表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/55

可愛い甥は誰に似た(国王陛下)②

 翌月、王宮での夜会でリーナは無事にデビューを果たした。エスコートはリーナより3歳上の弟に任せた。


 初めて社交の場に姿を現した国王の妹は当然、注目の的だった。多くの男たちが美しいリーナに見惚れた。

 それなのに、リーナはウィルだけに熱い視線を向けていた。確かに、いつもの宮廷服ではなく夜会用の衣装を纏ったウィルはいつもより、いつもより……。

 やはり私にはいつもと同じにしか見えなかった。すまん、ウィル。


 その時、リーナの顔が俄かに曇った。どうしたことかとウィルを見ると、同年代の女性たちと話していた。

 彼女たちはただのウィルの知人だし、皆、既婚者だから安心しろ。それとも、おまえも同世代の者たちと交流しなさい。

 私はどちらを言うべきか迷い、結局どちらも口にしなかった。代わりにウィルを呼び寄せた。


「リーナがファーストダンスの相手が兄では嫌だと言って困っているのだが、ウィルが踊ってやってくれないか? おまえならリーナも知っているし、安心だろう」


 本当はそれも弟に任せる予定だったのだが、仕方ない。リーナのデビューを祝って、兄からのプレゼントだ。


「私で良ければ喜んでその栄誉ある役目を引き受けさせていただきます」


 そう言ってウィルは紳士の礼をすると、リーナに手を差し伸べた。堅物のくせに、こういうところはそつのない男だ。

 リーナの顔がこれ以上ないほどに輝いた。


「どうぞよろしくお願いいたします」


 リーナも淑女の礼を返すと、ウィルの手に彼女の手を重ねた。


 はっきり言って、リーナとウィルでは親子とまではいかないが、せいぜい歳の離れた兄妹といったところで、どうにもダンスのパートナーとしてはちぐはぐな印象だった。

 だからこそ、リーナのファーストダンスの相手をウィルが務めたことに、会場にいた誰もが特別な意味を見出さなかっただろう。

 しかし、リーナ本人はそんなことを気にもせず、実に嬉しそうに踊っていた。




 それからも、時々リーナを夜会に行かせた。私は貴族が屋敷で開催する夜会にまで顔を出せないので、エスコートをリーナと歳の近い弟か従弟に任せ、彼女の様子を報告させた。


 どうやらウィルが毎回リーナをダンスに誘ってくれたらしい。まあ、私がウィルの参加する夜会を選んでやったということもある。

 同じくらいの歳の者と踊ることもあるそうだが、やはりリーナの心を惹きつける男は現れなかったようだ。


 一方、リーナが初めて正式に参加した王妃主催の茶会において、ある運命の出会いをしたのもこの頃だ。その相手はヒューズ伯爵令嬢アメリア。

 リーナより2歳上だった彼女が程なくバートン次期伯爵に嫁いでからも、ふたりの交流は続いていくことになる。




 約束の2年が過ぎ、リーナの16歳の誕生日になった。

 さすがに私も心を決め、どうやってウィルに切り出そうかと考えていた。


 ところがその日の昼過ぎ、私の執務室にやって来たウィルが深々と頭を下げた。


「カトリーナ姫を、私の妻にお迎えする許可をいただけないでしょうか」


 それは、願い出るというよりは確認するような響きに聞こえた。


「ずいぶん突然なことだな」


「申し訳ありません。私もそれなりに根回しをしてからと考えていたのですが、その、姫が……」


 ウィルの目が泳いだ。


「リーナがどうしたのだ?」


「先ほど私のところにいらして、求婚をされました」


「それは、リーナがおまえに、ということか?」


「はい」


 私は嘆息した。

 16歳になってとうとう抑えられなくなったのだろうが、自ら突撃してしまうのはあまり淑女らしい行動とは言えない。


「もちろん、ウィルはそれを承諾したわけだな。だが、リーナの勢いに押されて決めてしまって、本当に良いのか? おまえからすれば、リーナなどまだまだ子供だろう」


 ここでウィルに「そうですね。やはりやめます」などと言われたら、私はかなり困ることになる。だが、ウィルはもちろん、そんなことは言わない男だった。


「それは違います。姫とのことは私も以前から考えておりましたし、近いうちに陛下にお願いにあがるつもりでした」


 てっきり、ウィルは「リーナがまだ子供」のほうを否定するだろうと思ったら、「勢いで決めた」のほうだった。


「おまえは今までそんな素振りも見せなかったではないか。いったい、いつからなのだ?」


 ウィルは少し迷う様子を見せてから、口を開いた。


「毎日顔を合わせているうちに、姫が私に好意を向けてくださっていることに気づきました」


 小娘の恋心など、ウィルには暴露ていたわけだ。まあ、あのリーナが本人の前で気持ちを隠しきれていたはずもないか。


「もちろん最初は戸惑いましたが、姫はあれほど可愛いらしい方ですから、そのうちに私も……」


「憎からず想うようになった、と」


 ウィルは頷いた。


「歳の差を考えれば、姫との将来を考えることには躊躇いもありました。ですが、2年ほど前から陛下が私と姫のことを気にしていらっしゃる様子でしたので、姫がもう少し大人になられれば認められるのではないかと思い、その時が来るのを待っておりました」


「なるほど」


 私の考えていたことも暴露ていたわけだ。それはそうか。ウィルと私の仲だ。


「良いだろう。おまえとリーナの結婚を認める。末長く大事にしてやってくれ」


「ありがたき幸せにございます」


 ウィルは完璧な臣下の礼をすると、足早に部屋を出ていった。おそらく、その辺りでリーナが待っているに違いない。


 その夜のリーナの誕生日パーティーは、急遽ウィルにリーナのエスコートを頼むことにした。


 リーナとウィルが並ぶ姿は、まだまだ釣り合いが取れているとは言い難かった。

 しかし、16歳になったリーナをウィルがエスコートした意味は、その場にいた誰もが察したはずだ。リーナに送られたたくさんの「おめでとうございます」の言葉は、誕生日を祝うだけのものではなかっただろう。




 それからすぐにウィルとリーナの婚約が整い、1年後にはリーナはコーウェン次期公爵夫人になった。


 さらに3年がたち、リーナは玉のように可愛い男の子を産んだ。

 セドリックと名付けられたその子の顔立ちには、母方の血が色濃く表れていた。つまり、セディはウィルよりも私に似ている。

 だがウィルは単純にセディが母親似だと喜んだ。もちろん、ウィルが正しい。


 そして、間もなく私たちは知った。セディが生まれたのと同時に、宮廷一の親馬鹿も誕生していたことを。




 セディが幼いうちのことだけかと思っていたウィルの溺愛は、結局、セディの結婚が決まった現在も変わらない。むしろ、酷くなった気がする。

 4年前にセディの身に起きたことを思えば、仕方ないのかもしれない。私とて、それを知った時には件の国との国交断絶を本気で検討し、王太子に全力で止められた。


 ウィルが甘い分、リーナがセディを厳しく育ててきた。

 ウィルが私に語って聞かせたことだって、リーナがセディに「本気でクレアと結婚したいなら、夜会でダンスに誘うくらいして、自分自身で求婚してきなさい」と突きつけた結果なのだ。まったくリーナらしい。

 ただしリーナも、セディがクレア嬢と再会したその日のうちに求婚までしてしまうとは思っていなかったのだ。

 リーナの言葉がなければ、ウィルは公爵家の力を最大限に使い、強引にでもセディとクレア嬢の婚約を纏めていただろう。まあ、ウィルが何もしなかったというわけではない。


 とはいえ、やはりセディの結婚はめでたいことだ。私はウィルやセディの話を聞くばかりで、まだクレア嬢に会えていないのだが、なかなか頼もしい令嬢らしい。

 20年も連れ添ううちに、リーナとウィルはすっかり夫婦にしか見えなくなった。今は幼く見えるセディも、クレア嬢と良い夫婦になればと思う。

 当然、セディの結婚式には何があっても出席するつもりだ。


「先日の婚約披露でクレアが着たドレスもセディが選んだのですが、これが実にクレアによく似合っていて、まったくセディには見る目があります。もちろんウエディングドレスも……」


 それにしても、ウィルの話はいつ終わるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ