9
わたしが普段つけているコンタクトは度が入っていない。
(普通の女の子は黒目を大きく見せるために、黒いコンタクトをつけたりするのかなぁ……)
このコンタクトを見つけるまでに、たくさんの時間を要した。
普通の人は他に代用できるものがあっても、わたしにとっては変えがきかないもの。
自然な目の色に見せるために、いくつものコンタクトを試してきたが、その中のほとんどのものは目が浮いてしまうものばかりだった。
ようやくいまのコンタクトを見つけ、ここ何年かは変えていない。
「結衣、カレー大丈夫だった?」
洗面所から出ると、キッチンでカレーを混ぜている結衣の元へと近づく。
カレーを見ると、鍋の底が焦げている様子はないようで安心する。
「……どうしたの?」
隣から視線が感じられ、ふとそちらを見ると結衣と目があった。
どうしたのだろうかと見つめたままでいると、ふいに微笑まれた。
「うん、やっぱりその方がいいね!」
抽象的な表現だったけれど、結衣の言葉に泣いてしまいそうになる。
(どれだけ、この目を恨んだかな……)
数え切れないくらいの苦しくて悲しいことがあった。すべてはこの目の色のせいで、たくさん悩んだ。
何故わたしは他の人とは違うのか。
わたしにとって、ずっと苦しんでいた事。
「ありがとう、結衣」
ちゃんと笑えているだろうか?
不安になりながら結衣を見ると、優しく笑い返してくれる。
まだ、この目で悩むことはたくさんあるけど、少なくとも以前とは考え方が変わっていた。
《母と同じである》この目をもっと好きになろう。
目を閉じると、幼い頃の記憶が蘇ってくる。
最初に頭に思い浮かぶのは、優しく微笑む母の姿だった。
「それよりも……」
ふと、結衣が発した一言で現実へともどる。
先ほどまでの綺麗な微笑みは消え、いまは怖いくらいにニヤけている結衣は、興奮したように口を開いた。
「担任やばいでしょ?!!もう王道すぎ!やばい、どうしよう!これで王道転校生が来てくれたら、もう完璧すぎてっ!!!早く来い!転校生!!ボサボサまりも頭で瓶底眼鏡の王道転校生!!」
先程までの感動は一瞬で消え去る。
やばいやばいと繰り返している結衣は大興奮しながら、携帯を取り出した。
何を打っているのか分からないが、物凄いスピードで指が動いている。
(そうだった……)
結衣があまりにも“普通に接して”くれていたため、忘れていた。
彼女はBLのためだったら、どんなことも行動に移してしまう強者だったということを。
「結衣……、さっきからバイブなってない?」
「あぁ、多分昴だから大丈夫よ」
結衣は動かす指を止めずに、ひたすらに何かを打ち込んでいる。
「ゆーいー……、申請した人が迎えに行かないと寮に入れないんでしょ?昴、待ってるよ」
「もうちょっと……!待って!!あいつだし、待たせても平気!」
「分かった。じゃあ今日の夕飯、結衣の分はないからね」
「……!すみません!!いってきます!!!」
背筋を伸ばし、わたしに敬礼してから慌ただしく部屋を出ていった。
そんな結衣を見送ってから、わたしはゆっくりと息をはいた。
以前に、結衣が幸せだと感じるのはBLを堪能することと、わたしの手料理を食べることだと言っていた。
有難いことに、結衣はわたしの手料理を好んでくれているので、先程の手段は非常に有効だった。
(まぁ、半分脅しているようなもんか)
ソファへ体を沈めると、どっと疲れが押し寄せてくる。
慣れない学校生活に不安なことばかりだが、結衣と一緒にいれば何とかなるような気がする。
目を閉じて疲れを癒していると、部屋のインターホンが鳴ったので急いで玄関へと向かう。
「昴、いらっしゃい」
「急に悪い……。少し邪魔する」
昴を部屋の中へと招くと、昴を押しのけて結衣が先に部屋に入ってきた。
昴は気にしていないようで、脱いだ靴を揃えて部屋へと入ってきた。
「こんなものしかないんだけど、良かったら。結衣はミルクティーでいい?」
「ミルクティー!!!!」
「悪い、ありがとう」
ソファへと腰掛けた昴に、インスタントコーヒーを差し出す。
結衣は基本的に甘い物しか飲まないので、唯一残っていたミルクティーでも大丈夫かと心配していたが、とても喜んでくれたようで一安心だ。