05 魔力講座その1
魔力の流れを頼りに追いかけていき、段々と追いついて来た所で馬車の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「クソッ!魔力隠蔽してるってのに、なんで場所がバレてんだよ!この魔道具、パチモンじゃねぇのか!?」
「いや、そんなことはねぇ!今もきちんと魔力が消えてる!」
「じゃあなんであいつらも魔物もきちんと追いかけてこれんだよ!」
「知るか!とにかく逃げるしかねぇ!」
遂に目視出来る範囲まで追いついた時、ふと疑問を感じた。
「ねえ、なんで馬車から降りないのかな?」
「そうですわね。確かに逃げるだけなら馬車から降りた方が良いですわね…
どうしても捨てるわけには行かない荷物でも運んでいるのでしょうか」
「……」
私には、一つ思い当たる節があった。それは、さっきヒューディリアさんに隠した事だ。
私は…フェアリープリンセスは生物とされているが、魔物の習性も持っている。言わば、生物でも魔物でも足り得るのだ。
そして、魔物の習性の一つとして、魔力信号と呼ばれるものがある。これは、自分の分体に対して集合をかけたり救援を呼んだりするための能力だ。フェアリークイーンの分体はフェアリープリンセス及びフェアリーで、この場合はフェアリープリンセスやフェアリーが魔力信号を出すことも出来る。
また、この魔力信号は…いや、魔力信号を含めた魔物が扱う一部の魔力には特殊なものがあるのだ。それは魔力の伝わり方に関することで、例えば通常の魔力の伝わり方をバネを上下に振った時のものだとすると、その特殊なものは前後に振った時の伝わり方になるといえばわかってもらえるだろうか?
そして、私はこの馬車の集団の真ん中周辺に位置する三つの荷台から魔力信号の流れを感じとっていた。
仮に魔力隠蔽がこの通常の魔力の伝わり方にしか適応されないものだとすると、魔力信号だけが伝わってくるのも納得出来る。
しかし、それがわかっていてもヒューディリアさんに伝えなかった理由は、お母様の言いつけだった。
お母様は私に、種族達を本当に信用していいのか、それとも種族達は私達を利用しようとしているだけなのかを見極めてこいと言ったのだ。
そして恐らく、彼らの話の内容的に彼らはこの魔物が使う特殊な魔力を感じることが出来ないのだろう。
しかし、その事を今確認出来たのは運が良かったかもしれない。その事を知れたおかげで、日常的な会話でポロっと漏らしてしまう可能性はなくなった。
しかし、私が詳しく魔力の流れを読める事にヒューディリアさんが驚いていたのも、もしかしたら魔物特有の能力なのかもしれない。
私は今後こんなミスをしてしまわないように、暫くは種族達が魔法や魔力に関してどんな理解をしているのかを勉強しようと密かに決めたのだった。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★
私達が馬車に追いつきそうになると、馬車の集団の後方から数人の男達が出てきた。
「また、全員人族ですわね」
ヒューディリアさんの発言の通り、数人の男達は全員人族だ。またというのは先程ヒューディリアさんの殺された三人の事で、彼らも全員人族だった。
「人族だけっていうのは珍しいの?」
「ええ。これだけの規模の旅商人ならば、様々な種族が協力しているのが普通ですわ。
状況を見るに、人族が何かよからぬことを企てている可能性もありますわね…
数名捕縛して、それ以外は切り捨てますわ。リリさんは後ろの魔物を相手してくださいまし」
そう言ってヒューディリアさんが突っ込んでいったのと同時に、ヒューディリアさんに向かって様々な魔法が撃たれた。
その魔法は、紛れもなく全てヒューディリアさんを狙ったものだった。
「……もしかして私、そのへんに飛んでる虫かなんかかと思われてるのかな…」
ヒューディリアさんは人族達の放つ魔法など脅威でもなんでもないようだったので、私は呑気にそんなことを考えながら魔物の群れを迎え撃つ準備を始めたのだった。
と言っても、相手の魔力量を見るに私の敵ではないようだが。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★
突然だけど、リリの魔力講座を始めるね。
魔物は、簡単に言うと魔力を求めて行動する魔力の塊なの。
つまり、魔物同士が遭遇すると戦闘が起こって、勝った方が負けた方の魔力を吸収するの。
そしてその性質は、例外なく私にも適応されるよ。
それがどういう事かと言うと、私は魔物を倒せば倒すほど強くなるということ。
よく考えてみると、種族達はこのことを知らないのかもしれない。知っていたら、わざわざ私をギルド会員にして際限なく強くなれる環境を用意するかな?
もしお母様がやっぱり種族達とは相容れないと判断したら、当然私もそれに従うよ。種族達がその可能性を考えていないなんて事は流石に無いと思うから、種族達がフェアリープリンセスに関する情報を間違って認識していると考えるのが妥当かな。
えっと、どうしてこんな話をしているかと言うと、私は今とても暇を持て余してるんだよね。
なぜかと言うと、狼型の魔物との戦闘が一瞬で終わっちゃったから。
今回の授業は、それについて解説するよ。
まず、魔物が魔力の塊という話はしたけど、空気中を漂ってるだけのただの魔力は魔物にはならないの。
なんでかっていうと、魔力には色があるから。
空気中に漂ってるだけの魔力は無色で、魔物の持っている魔力には色があるの。
まあ色っていうのは例え話なんだけど、それがわかりやすいから色って枠付けるのが主流だよ。
じゃあなんで色があるのかっていう話だけど、魔物はコアって呼ばれるものを持ってるから。
このコアには、特定の色に染まった魔力をとどまらせる力があるの。特定の色に染まった魔力っていうのは、簡単に言えば自分の魔力っていうことね。
つまり、コアを破壊してしまえばその魔力は霧散しちゃうんだ。
魔物は分体を作ることが出来るけど、コアが増えることはないの。つまり、いくら分体を作ろうと本体のコアを潰せば魔力をとどまらせることは出来なくなっちゃうんだ。
でも、ここで厄介なのは、コアを潰しても分体が消えないっていうこと。消えないっていうのは器の話で、魔力はもちろん散るよ。とは言っても、一瞬で散るわけじゃないから少しの間は器に残るけどね。そして、器から外れた魔力は少しすると無色に変わるの。
あっ、器っていうのは、魔物の身体のことね。当然魔力がいくら集まったところで魔力でしかないんだけど、それが魔物として存在するために器となる身体が必要ってこと。
魔物の器として選ばれるのは、時と場合によるよ。例えば森の中で魔物が発生した場合は、倒木や土なんかがそのコアに適した形に変化するの。
ここで、合わせてコアの話もするよ。コアっていうのは、正直私もよく知らないんだけど、私が知ってることだけ話すね。まずは、コアは破壊しても消えないこと。そして、破壊後もコアの魔力の色が変わらないということ。最後に、破壊されると実体を無くして無色よ魔力を少しずつ自分の色に変えて集めて、一定以上集まるとまた魔物になるということ。
つまり何が言いたいかっていうと、本体のコアを破壊すると、実体を失ったコアは魔力を求めて漂い出す。次に分体から徐々に魔力が散る。魔力についた色は少ししたら無色になるから、この時はまだ自分の色の魔力なの。つまり、この時散った魔力はそのまま100%コアが吸収出来るんだ。そして、すぐに一定以上溜まったコアはまた魔物へとなるんだけど、この時分体としての器が残ってるから、その器に入り込むの。そして、その時選ばれなかった他の分体の器にもまた散った分の自分色の魔力を戻せば、はい元通り。
これは一見すると本体を潰しても潰したかわからないよね。
つまり、このことを知らない人から見たら本体や分体なんて話は全くわからないんだ。
種族達がこのことを知っているのか私は知らないから。このあたりも少し気をつけたいと思う。
……と、ちょっと話が脱線しちゃったかな?
狼型の魔物との戦いがすぐ終わった話に戻すね。
その方法は至って簡単で、コアを潰した際に徐々に霧散していく魔力の色をすぐに消しちゃえばいいんだ。
その為には、どうしたらいいと思う?それはね、『魔力障壁』を使えば良いの!
みんなここまでついてこれてるかな?今から魔法の話をするから、ちょっと一休みしよっか。
うーんとね、今の状況はね、半分くらいの人は殺してるね。結構逃げる人が多いからそれを優先して殺ってるみたい。なんかちょっとヒューディリアさんが人を殺してるのを見るのも慣れてきたかも。私も一応逃げられないように上から監視してるよ。
……っと、そろそろいいかな?
じゃあ、魔法の話を始めるね。
さっき魔力の色っていう話をしたよね?それは、もちろん私とか生物達にも当てはまるの。
つまり、人それぞれの魔力の色があるっていうことだね。
魔物の場合の自分色の魔力を増やす方法は相手から奪うだけなんだけど、生物の場合は空気中に漂ってる無色の魔力を少しずつ自分の色に変えることが出来るの。さすがに再現なくって訳じゃなくて、コアのない生物は個々で許容量があるんだ。
あとは、ポーションって呼ばれてる無職の魔力の塊を飲むことで自分の色に変えることも出来るね。
それで、魔法も実は魔力に色をつけたものなんだ。
自分の色の魔力は、自分の力で自由に色を変えることが出来るの。自由にって言っても、何色にでも出来る訳じゃないよ。自分が変えることの出来る色にしか変えられない。
それで、魔法を使う─つまり魔力の色を変えると、その魔力の色に応じた様々な現象が起こって、その現象が終わると使われた魔力は無色に戻るの。
本当は魔法についてもっと色々言いたいことがあるんだけど、今回はこれだけ。
あっ、ごめんこれだけは言わせて!魔物の器が動いてるのも、魔法ね!
……えっと、それじゃあ『魔力障壁』についての話に移るね。
『魔力障壁』っていうのは、その名の通り魔力の邪魔となる壁のことだね。
でも、魔力は実体がないから壁なんていう概念はないんだ。ただ流れがあるだけ。
じゃあこの『魔力障壁』って何?って話になるんだけど、それは魔力の色を変えるってことなんだ。
そんなことって出来るの?って思うかもしれないけど、これが可能なんだよね。魔物でもある私なら。
魔物がなんで殺せば相手の魔力を吸収出来るかわかる?それはね、色のついた魔力を白色に変えることが出来るからなの。そして、白色の魔力をコアに通すと、自分の色の魔力に変わるんだ。
ここまで来たらわかったかな?『魔力障壁』っていうのはただのこの白色にする能力の呼び方で、要は器から外れた魔力にすぐこの能力を使えばいいってこと!
ちなみに、魔物が生物を殺せば自分色の魔力に変えられるってことからわかる通り、生物も死んだら魔力が散って少しすると無色になるよ。
ちょっとややこしいから加えて説明しておくと、白色の魔力を自分の色に変えられるのは実体のあるコアじゃないとダメなの。だから、実体を無くして漂い出したコアはこの白色の魔力を自分の色に変えることは出来ないから、破壊したコアに魔力を吸収される心配はないよ。
……さて、これで分かってもらえたかな?
つまり私がやったことは、コアを潰して魔力障壁を張り巡らせただけ。簡単でしょ?
ヒューディリアさんの方がもう少しかかりそうなので、追加の授業をします。追加というよりは、補足かな?
感のいい人は気になったかもしれないけど、本体じゃなくて分体を倒した時の魔力はどうなるの?って話ね。
言った通り、分体を倒す─つまり器を壊すと、魔力は散るね。でも、この時の色はまだ自分の色。
つまり、そう!分体を倒しても、魔力はすぐコアが回収するからその魔物の魔力は減らないのだ!
ほんとズルいよね。ズル。そんなのあり?
ちなみにだけど、流石に本体を倒した時の魔力は回収されないよ。壊されたコアが魔力を集め始めるのと散った魔力が無色に変わるのが同タイミングだから、最後の本体を倒せばさすがに終わりになるね。
えー、それじゃあヒューディリアさんの方が片付いたようだから、本日の授業はこれで終わり!またね!
☆☆☆★★★☆☆☆★★★
上位の者と思われる三人を捕縛してそれ以外を全て殺しきったヒューディリアさんが、こちらへと戻ってきた。
「お待たせしました。それにしても、戻ってくるのが早かったですわね」
「魔物狩りは得意なの」
「あれだけの数がいると大変かと思いましたが…やはり殲滅系の魔法ですの?」
「うーん…イメージ的にはちょっと違うけど、全体に撃つって意味ではそうかな?」
「なるほど…リリさんの試合を見るのが楽しみになってきましたわ」
嘘は言っていないよね。
「さて、なかなか厄介事の匂いがしますし、このままギルドに引き渡してしまいましょうか」
「そうだね。じゃあ、私は後ろを見張っておくね」
「ええ。それでは私が馬を走らせますわ」
そう言ってヒューディリアさんが馬一匹一匹を覗き込むと、馬車の集団は全て動き始めた。
「これも何かの目の能力なのかな?
それにしても、やっぱり魔物…なのかな」
私はその様子を眺めながら、三つの魔力の流れについてどうしようか悩んでいたのだった。