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嫉妬相手も後には(トニー)

たくさんの方にお読みいただきありがとうございます。

3/16午後時点で、ジャンル別日間ランキング5位になりました。喜ぶよりも、驚きで震えております。


番外編は、もう一つの連載を書き上げてからと思っていたのですが、感謝の気持ちをこめて、とりあえず一本書きました。トニー視点になります。よろしくお願いいたします。

 若様の侍従になったのは15歳の時。コーウェン公爵家で執事をしている伯父ウォルターの紹介だった。

 当時8歳の若様は女の子のように可愛らしい顔をしていた。ふたりきりになってから伯父にそれを言うと、普段は穏やかな伯父の目が鋭く私を睨んだ。


「若様はコーウェン公爵家の大事なご嫡男だ。ご本人にもその自覚があられる。おまえはその方にお仕えするのだということを忘れないように」


 私は初めて若様を見ての感想くらいの気持ちで口にしただけで、別に若様を貶めるようなつもりはなかったのだが、素直に謝った。優しい伯父は、ここでは上司なのだ。


 公爵家で働いている者たちからも、「若様をよろしく」とか「若様は私たちの大切な方だから」などと言われた。それは使用人が次期公爵を敬って、にしては気安い言葉に感じられた。




 初めのうち、若様には散々逃げられた。もちろん、若様が新入りの私に悪戯をしていたわけではなく、人見知りゆえだ。

 しばらくは、私も幼いとはいえ自分の主人になった若様に遠慮していた。だが、いつまでも顔もまともに見られない状態を続けているわけにはいかなかった。

 本気を出せば、私にとって、若様を追うことはそう難しいことではなかった。実家で弟妹たちの相手をしていた経験を大いに発揮し、捕まえた若様をしっかりと抱き上げて高い高いをしたり、ぐるぐると回ってみたりもした。


 数日の間そんなことを繰り返すうちに、どうやら若様はその遊びを気に入ったようで、私から逃げては捕まるたびに声をあげて笑うようになった。さらには、私の顔を見ると自ら近づいてきて、「あれやって」などと強請るようにもなった。

 とりあえず、私がそばにいることを若様が受け入れてくれてホッとしたが、さすがに同じことを1日に何度もせがまれれば疲れる。若様は年齢よりは幼く見えたが、私が抱き上げてあやすには大きすぎた。


「若様、少し休ませてください」


 私の弟妹たちなら容赦なく「もっともっと」と言い、へばって座り込む私の体に乗ってくる場面だ。

 しかし、若様は心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「トニー、大丈夫? お水持ってこようか?」


「いえ、若様が私のためにそんなことをなさる必要はありませんよ」


 私はそう答えたが、若様はタタッと走っていったと思うと、水の入ったコップを両手に戻ってきた。


「はい」


「どうもありがとうございます」


 若様が差し出した1杯を私が受け取ると、若様はもう1杯のほうを美味しそうに飲み始めた。


「いただきます」


 私も水を飲みながら、この若様が公爵家の使用人に愛される理由を理解しはじめていた。




 公爵家となれば、様々な方々との付き合いがあるが、人見知りする若様は、他人と会うことをあまり好まなかった。しかし、例外があった。


「セディ、明日はアメリアが来るわよ」


 奥様の言葉を聞いた途端、若様の顔が輝いた。

 事前に伯父から聞いていた情報によると、アメリア様というのは奥様のご友人の伯爵夫人だ。


「クレア姉様も来る?」


「ええ」


 若様は嬉しくてたまらないというように飛び跳ねた。私はそこまではしゃぐ若様の姿が珍しくて、目を瞠った。

 アメリア様には若様より1つ歳下の次女レイラ様、2つ上の長男ヘンリー様もいるのだが、若様が最も懐いているのが4つ歳上の長女クレア様だということも聞いていた。だが、若様の様子は私の想像以上だった。


 ご自分の部屋に戻られて私とふたりになっても、若様は興奮したまま口を開いた。


「あのね、クレア姉様はね、優しくて、綺麗で、良い匂いがするんだよ」


「そうですか。若様はクレア様のことが本当にお好きなのですね」


「うん、大好き」


 クシャリと笑った若様を見ながら、私は何となくモヤモヤした気持ちを抱いた。




 翌日、私は奥様と若様がアメリア様親子をお迎えするところを、少し離れたところからそっと伺った。

 若様は馬車から最後に降りてきた令嬢の腰に迷わず抱きついていった。それがクレア様であることは間違いない。クレア様も愛おしそうに若様の頭を撫でている。


 6人は庭園に移動してそこに用意されたお茶を飲んだ。そのまま奥様とアメリア様は話に花を咲かせているようだった。若様とお子様方は、思い思いに庭園を楽しみはじめた。

 若様はずっとクレア様にべったりだった。近くでは、ヘンリー様が面白くなさそうな顔で2人を眺めている。

 そのヘンリー様の表情は、もしかしたら私の心を映していたのかもしれない。私は、若様が他人であるクレア様をひたすら慕っていることに嫉妬していたのだ。


 それから、若様はしょっちゅうクレア様の話を私に聞かせた。どうやらクレア様は若様にただ優しくするだけでなく、叱るべきことは叱るらしい。若様はそれさえも嬉しそうに話すのだった。




 3年後、旦那様が外交官として周辺の国々を外遊されることになった。数年かかる予定のため、奥様と若様も同行する。

 私も若様について行くと決まった。そのため、若様の乳母から、それまでは彼女がしていた若様の身の回りの世話をすべて仕込まれた。


 外国に行くなど、引っ込み思案な若様にとっては苦痛なことではないかと、私も、旦那様や奥様も考えていた。

 だが私たちの心配をよそに、若様は外国生活を楽しまれていた。意外と年相応の好奇心を持ち合わせていたようで、母国とは異なる習慣や文化、建築などに目を丸くした。

 さらに、若様は訪問国の言葉を覚えることが異様に早かった。私が現地の人との会話に困っていると、通訳に入ってくれるほどだった。


 若様はたびたびクレア様のことを思い出しては「会いたい」と嘆くほかは、すっかり元気な若い貴公子だった。母国よりも活発に動かれるのも私や旦那様、奥様にとっては微笑ましいことだった。

 だから気を抜いていたというのは、言い訳にもならない。




 ある日突然、目を離したわずかな隙に若様が消えた。

 私は生きた心地のしない3日間を過ごした。ようやく発見された若様は、顔以外は全身傷だらけだった。

 若様は熱を出したこともあってしばらく寝込んだが、意識がはっきりしてからは、心の傷のほうが重大だとわかった。


 3日間の記憶を失っていた若様にとって、すべてがなかったことになるならよかった。だが、そうではなかった。

 毎日のように若様は夜中に唸された。怖い夢を見るのだと言う。

 奥様が添い寝して、若様が唸されるたびに宥められた。そのおかげで、夢を見る回数は減ったようだった。

 さらに、若様は奥様以外の女性を見ると怯えるようになり、そのために外出もままならなくなった。どうしても他人に会わねばならない時には、奥様か私がぴったりと寄り添った。


 そんな状態だというのに、少し落ち着いてきて自身を客観視できるようになると、若様は「もう大丈夫」と口にするようになった。

 確かに、公爵家嫡男がいつまでも今のようなままではいられないだろうし、13歳にもなれば母親に頼りきりなことを恥ずかしいと感じるのかもしれない。


 今はまだ強がっているだけに違いなかったが、若様の矜持を無視することもできない。

 悩まれた旦那様が出した結論は、若様を全寮制の男子校に入れることだった。そこなら、女性と接する機会はほぼないのだ。


 しかし、寮には私がついていけないので、若様は自分のことは自分でしなければならなくなる。それが私は不安でならなかった。

 特に心配なのは、若様が朝きちんと起きられるかだった。悪夢を見るようになってから、若様は夜の寝つきが悪くなり、それに比例して、朝が苦手になっていた。


 結果として、旦那様の判断は正しかった。

 3年の間、男子校の壁と校則に守られて、若様は女性に脅かされることなく過ごした。

 喜ばしいことに、若様にはご友人もできた。起床時などには、かなりお世話になったらしい。私はお会いしたことのない若様のご友人方に、大いに感謝している。




 若様が優秀な成績で卒業し、旦那様と奥様のもとに戻ってからしばらく。旦那様が外遊を終えられ、私たちは帰国した。

 懐かしい公爵家の屋敷に戻ってすぐ、若様の宮廷への出仕が決まった。男子校ほど厳格ではなくても、宮廷もほぼ男社会だ。

 若様は休んだりせず宮廷に通い、仕事をしている。毎朝、なかなか目の覚めない若様に身支度させて馬車に乗せ、食事をとらせることは私の仕事だ。


 そうなると、次の心配事は若様の結婚だったが、旦那様はそれを諦めておられるようだった。

 ところが、若様は自身の結婚相手に望む女性の名前をはっきりと口にした。「クレア姉様」と。それだけで、旦那様の顔が変わった。


 私が若様の口からその名前を聞いたのは4年振りだったので、正直とても驚き、同時に理解した。若様はクレア様のことを忘れていたわけではなく、ずっと胸の内に住まわせ、心の支えにしていたのだと。


 旦那様の後押しと奥様の助言もあって、若様はクレア様をしっかりと捕まえてきた。クレア様、改め若奥様と一緒にいる若様は表情が明るく、若奥様に対して完全に心を許しているのがわかる。

 若奥様は最初はこの結婚に戸惑っている様子だったが、すぐに心を決めたようだった。そうなれば、若様にとってこの上なく頼もしい存在だ。


 私ももはや若奥様に対して嫉妬を覚えることはなかった。今あるのは、大仰なことを言えば戦友に近い気持ちだろうと思うのだが、若奥様は共感してくれるだろうか。

今後も不定期に更新していくつもりです。

よろしければ、おつきあいくださいませ。

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