なぜか留学生の世話係(カイル)⑤
長くなりましたが、カイル編は今回で終わりです。
よろしくお願いいたします。
3年生になると、私たちはそれまで以上に勉強に身を入れることになった。
寮はひとり部屋だが、私とセディは隣同士で、たびたび互いの部屋を行き来した。毎朝、私がセディを起こすことも変わらなかったし、相変わらずイアンとティムもセディの面倒をみていた。
こうなると、私もトニーのことをとやかくは言えないのかもしれない。私たちが構わなければ、セディも自分でやるしかなく、ひとりで何でもできるようになっていただろう。もっとも、その前に退学になっていた可能性もかなり高いが。
卒業を控え、教室ではそれぞれの将来についてが話題になった。とはいえ、貴族の息子ばかりなので、皆似たようなものだ。
父親のもとで領地経営を学ぶか、宮廷に入るか。私とイアンもそうだ。少数だが、ティムのように騎士団に入る者もいる。
婚約者が同じ歳か歳上だと、卒業してすぐに結婚するという者もいた。
セディは、一旦、両親のいる国に向かうが、父親の外遊もそろそろ終わる予定らしい。おそらく、それほど経たぬうちに母国に帰るそうだ。
セディも帰国後は宮廷に入るのだろう。国王の甥であることを抜きにしても、あの語学力は貴重なはずだ。
それよりも、セディに関して私やクラスメートたちが気にしていたのは、もちろんクレア姉様とのことだった。
是非、セディにはクレア姉様と再会してほしい。だが、おそらく再会と同時に失恋することになるだろう。となると、やはり再会できないほうが良いのか。
クラス中が、卒業試験と同じくらいにやきもきしていたと言っても過言ではない。
セディはセンティアにいた間にずいぶん背が伸び、顔も男らしくなったと思う。まだまだ細身ではあるが、そこそこ筋肉もついてきた。
3年間でこれだけ変わったのだから、6年振りに会うことになるはずのクレア姉様は、さぞかし驚くことだろう。
ちなみに、卒業試験の結果はイアンが首席、私が次席だった。まあ、これは順当だ。
セディは中の上といったところか。ティムは、卒業できたのだから問題ない。
私たちは無事に卒業式を終え、その夜の卒業パーティを迎えた。私とセディは、昨年と同じように過ごしていた。
そこに、私を見ても畏れることなく、キラキラした顔でセディに近寄ろうとするマリーヌ生が現れた。
「お兄様、こちらがセディね?」
そう、他でもない私の妹だった。
「初対面なんだから、きちんとコーウェン公爵子息と呼べ」
「私はもっと早くお知り合いになりたかったのに、お兄様が連れてきてくれなかったのではないですか。これからどうぞよろしくお願いします」
セディは何とか私の隣に立っているが、返事はできそうになかった。代わりに私が口を開いた。
「残念ながら、セディはもうすぐ国に帰って、愛しの君に再会するんだ。おまえとよろしくしている暇はない」
「そうなのですか。では、最後の思い出に私と踊りませんか?」
自分から誘ってしまうとは、さすが我が妹。
「ダンスならこの兄が相手してやろう」
「結構です。それなら他の相手を探します」
ようやく妹が離れていき、セディがホッとした様子を見せた。
「ごめんね。カイルの妹君なのに」
「気にするな。調子に乗せると面倒なだけだ」
セディも今回は最後まで参加できた。私もずっとセディと一緒に過ごした。
「カイル、ダンスはしないの?」
「最後だし、今年こそ私と踊っておくか?」
セディの答えは昨年とまったく同じだった。
その翌日、セディは私たちに深々と頭を下げた。
「色々とお世話になり、ありがとうございました」
「いや、結構楽しかった」
私が笑うと、セディも微かに笑った。
「セディ、またな」
期待と希望を込めて、私はそう言った。
「うん、またね」
そうして、私たちはセンティアを後にし、それぞれの場所へと向かった。
◆◆◆◆◆
帰国したセディから初めて手紙が届いたのは、3か月後のこと。
宮廷で働き始めたというのが主な内容で、クレア姉様のことにはまったく触れられていなかった。予想はしていたものの、私は少しがっかりした。
ところが、それからしばらく経って届いた2通目の手紙を読んで、私は驚きのあまり思わず「ぬぁ」というような声をあげていた。
そばにいたイアンが、怪訝な顔で尋ねた。
「どうしたんです。おかしな声を出さないでください」
宮廷で正式に私の側近になり、イアンも敬語を使うようになったのだが、あまり変わった感じがしないのはなぜだろうか。
「まさか、セディが結婚を知らせてきたわけでもないでしょうに」
「結婚、するそうだ」
私が動揺を抑えられぬまま言うと、イアンが目を丸くした。
「再来月の頭に、クレア姉様と」
イアンはしばらく口をパクパクさせた。おそらくは、私に注意した手前、奇声をあげないよう堪えていたのだろう。
それから、ようやく声を発した。
「結婚していなかったのですか?」
「そこまでは書いてないが」
私とイアンは顔を見合わせた。
「どんな手を使ったんでしょう?」
やはり、イアンも運良くクレア姉様が独身だったとは思えないらしい。
「手紙で訊いてみよう。何にせよ、セディにまた会える日がますます楽しみになったな。きっと、本物のクレア姉様にも会えるぞ」
同じ手紙に、結局セディが読むことのなかった上級編の内容をちょろっと書いてやろうかと考えた。
いや、やめておこう。万が一、クレア姉様がそれを読んだら、初対面から白い目で見られてしまう。
「そうですね。ティムや他の者たちにも知らせてやりますか」
「ああ、皆、喜ぶな」
すぐには頭を仕事に戻せそうになく、私は椅子から立ち上がると、窓の外に目をやった。そこから、センティアの校舎の屋根が見下ろせる。
「それにしても、まさかセディに先を越されるとは」
私はそうぼやいたが、どこか愉快な気分だった。
◆◆◆◆◆
私が使節団の一員として隣国を訪問したのは、センティアを卒業してから2年半ほどたった頃だった。イアンとティムも私に同行した。
隣国の宮殿に到着してすぐに、私たちとセディは再会を果たした。国王の秘書官になったセディは、通訳を任されていた。
セディはだいぶ大人びたものの、一児の父になったようにはとても見えなかった。ただ、愛児の話をする時のセディの表情は、センティア時代にはなかった実に幸せそうな笑顔だった。
そして、国王が開いた歓迎パーティにおいて、私はついにクレア姉様と会うことになった。
私がややソワソワしながら待っていると、セディが女性を伴ってやって来た。
「妻のクレアだよ」
セディはさらりと、だが、どこか自慢げに紹介した。当たり前だが、もう「姉様」とは呼ばなかった。
「初めてお目にかかります。セドリックの妻クレアにございます」
淑女らしく微笑んで私に礼をしたセディの妻は、綺麗な人ではあるが想像していたほどではなかった。セディの選んだ相手は目も眩むような絶世の美女だと、私は勝手に思い込んでいたのだ。
だが、意思の強そうな目からは逞しさを感じ、やはりセディにはぴったりの相手だと思えた。それに、クレア姉様の隣に立つセディは背筋が伸びていて、自信に溢れて見える。
「セディから、あなたのことはよく聞いていました。お会いできて本当に嬉しいです」
「私こそ、光栄にございます。……申し訳ありません、少しだけ失礼いたします」
そう言って頭を下げると、クレア姉様は少し離れた場所までセディを引っ張っていった。が、その声は微かに私の耳に届いてしまった。
「ちょっと、セディ、あなたのお友達が第二王子殿下だなんて、聞いてないわよ」
「ごめん、言うの忘れてた。僕にとってカイルは王子様である前に、友達だから」
「こんな大事なこと、忘れないでよ。心の準備ができないじゃない。というかあなた、寮では毎朝、王子殿下に起こしてもらっていたってこと?」
「うん、そうだよ」
私は思わず吹き出しそうになりながら、ふたりに近寄っていった。
「セディの言うとおり、私はセディの前ではただの一友人です。どうぞ、気楽に接してください」
「はい。本当に色々と申し訳ありません」
クレア姉様は当惑した様子で、再び頭を下げた。
おそらく、セディは存分にクレア姉様を頼り、色々苦労をかけているのだろう。そして、クレア姉様はセディを何だかんだと甘やかしてしまうに違いない。
そんな光景が、私には容易に想像できた。