたという衣服は行方不明になった時に着ていたのと同じものだったが、まったく原型を留めていなかった。


 熱を発し意識のなかったセディを、宿代わりに借りていたタウンハウスに移した。騎士団には「息子は無事でした」と知らせ、謝礼を贈った。

 一方で、私が母国から連れて来ていた側近と、この国にいる我が国の間諜に、犯人を捜すよう命じた。間諜を私的に利用することは本来なら許されることではないが、あの陛下なら今回は目を瞑ってくれるだろうと考えた。


 セディの行方不明に責任を感じていたトニーが、セディのそばにつきっきりで看病した。だが、ひとりでは手が足りぬだろうと、この国で雇っていたメイドにも看護を頼むことにした。

 ところが、数日たって意識の戻ったセディは、メイドの姿を見て怯え、弱った体で逃げ出そうとする様子まで見せた。

 そのため、リーナがトニーとともにセディを看ることになった。王宮育ちだというのにリーナはしっかりしたもので、母親の強さを感じた。


 往診を頼んだ町医者は毎日やって来た。セディは彼の前でも顔を強張らせたものの、メイドに対するほどの拒絶は見せず、大人しく診察を受けた。


 セディはあの3日間の記憶を失っていた。なぜ自分が体中に怪我を負っているのか、どうして他人がそばにいると落ち着かず、特に女性が怖くて堪らないのか、まったくわからないようだった。

 しばらくしてからセディは悪夢を見て唸されるようになった。夢の内容はいつも同じらしく、「恐い女の人が笑ってる」のだと言う。

 リーナがセディの隣で寝るようになった。


 その頃、私にもたらされた情報によると、ここ数年、セディと同じように行方知れずになって数日後に傷だらけで発見された者が何人かいたらしい。

 私はさらに詳しく調べさせることにした。




 セディの体の傷は徐々に癒えていったが、部屋からもほとんど出ることなく過ごす日々が続いた。

 虚ろな表情で黙り込む息子を見ながら、私は2年前の自分の選択を後悔していた。


 外交官として5年ほどかけて近隣諸国を周ることが決まった時、陛下から「セディは私が預かるぞ」と言われたが、私はすぐに断った。

 引っ込み思案なところのあるセディを連れて行くことに不安がなかったわけではない。しかし、私自身が若いうちに留学などで外国に行っていたので、セディにも生国では見られないたくさんのものを見せてやりたかった。

 だが何より、可愛いひとり息子と長い間離れることなど私には耐えられそうになかったのだ。数年後にセディが学園に入学する歳になれば帰国させて、陛下か私の弟に預けねばならないだろうが、それまでは手元に置いておきたかった。


 実際に外国生活が始まると、セディは思いの外早くそれに順応していった。

 私の期待どおり、セディは様々なものを見て、興味を引かれているようだった。母国にいた頃よりも積極的に外へ出ていき、相変わらず人見知りはするものの、それでも知り会った人々と触れ合った。

 さらにセディは語学に関して驚くべき能力を持っていることがわかった。どこの国に行っても、瞬く間にその国の言葉を身につけたのだ。


 母国を離れて約2年、私は順調に外遊をこなし、この国へとやって来た。

 13歳になったセディはますます活動的になり、そばにいるトニーを困らせるくらいだったが、私やリーナはそれを喜んでいた。あの日、私たちのいた部屋に顔色を変えたトニーが駆け込んでくるまでは。




 命じた調査は難航した。

 傷だらけで見つかったのは上位貴族の若い子女ばかりだった。彼らの家の者たちは醜聞を怖れ、被害に遭ったこと自体をなかったことにしていた。その気持ちは私にもよくわかる。私自身がセディのことは隠していた。

 ただ、若者が誘拐されたということになると、下位貴族から庶民まで被害者がいることがわかった。彼らの行方はわからぬままだった。




 私たちは、次の訪問国へと移動した。

 セディは私かリーナかトニーが一緒なら、何とか外出できるようになった。しかし、顔を俯けてばかりで、以前のように何か物珍しいものがないかと周囲を見回すことはなかった。


 しかし、しばらくするとセディは「僕はもう大丈夫」と口にするようになった。「母上が一緒にいなくても大丈夫」と。

 私の妻として、陛下の妹として、リーナも各国でご婦人方と交流するなどしていたが、事件後はセディから離れられなかった。セディもそういう状況に気づき、不甲斐なさを感じはじめたらしい。


 セディはまだ不安定な状態で、悪夢もたびたび見ているようだった。それでもセディの言葉を無視するわけにはいかず、リーナはセディのそばにいる時間を少しずつ減らしていった。

 セディは自分の言葉を証明するために、ひとりで外へと出ていった。トニーが少し離れて見守っていたが、逃げるように帰ることも多々あった。


 私はセディを母国に帰すことを考えはじめた。

 当初の予定どおり学園に入れるのではなく、陛下に優秀な家庭教師を探してもらうつもりだった。

 しかし、リーナがそれに反対した。セディは前に進みたくて必死に踠いているのに、帰国して閉じ籠っていればいいと言うのか、と。

 リーナの言葉は理解できるが、私たちと国から国へと移動する生活では、良い家庭教師についてもらうことは難しかった。だがそれ以上に、セディを母国の学園に入学させることは考えられなかった。


 そんな時、私は次に向かう国にあるセンティア校のことを思い出した。

 センティア校は貴族のための全寮制の男子校だった。生徒をはじめ、教師から使用人に至るまで男ばかりの場所だ。留学生も多く受け入れており、私も1年間だけ在学していた。

 もちろん、心配なこともたくさんあった。知らない人間ばかりの中で本当にやっていけるのか、身の回りのことをひとりでできるのか、などなど。


 私はリーナに、セディをセンティア校に入学させることを相談した。リーナはすぐに賛成した。

 セディには、センティア校について説明するとともに、母国の学園や家庭教師という選択肢もあることを話した。セディは不安そうな面持ちながら、センティアを選んだ。


 私はさっそく、セディにその国の言葉を教えはじめた。さすがのセディも現地の人々との交流がない状況では、新しい言葉を身につけることはできなかった。




 同じ頃、あの国から怪しい人物がいると報告が届いた。その名を聞いて私は驚いた。あの国では有名な名家である公爵家の人間だったのだ。

 その公爵家の当主は長く宮廷で権勢を誇っていたが、何年か前に病で倒れてからは表に出ることはなくなり、代わりにその妻が内外で力を振るっていた。

 妻といっても、公爵にとっては3人目の妻だった。ある貧乏子爵家出身で、孫のように歳が離れているらしいので、嫁いだ経緯は察せられる。

 セディが姿を消したのはその公爵家の屋敷のすぐそばで、さらに、セディが発見された場所の近くには公爵家の別邸があった。その別邸が周辺に住む農民たちから気味悪がられているのだという。


 以前から、私の中にはある疑惑があった。

 事件の被害者は多い。いくら隠しているとはいえ貴族の中にも何人もいるのだから、さすがに噂くらいは立つだろうし、それを宮廷がまったく把握していないとは思えない。それなのに被害が止まないのは、事件がまともに捜査されず、放置されているからだろう。

 ではなぜ放置されているのかといえば、宮廷はとっくに犯人の正体に目星をつけているが、事件や犯人が明らかになると困る人間が多く存在するからではないか。

 本当に公爵夫人が犯人なら、いくら名門でも公爵家は取潰しを免れないし、連座する人間もかなりになるはずだ。


 私は陛下のお力を借りることにした。




 センティア校のある国へ入るとすぐに、私はセディの入学手続きを取った。

 言葉に関しても現地の者にセディの発音などを確認してもらったが、問題はなさそうだった。


 だが、セディがセンティア校に入る日が近づくにつれて、私は不安になっていった。やはりこのまま私たちのそばに置いておくべきではないかとリーナに相談すると、子離れしなさいと言われた。

 セディが行きたくないと言い出すことは1度もなかった。


 セディがセンティア校に入学し、直後に私とリーナはさらに次の国へと向かった。


 セディから手紙が届いた。カイル第二王子と寮でルームメイトになり、王子たちに助けてもらいながら何とかやっていると書かれていた。

 私はセディが強がっているだけなのではないか、本当は寂しくて泣いているのではないかと心配した。しかし、それならセディは「僕は大丈夫」と書くはずだとリーナに言われて納得した。


 それからもセディは時おり手紙を書いてきた。セディはカイル王子たちの手を借りながら少しずつ学校生活に馴染み、徐々に楽しむこともできるようになったらしかった。




 陛下からそれとなく圧力をかけてもらったことで、かの国がようやく重すぎる腰を上げたところだった。

 あの女が死んだと連絡が来た。愛人の男に惨殺されたのだという。

 殺人現場である公爵家の別邸を騎士団が捜索すると、行方不明者たちが次々と発見されたが、息があったのは数人だった。さらに、本邸で保護された公爵も衰弱の激しい状態だったらしい。


 当然、公爵家は取り潰された。女を殺した者以外にも愛人はいたらしく、その全員が事件に関わっていたとして極刑に処されることになった。彼らの家と、女の実家も罰を受けた。




 入学から1年が過ぎ、長期休暇になってセディが私たちのもとに戻ってきた。

 セディは見違えるように成長していた。身長が伸びて体が大きくなった。顔色も良くなり、表情も以前より明るく見えた。

 セディは私たちに学校生活のことやカイル王子らクラスメートのことをあれこれと話して聞かせ、「センティアに入って良かった」と言った。


 相変わらず女性に対しては恐怖心を抱き、悪夢を見る夜もあったが、それでもセディは確実に前へと進んでいた。

 やがて再びセンティア校に向かうセディの顔に、不安の色は見えなかった。

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