10 自慢させて
その後は順調に時が過ぎていった。
私は時々、実家に帰って必要な雑事を片付けたり、部屋に残っている荷物を整理したりしたが、必ず夕方までには公爵家に戻ってセディを出迎えた。
結婚式と、公爵家で行われる披露パーティーの準備はすっかり整った。
ウエディングドレスもできあがった。繊細なレースがたっぷりと使われた豪華なもので、これを2か月で作らせてしまう公爵家の力を改めて感じた。
セディと私は、結婚式の翌日からコーウェン公爵領に新婚旅行に行くことも決まっている。
それにしても、宮廷で働きはじめたばかりのセディに半月も休暇を取らせたりしていいのだろうか。私はありがたいけれど。
結婚式が4日後に迫った日、半年に一度開かれる王妃様主催のお茶会に、私はお義母様とともに出席した。
会場である王宮の庭園には、たくさんの貴族の夫人や令嬢たちが集まっていた。
王妃様方にご挨拶した後は、私はお義母様と分かれてお茶をいただくことにした。
会話に混じろうとたくさん並んだ円卓のひとつに近づいていくと、示し合わせたようにそこにいた令嬢方が一斉に立ちあがり、去っていった。
仕方なく、私はひとりでその円卓につき、お茶を飲んだ。さすがに美味しい。用意されている菓子の種類も多くて、どれを食べようか迷ってしまう。
「ずいぶんと厚かましい方ね」
向こうのほうに行ったはずの令嬢方が、いつの間にかすぐそばの円卓を囲んでいた。
「それはそうよ。傷物のくせに次期公爵の婚約者に収まって、平気な顔でいられるような方ですもの」
「大人しく前の婚約者と結婚されていれば良かったのに」
わざわざ私に聞こえるように話していることはわかる。逃げ出すのは癪なので、私はそのまま最後まで聞いてやろうと、お茶をお代わりした。さっきほど美味しく感じられないのは残念だ。
「婚約者が他の女性といるところを見たそうですけど、それもあの方が仕組んだことらしいですわよ」
「そこまでして公爵家に嫁ぎたかったのかしら。不潔だわ」
「クレア」
突然すぐ近くから名前を呼ばれて、私は椅子から飛び上がりそうになった。令嬢方のお喋りがピタリと止んだ。
振り向くと、セディが立っていた。
「どうしたの? また、お仕事を抜け出したの?」
「陛下がいらっしゃる前触れのために来たから、半分は仕事だよ」
「もう半分は?」
「クレアに会いに来た」
そう言いながら、セディは私の隣に座った。
女性ばかりの場所なんて本当なら近づきたくないだろうに、私がいるから来るなんて、まったくもう。
それにしても、陛下の前触れが秘書官の仕事とは思えない。もしかしたら、セディは職場でもかなり甘やかされているのではないかと、私はようやく気がついた。陛下の甥だしね。
隣の円卓にいた令嬢方が、また向こうのほうへ逃げて行った。さすがにセディの前で私の悪口は言えないだろう。
私だってあんなことを言われているのをセディには知られたくなかった。セディの耳に届いていないことを私は願ったのだが。
「あの人たち、クレアのことを話してたの? どうして皆あんな嘘ばかり言うんだろう」
セディが哀しそうな顔になった。やはり傷ついている。だから、聞かせたくなかったのに。
「最初の婚約を破棄したばかりの伯爵家の娘が、国王陛下の甥でもある歳下の次期公爵の婚約者になったのだから、妬まれるのは当然よ」
私はできるだけ平坦な声で言った。
「だって、僕はこんななのに」
わかっていたことだが、セディの自己評価はとことん低い。
「こんなのではないわ。あなたは優秀な秘書官なのでしょう」
「人より少し他の国の言葉がわかるから、重宝されてるだけで、別に優秀ではないよ」
「十分、立派だわ。それに、あなたの顔はとても綺麗だから、たくさんの方が目を奪われてしまうの」
「僕はこの顔、嫌い。もっと父上みたいに男らしい顔が良かった。そうでなければ、誰にも気づかれないような地味な顔とか。でも、僕がこの顔でなかったら、クレアは結婚してくれなかった?」
思わず私はセディの顔を見つめた。
はっきり言って、私はセディの顔が昔から大好きだ。私の可愛い天使。
だけど、顔が好きだから結婚を決めたわけではない。
「違う顔のセディなんて想像できないわ。私のセディはあなただけだもの。顔だけでなく中身も含めて、あなたは私の大事な婚約者で、もうすぐ自慢の夫になる人よ」
私の言葉に、セディがフニャッと笑った。
「僕も、クレアのことは全部好き」
再会直後のセディは表情が乏しいと感じたけれど、最近は私の前ではよく笑うようになった。それはとても嬉しいのだが、仕事中にそんな顔をしていていいのだろうか。まったくもう。
でもきっと、さっきの令嬢方はセディがこんな笑みを私だけに向けているのを見て、嫉妬に身を焦がしているに違いない。セディの笑顔を独占できるのだから、私は多少のことは許容するのだ。
「セディ、そんな顔は私の前だけにしてね」
私が手を伸ばしてセディの頬を指でムニッと摘むと、無自覚のセディは不思議そうに目を瞬いた。
私は今度はセディと一緒にお茶を飲んだ。雑音がなくなったうえ、目の前にいる天使の顔を堪能しながら飲むのだから、やはり味が違う。
「セディが来てくれたおかげで、お茶がとっても美味しいわ」
「それなら、お茶会が終わるまでここにいようか?」
「それは駄目よ。真面目にお仕事をしない夫では、私が自慢できないじゃない」
私が顔を顰めると、セディは素直に頷いた。
「わかった。ちゃんとする」
そのうちに、国王陛下が庭園にいらっしゃった。
私はセディと一緒に、ご挨拶をするため御前に向かった。遠くからお姿を見たことはあったけれど、間近でお顔を見て、直接言葉を交わすのは初めてだ。
セディは先ほど「父上のような顔がよかった」と言っていたが、確かにセディの顔はお義父様よりも叔父である陛下のほうに似ているかもしれない。
「こちらが話に聞いていたクレア嬢か、なるほどなるほど」
陛下はにこやかな表情で私とセディの顔を見比べられた。どんな話を聞かれているのかは、怖いので考えないことにした。
「セディ、本当に良かったな。クレア嬢のことを大切にして、幸せになるんだぞ」
「はい、そうします」
セディは陛下相手だというのに緊張した様子もなかった。それだけ親い関係なのだろう。
「クレア嬢、我が甥をよろしく頼むよ」
「はい、かしこまりました」
私のほうは、めいっぱい緊張して答えた。
「結婚式が楽しみだな。クレア嬢の花嫁姿はとても美しいことだろう」
そう、結婚式には陛下も参列してくださる予定なのだ。
「もちろんです」
なぜかセディが胸を張った。
私は、きっと隣に立つ花婿のほうが綺麗だと思うのだけど。