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異世界から帰ってきたので、探偵始めます。  作者: まつたけ
序章 『物語の始まり』
3/3

第三話 《氷雪》


 ケルベロスの伝説は数多くある。

 最も有名なのがハデスを王とする冥界の番犬としての顔であろう。

 亡者を厳しく見張り、時にはその鋭利な爪牙で罰を与える。

 たまに・・・いや、何度も甘味やパンに食いついて侵入を許したが、それもご愛敬である。

 次に有名なのは恐らくヘラクレスの十二の功業で地上に連れて来られた時の話であろうか。

 ヘラクレスに連れられ地上に初めて出て来たケルベロスは、そのあまりの太陽の眩しさに喘いだという。

 その時に流した唾液が元となり、毒草トリカブトが生まれたという話。


 こららの話はどれも神代に起きた今となっては立証のしようがない伝説である。

 架空、空想、伝説、どれもこれもひどく曖昧で遠いところにある存在。

 だからこそ、彼らは強い。

 自らの物語が紡がれれば紡がれるほど、彼らの存在は強固になり、存在が立証されていく。

 現代を生きるイースとフォウムには到底真似出来ない方法をもって牙を剝いてくる。


 ◆


「シャアアアアアア!」


 ケルベロスの鬣の蛇が妖しく蠢いては口から強力な毒液をフォウムへと放つ。

 トリカブトの伝承に肖った能力である。

 フォウムも危険を察知しすぐさま飛び退くが、毒液が落ちた草原の地面はその姿を大量のトリカブトを芽吹かせる。

 トリカブトは根の方に毒素を持つためそこまで脅威では無いのだが、フォウムはそのどんどん増殖していくトリカブトに少し嫌な予感を覚えた。

 フォウムの予感はよく当たる。

 能力の《必中》とまではいかないが、それでも常人よりは遥かに的中率が高かった。

 ケルベロスは何も無意味にトリカブトを増やしているわけではない。

 ケルベロスの唾液から生まれるトリカブトこそが重要だったのだ。

 この大草原の空間には始めから芽吹く名も無い植物以外何も無かった。

 しかし、今となってはケルベロスの唾液より生じたトリカブトが鬱蒼と茂っている。

 それはケルベロスによるトリカブト誕生説を確立するための、即ちケルベロスの毒液を強化するための布石に他ならない。

 単発少量だった毒液は無制限に放たれる即死毒にまで強化されてる。

 イースも毒液を凍らせるなどして、被害の拡大を防ぐがどうにも攻めあぐねていた。

 おまけに・・・


「イース、妙です。私の《瓦解》が効いている様子がありません」


 得物の弓が無いながらも、イース作成の即席氷投げナイフでもって攻撃するフォウムの追加効果《瓦解》の脆性効果がまるで見受けられないのだ。

 通常ならばとっくに身に纏う竜の鱗が剥がれてもおかしくないはずなのに、ケルベロスは未だ登場時の堅固な鱗のままである。

 無論、これにも当然タネがある。

 しかし、これはゲームでは決して登場することのない、ある『解釈』を知っていなければ絶対に分からない。

 

 それもそうだろう。


 何故ならそれは通常ならば発現するはずのない能力で、テュポーンがこの試験のためだけに付与したケルベロス本人と関わり合いの薄いものなのだから。

 それは、神代より針を進めたルネサンスの時代、プラトン主義哲学者のケルベロスの解釈に準拠する。

 彼らによると、ケルベロスとは地獄における三位一体の象徴であり、《保存》・《再生》・《霊化》という死後の魂の順序をそれぞれ司っているという。

 このうちテュポーンがケルベロスに付与したのは、瞬時に受けた傷を癒す《再生》の能力。

 なお、この付与はかなり無茶であったらしく三つのうち一つしか付与することが出来なかった。

 フォウムの《瓦解》がまるで通じていないのも、イースの氷撃で傷を負わないのもこの能力が瞬時に元の正常な身体へと戻しているためである。

 恐るべき身体能力を有する神代の怪物に付属された理不尽とも言うべき能力。

 これではテュポーンが言うような打倒など出来るわけが無い。

 

 ―――――――その能力が制限を受けていなければ、の話だが。


 挑戦者は等しく相応の難敵をぶつけられる。

 剣術に秀でた者であれば超遠距離からの狙撃を得意とする手合いを、魔術に秀でた者であれば魔術の耐性を高い近接戦闘に特化した手合いを。

 だが、如何なる手合いであろうとそれぞれ突破口があり、過去にもそうして通過した挑戦者がほとんどである。

 では、フォウムの能力を一切受け付けず、イースの攻撃でも傷を負わないケルベロスの突破口とは何か。

 それは・・・・


 ◆


(・・・?ケルベロスの攻撃の速度が弱まった?)


 イースがケルベロスの異変に気が付いたのは戦闘を開始して二時間も経とうという頃であった。

 蛇の鬣は未だ元気に毒を吐き出し続けているものの、明らかにケルベロス本体の身体能力が下がっているのである。

 三本の首のうち二本が舌を垂らし、あれだけ動き回っていたケルベロスは見る影もない。

 

(疲労している・・・?)


 途中からフォウムに投擲を止めさせ、氷の障壁で籠城を決め込んでいたイースたちとは違い、障壁を破壊するために攻勢を貫いていたケルベロスはスタミナを多く消費することとなった。

 如何に神代の怪物と言えどケルベロスはまだ生物の範疇であり、動き続ければ消耗もするし疲弊もする。

 その様子を見たイースはある可能性を思いつく。


「フォウム、あの爺さんが試験前に言ってたクリア条件覚えてる?」

「え、ええ。確か・・・クリア条件は『知』・『武』・『勇』をもっての試験官の打倒、と仰っていましたね」

「『武』は今やっているとして、残りの『知』と『勇』は?」


 ずっと引っかかっていたテュポーンの宣言。

 試験前に述べる常套句のようなものであろうが態々言葉にする必要性とは。

 ここにケルベロスの能力が加わることにより、疑問は解消される。

 瞬時に傷を癒してしまうあの能力はやはり理不尽の一言に尽きる。

 だが、テュポーンの言う『知』・『武』・『勇』をもっての試験官の打倒とは、それら全てを用いれば打倒出来るという意味だとするのであれば、どうだろうか。

 『知』はこの答えに行き着くために、『武』は答えを実践するために、『勇』は確証のない己の答えを信じるために。

 そしてイースは己の答えに行き着く。


「ケルベロスは『内部への攻撃に弱い』・・・と思う」

「はあ、イースはいつも煮え切りませんね。いいですよ。元より打つ手無しなんですし、間違えていたらその時はその時ですよ」


 柔らかく微笑むフォウムにイースはその目を見つめ返し、同じように微笑んだ。


「目が笑っていませんね」

「・・・」


 余計な一言に少し上がった口角を戻し、いつものような感情の欠落した顔で作戦を告げる。

 フォウムはその作戦の半分も分からなかったが、己の為すべきことのみを頭に叩き込み、自分より危険の大きいイースを改めて見つめる。

 思えばいつだってイースは危険度の高い方を自らが買って出ていた。

 聞いてもはぐらかされたのでそれ以降追及はしなかったが、あれは彼女なりに作戦の立案者として他人に危険を冒して欲しくないというエゴなのだろう。

 フォウムではそんな彼女を止めることが出来ない。

 危険だから、無茶しないで欲しいからでは頑固な彼女は動いてくれないのだ。

 今回も自分は彼女の小さな背を見つめることしか出来ない。

 

「フォウム」

「な、何ですか?」


 背中越しに声を掛けられ、心臓が跳ね上がるが何とか平静を取り戻し返答する。


「また怖い顔してたよ。今回の要はボクじゃなくてフォウムなんだから。深呼吸、深呼吸」


 背中を向けている彼女の顔は分からない。

 またいつものように無感情に呟いただけなのだろうか。

 だが彼女がこちらを心配してくれているのは伝わった。

 それが堪らなく悔しかった。


 ◆


 ケルベロスは忌々しい氷の障壁を睨み、低く唸る。

 鉄も切り裂く爪撃も強靭な竜尾による一撃もまるで寄せ付けない障壁を前に膝を付く自分に酷く腹が立った。

 父親であるテュポーンから授けられたこの《再生》の能力は本来持つ炎のブレスの能力と非常に相性が悪いようで、メインウェポンが一つ封じられてしまっていた。

 ブレスさえあればこのような氷などすぐに燃やし尽くしてやったのにと何度も思った。

 当の挑戦者も先ほど何かに勘付いてからというもの、一向に姿を見せない。

 そのおかげでこうして息を整えていられるのだから、一概に悪いことばかりでもないのかもしれないが。

 大分体力が回復してきたため、再度突進でもしてみようかと身体を起こしたその瞬間であった。


 ―――――――盛大な音を立てて、障壁が砕け散ったのである。


 今までのダメージが積み重なって遂に砕けたのかと思ったが、妙である。

 それはまるで最早不要になったから崩したとでも言わんばかりに不自然であり・・・何より突如として崩れた障壁を前にしても挑戦者の顔色がまるで変らなかったのだ。

 

(何か仕掛けるつもりだ)


 ケルベロスの行動は早かった。

 何を企んでいようが邪魔な障壁さえなければ、この牙に砕けぬものなし。

 それだけの自負があったし、それだけの実績もあった。

 現にケルベロスは触れることの出来ない霊体であろうと噛み砕くことが出来る。

 己の最も信頼する武器でもって試験の幕を下ろそうとしたのだ。


 ―――――――全てイースの作戦のうちとも知らずに。


 大きく開けられた口が手前にいたイースへと吸い込まれる直前にケルベロスの三つ首それぞれの眼球へと突き刺さる氷で作られた投げナイフ。

 鋭い痛みに顎を開いたままにしていたケルベロスは、直後に口の中に大量に入って来る恐ろしいほどに冷たい何かに呆気に取られ思わずそれを飲み込んでしまう。

 不穏な気配を感じケルベロスはすぐさま身を翻し離脱すると、首を強く振るい強引に目に刺さったナイフを抜く。

 眼球はすぐに再生を始め、視力も元通りになる。

 

(何がしたかったのかは知らないが、この《再生》の前にはあらゆる傷が・・・っ!?)

「グオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 直後に感じたのは身体の内側から来る燃えるような痛みと・・・呼吸困難。

 ケルベロスが今しがた飲み込んだのは固形化した二酸化炭素―――ドライアイスと呼ばれるものである。

 口内より侵入した大量のドライアイスは体内で気化し、二酸化炭素中毒を引き起こす。

 イースの予想通りケルベロスは体外に対しては無敵であったが、体内に対しては一切の耐性を積んでいなかったのである。

 痙攣を始めたケルベロスは当然立っていられなくなり、その身を横たえたのであった。

氷柱などで貫いたりせず、ドライアイスを飲み込ませたのはイース自身が結論に自信を持っていなかったからです。今まで物理攻撃が一切意味をなさなかったケルベロスが唯一提示したヒント(本犬は無意識)が疲労だったため、持続的あるいは時間差で起きる体内への攻撃で思いついたものがドライアイスだったのです。地球ではドライアイスはそう珍しいものでもありませんからね。

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