可愛い甥は誰に似た(国王陛下)①
セディ父の名前が初めて出てきますが、陛下の名前は考えていません。
「セディは広間に集う大勢の人々の中から見事にクレアを見つけ出し、堂々とダンスに誘って一緒に踊ったのです」
「そうか」
目の前で熱く語るウィルに対し、私は空返事をした。
こういう時の彼が別に返事など求めていないことは、私もすでに経験から理解している。だが、私が聞いていないとわかると機嫌を損ねるのだ。
そもそも、私もその場で見ていたのだから、ウィルがわざわざ夜会での息子の雄姿を私に語る必要はまったくないのだが、彼はそれをすっかり忘れている。
正直に言えば、あの時のセディには色々残念なところがあって、雄姿というにはかなり甘い採点をせねばならない。例えば顔が強張っていたとか、何度もクレア嬢の足を踏みそうだったとか。
しかし、ウィルの前でそんなことを言えるはずがないし、私もセディに甘い採点をすることは決してやぶさかではない。うん、セディは頑張った。
「しかもセディはその後でクレアに求婚して、自分の手で承諾を得てきたのです」
「それは凄いな」
確かセディがクレア嬢から結婚の了承を得るまでに半月以上かかったはずだが、ずいぶん端折ったな。もちろん、すでにウィルからも、セディ本人からも話は何度も聞いているので、むしろありがたいが。
「それまでセディは毎日、バートン家に通い……」
やはり端折るつもりはなかったか。
どうしても聞かねばならないというなら、セディから聞いたほうがまだましなのだが。いや、何度も聞いたから、すでに私自身が誰かに語ってやることもできるぞ。
ちなみに、セディにクレア嬢と会うための外出許可を出したのは私だ。感謝が足りぬのではないか。
ウィルフレッド・コーウェン公爵は私の1つ歳下の友人であり、家臣であり、義弟でもある。
信頼する外交官で、公爵領の経営も上手くいっているし、妻のカトリーナによると家庭では良き夫、良き父だという。
だが、私はウィルが良き父であるということには首を捻らずにはいられない。彼はどうにもセディを愛しすぎている。すぎるは及ばざるが如し、だ。
ウィルは普段は硬いくらいに真面目な男なのに、息子のことになると別人のようにそれが崩れてしまう。このウィルの親馬鹿振りは、宮廷でも一部の者の間では有名なことだった。
私だって、3人の子の父親だ。子供が可愛いという気持ちはよくわかる。それに、私の末の妹でもあるリーナが産んだセディのことは、かなり可愛いと思っている。
それでもウィルが息子について語る熱心さには、辟易してしまうのだ。
ウィルにこんな一面があるとは、昔は想像もできなかった。結婚が遅かったうえ、セディがひとり息子だからなのだろうか。
いや、同じような男は他にもたくさんいるはずだ。彼らが皆ウィルのようなら、我が国が傾いてしまう。こんなのはウィルだけでないと困る。
ウィルは10代の頃に留学していたこともあり、宮廷に入ると外交官になった。
仕事に集中するあまりウィルがなかなか結婚しなかったので、女嫌いなどという噂も立ったが、彼がそれなりの恋愛経験をしてきたことを私は知っていた。
とはいえ、さすがに次期公爵がいつまでもこのままでは拙いので、私も良い相手がいないかとそれとなく探しはじめた。
そんなある日、リーナが私のもとにやって来た。彼女は真剣な顔をして、胸の前で手を組んだ。
「お兄様、お願いがございます」
「何だ。私に叶えてやれることか?」
「実は、お兄様がコーウェン次期公爵の結婚相手を探していらっしゃるとお聞きしました」
「そのとおりだが、それがどうした?」
「どうか、あと2年お待ちください。2年後には私も16歳です。それまでにはきっとあの方の妻に相応しい淑女になってみせます」
私は目を剥いた。
「リーナ、自分が何を言っているかわかっているのか? ウィルはおまえより12も歳上なんだぞ」
「私はあの方以外に嫁ぐつもりはありません。それをお許しいただけないのなら、修道院に入ります」
「待て待て待て。いったいどうしてそんなことを考えるに至ったのだ?」
王宮で暮らす国王の妹が、宮廷で働く者たちの姿を見る機会はいくらでもある。それに、宮廷人になる前にも、ウィルはたびたび友人である私のもとを訪れており、リーナとも顔を合わせていた。
だがなぜ、リーナがウィルを、なんだ。逆なら納得できるが。
「自分でもよくわかりません。ただ、回廊を歩いていらっしゃるあの方の姿を見るたびに胸が高鳴って、もはやどうにもならないのです」
リーナはうっとりとした表情を見せた。
「ああ、リーナ、おまえの気持ちはよくわかった。だが、少し時間をくれないか。頭の中を整理したい」
リーナは大人しく退がっていった。
ひとりになった私は目を閉じて、しばしウィルの顔を思い浮かべた。ウィルは骨太で彫りの深い、男らしい顔をしている。我が一族の男に多い中性的とも優男とも言える顔立ちの私は、少し羨ましく思った時期もあった。
しかし、果たしてあれが14歳の娘が憧れる顔なのだろうか。それとも、リーナのような美少女こそあんな顔に惹かれるのか。
だが、リーナはウィルに一目惚れしたわけではないのだから、顔が決め手とは限らない。
真面目で、仕事ができて、女遊びをすることもない。それだけ考えれば、ウィルは妹の結婚相手に相応しい男だ。
ではウィルの何が問題なのかと言えば、やはり12もの歳の差だった。
それならウィルがあと10年ほど若ければ、喜んでリーナを嫁に出したのかと聞かれれば、やはり私は首を傾げざるを得ない。
私がウィルを今のように信頼しているのは、子供の頃からの付き合いを通して、私が彼のことをよく知っていて、さらに彼もまた私をよくわかっているからなのだ。10歳近くも年齢が違えば、私たちの関係はまったく別のものになっていただろう。
その後、ウィルに会った私はさりげなく彼に聞いてみることにした。
「おまえ、回廊でリーナに会うことがあるか?」
やはり、さりげなくは無理だった。だが、ウィルは特に不審に思う様子もなく答えた。
「毎日お会いしますよ。私が回廊を通る時間と、姫が中庭を散歩される時間が偶然重なるようです」
それ、絶対に偶然じゃないから。待ち伏せされてるから。
「何か話したりするのか?」
「いえ、挨拶をするくらいですね」
「ちなみに、リーナとそこで顔を合わせるようになったのは、いつ頃からだ?」
ウィルは少し考えてから口を開いた。
「そろそろ2年になるでしょうか」
それ以上、ウィルに何かを訊く気にはなれなかった。
リーナの年齢になればそろそろ婚約者の候補くらいは決めてもおかしくない頃なのに、両親からはそれに関して何も聞いていなかった。これは良い機会なのかもしれないと思い、私は離宮で暮らしている両親のもとを訪ねた。
私がリーナにされた願いごとを話すと、父と母は感心したような顔をした。
「リーナもそんな歳になったか」
「今すぐ婚約させてではなく、相応しい淑女になるから待っててなんて、リーナらしいわね」
「驚かないのですか? 相手はウィルなのですよ」
私はこんなに動揺しているというのに。
「リーナは昔からウィルが好きだったじゃない。今さら驚けないわよ。リーナがあちらに残ったのも、ウィルに会うためだしね」
「私も向こうにいた頃には何度、将来はウィルと結婚したいと言われたことか。本人に直接突撃しないだけ、わきまえているではないか」
私が即位したのは3年前だ。リーナの片思いはそれ以前からだったのか。
確かに、昔まだウィルが友人でしかなかった頃、私のところにウィルが来るとなぜかリーナも現れたものだった。あれも、そういうことだったのだろう。
両親がリーナの婚約に関して何も言わなかった理由を、私は初めて知った。
「では、父上と母上はリーナをウィルに嫁がせることに異存はないのですね?」
「相手がウィルなら反対する理由もない。それはおまえのほうがわかっているのではないか?」
「まあ、そうなのですが」
「12歳差の夫婦なんていくらでもいるのだし、リーナ本人が望んでいるのだから何の問題にもならないわよ」
私の懸念など、口にせずとも気づかれていた。
王宮に戻ると、私はリーナを呼んだ。
「リーナの望みどおり、ウィルの結婚相手を探すのは2年後にしよう。もちろん、おまえの婚約者もだ」
リーナの顔がパアッと綻んだ。
「お兄様、ありがとうございます」
「礼はいいから、リーナも自分の言葉に責任を持つんだぞ。それから、今度王宮で開く夜会でおまえを社交界デビューさせる」
リーナのデビューは1年後の予定だったが、早めることにしたのだ。
「私の気持ちを試すおつもりですね。わかりました。受けて立ちますわ」
確かに私は、この世にはウィル以外にもたくさんの男がいることをリーナに教えたかった。もしかしたらリーナの気持ちが変わるかもしれないとも考えていた。
だが、ほんのちょっと考えただけなんだ。そんな風に勇ましい顔で兄を睨まないでほしい。