12 あなたと幸せに
翌日になってもセディの熱が下がらなかったので、結局、私たちは王宮で2泊した。
その間に、宮廷で働いている父やヘンリーがお見舞いに来てくれた。それに、セディの同僚である陛下の秘書官方も。やはりセディは先輩方に可愛がられているようだ。
公爵家に帰宅する際、セディは馬車の乗り降りにはトニーやほかの人の手を借りたし、馬車の中では私の膝を枕に横になっていた。
侍医からも、公爵家のかかりつけ医からもしばらくの安静を言い渡されたため、当分の間、セディは仕事をお休みすることになった。
当然、私とセディの結婚も延期だ。
本来なら結婚式を挙げるはずだった日、セディは心底がっかりという顔をしていた。まだ傷が痛むくせに。
「クレアの花嫁姿、見たかった」
「少し延びただけなんだから、すぐに見られるわよ」
「ウエディングドレス、もうクレアの部屋にあるんだよね? 着てみせて」
「駄目よ。我儘言わないで、結婚式まで待ちなさい」
「でも、万が一、結婚式の前に死んだりしたら、心残りだよ」
「そんなことを言わないで。何があっても私と結婚してくれるのでしょう?」
「うん。それで、ずっとクレアと一緒にいるから」
これまでは「一緒にいたい」、「いて」だったのに、初めて「いる」と言われた。事件を経て、セディは少し変わりつつある。
セディの傷は徐々に回復し、やがて短時間勤務ながら仕事にも復帰した。
そんな中、私は誕生日を迎えた。
ギリギリ20歳のうちに結婚できるはずだったのに、先に21歳になってしまったのだ。何となく口惜しい。
公爵家で誕生日パーティを開いてくれて、父とヘンリー夫婦もやって来た。皆がお祝いの言葉とプレゼントをくれた。
「クレア、誕生日おめでとう。僕と出会える時と場所に生まれてくれてありがとう。プレゼントは、お祝いできなかった6年分の気持ちもこめたよ」
セディからのプレゼントは、赤い薔薇の花束とブレスレットだった。まだ全快していないのに、セディ自身が買いに行ったのだという。
花は何度も貰ったけど、薔薇も、両手で抱えるくらい大きな花束も初めてだった。
ブレスレットのほうは、鳥の翼のモチーフがついていた。いや、天使の翼か。
「幸運の印だって聞いたから」
すでに天使は私に幸せをもたらしている。彼はそれを自覚していないのだろうけれど。
「素敵ね。これ、セディが選んだの?」
「クレアに贈るものを誰かに選んでもらったりしないよ。アドバイスはもらったけど」
セディは当たり前だという顔で言った。
私はセディのことを見くびりすぎていたようだ。今までの贈り物もセディが選んでくれていたのだとしたら、彼はなかなか趣味がいいと思う。それとも、セディが私の好みを理解してくれているということか。
「ありがとう。大切にするわ」
私はさっそく左腕に着けたブレスレットを、セディの目の前にかざしてみせた。
私がセディからもうひとつ、とっておきの贈り物を貰っていたことがわかったのは、それから少したって、セディの勤務時間がもとに戻った頃だった。
「急いで結婚式の日取りを決めねばならんな。すぐに教会に確認して、一番早く式を挙げられる日を押さえてくれ。それから、披露パーティの準備にも取り掛かるように」
お義父様の言葉に、執事のウォルターが恭しく答えた。
「かしこまりました。ですが、あまり急な日程になると、参列できる方が少なくなってしまうのではないでしょうか?」
「うむ。できるだけ多くの方にふたりの門出を祝ってほしいが……」
「とりあえず、式は早急に挙げてしまいましょう。今ならまだウエディングドレスを直す必要もないですから。そのうえで後日、披露パーティを盛大に開くのはどうかしら?」
お義母様の言葉に、お義父様は頷いた。
「そうだな、そうしよう。同じ日に式もパーティもでは、クレアの体に負担がかかるしな」
私の妊娠が発覚してしまった。
とっても嬉しいけれど、驚きもある。だって、確かに覚えはあるけれど、それほどは。
せめて、予定どおりに結婚式を挙げることができていれば良かったのに。でも、それを気にしているのは、この屋敷で私だけのようだ。
私の前で3人は事務的にやり取りをしているが、それに相応しい声と表情を作ることは誰もできていなかった。特に、お義父様の顔は完全に笑み崩れてしまっている。
お義父様のそんな表情はさすがに初めて見るはずなのに、私はなぜか既視感を覚えた。いつ見たのだろうと考えて、すぐに思い当たった。私が求婚を受け入れた時のセディの表情にそっくりなのだ。やっぱり親子ね。
そのセディはと言えば、私の隣でニコニコしていて、どこか得意げにさえ見える。
私自身、まだ母親になる実感は湧かないのだけど、セディが父親なんて大丈夫なのだろうか。
「無事に生まれたら、その子のお披露目もしないといけないわね」
お義母様がワクワクした様子で言った。それは気が早いのではないでしょうか。
「ああ、それもしっかり準備する必要があるな。ふたりの子なら、男でも女でも可愛いのは間違いない。たくさんの方に見てもらわねば」
どうやら、お義父様が祖父馬鹿になるのも間違いなさそうだ。
セディも、ご両親も、公爵家の使用人たちも喜んでいるのだからまあ良いかと、私も思いはじめた。
実家にも妊娠したことを伝えると、父は複雑そうな表情を見せたが、やはり喜んでくれた。
私の結婚はヘンリーやレイラよりも遅くなったが、この子は父にとっても初孫になる。
そんなわけで翌週、教会で私とセディの結婚式が挙げられることになった。
当日、アンナとベッキーの手でウエディングドレスを身につけ、すっかり支度を終えた私の部屋に、セディがやって来た。
白いタキシード姿のセディはいつもより大人びていて、溜息が出るほどに美しい花婿ぶりだった。それなのに、私を一目見た途端、目と口を真ん丸くするので、美丈夫が台無しになってしまった。
「クレア、綺麗なんて言葉じゃ足りないくらい、凄く綺麗だ」
セディの声が震えていると思ったら、その目から涙が落ちてきた。
「セディ、どうして泣くのよ」
「クレア姉様が僕のお嫁さんで良かった」
「まだ、式はこれからなのよ。私がちゃんとあなたの妻になってから泣きなさい」
本当は「泣くな」と言いたいが、セディには無理だろう。私は自分の涙を拭くはずだったハンカチで、セディの涙を拭ってやった。
そばではアンナとベッキー、それにトニーも笑顔で私たちを見守っていた。
そう言えば、いつの間にかアンナも私を「若奥様」と呼ぶようになっていた。
私とセディは、同じ馬車に乗って教会に向かった。
「クレア、式の途中で体調が悪くなったらすぐ僕に言ってね。ちょっとでも我慢したら駄目だよ」
隣に座るセディが私の手を取りながら大真面目にそんなことを言うので、私は可笑しくて吹き出しそうになった。この前まで、それは私の台詞だったのに。
「わかったわ。セディみたいに優しくて頼もしい夫が隣にいてくれるのだから安心ね」
私もセディの手をしっかりと握り返した。
当初は大勢の方が出席する予定だった私たちの結婚式だが、実際に参列できたのは家族のほかはわずかな方たちだけだった。いや、よくこれだけの方々が参列してくれたものだと思う。
それに、むしろセディにはこのくらいの人数で良かったのかもしれない。
だけど、その少数の方々の中になぜ国王陛下がいらっしゃるのかが不思議だった。ほかの王族方は欠席されたのに。もしかして、どなたかに政務を投げて来られたのだろうか。
何にせよ、陛下のおかげで次期公爵の結婚式の格は大いに保たれたのだから、ありがたいことだった。
セディは式の途中までは懸命に堪えていたが、誓いの言葉あたりからグスグスしはじめ、指輪の交換が終わると、私は再びハンカチを取り出すことになった。
参列者席の一番前では、両家の父も感極まったような顔をしていた。
一方で、私はすっかり泣く時を逃してしまった。仕方ないので、セディの涙を拭きながら、幸せな気分のまま笑うことにした。
すると、それにつられたように私の天使も微笑んで、私に口づけた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
とりあえず完結しましたが、クレア視点だけだと書ききれないことが色々あったので、そのうちセディやほかの人視点による番外編も書きたいと思っています。