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「はあぁぁぁ……我が家は最高だぁぁぁ」
部屋に戻った途端、結衣はソファへと倒れ込んだ。
‘我が家である’わたしたちの部屋は、リビングを挟んで左右にそれぞれの部屋がある。
お互いの個人部屋はもはや寝室用になっており、ほとんどの時間を結衣と2人、リビングで過ごしていた。
「制服で寝ると、皺になるから着替えて。わたしも着替えてくる」
自分の部屋である右の部屋へと向かうと、後ろで お母さんみたい〜 と言っている声が聞こえてくる。
「結衣がいいならいいけど。皺になっても、わたしはアイロンしないからね」
部屋の扉を閉める直前に結衣へ声をかける。
クローゼットから部屋着を取り出し、着替えているとリビングの向こう側から扉を閉める音が聞こえた。
結衣も着替えるために部屋へ入っていったのだろう。
(あー……結衣に勝てることが1つだけあるな)
着替えながら、そんなことを考えてしまう。
誰もが羨むほどの整った顔に、スレンダーな体に細く長い足。
頭も良く、運動もできる。
性格だって、面倒見が良くて誰に対しても平等に接する。
そんな 完璧 な彼女にも1つだけ欠点がある。
(洋服にアイロンをかけることは出来ないし、裁縫はもちろんできない。あっ、自分の髪を結べないのは凄く驚いたな)
そう、結衣はとにかく不器用だった。
中学の頃から知っていたけれど、一緒に生活し始めてから分かったことがある。
結衣の不器用さは想像をはるかに超えていた、ということ。
先週から2人で生活し始めているが、現在進行形で驚きの連続だ。
けれど、結衣と一緒にいると楽しい。
それがわたしにとって、1番重要なことであり大切なことだった。
「なーぎーさー!野菜切っておこうかー?」
キッチンの方から聞こえてきた結衣の声に、わたしは慌てて身支度を整えて部屋を出た。
「あっ、昴がもう少しで着くって」
携帯を見ながら結衣がそう告げたのは、あれから30分後のことだった。
作っていたのはカレーだった為、あとは今すりおろしているにんにくを入れたら、少し煮込んで完成だ。そのまま食べる直前までねかせていれば問題ないので、昴が来る頃には終わりそうだと結衣に伝える。
「それは良かった。それより、渚。体調悪い?」
結衣の言葉に驚いてしまう。
そこまで重たい症状ではなかったのであまり気にしないようにしていたのだが、結衣はわたしの小さな変化に気付いていた。
「さっきからたまに目を閉じてたりしてたから、体調悪いのかなって思ったんだけど……」
「あー…………」
そんなところを見て、体調が悪いのかと想像するあたりが凄いと素直に感心した。
「多分、目の使いすぎかな?頭が少し痛くて」
こめかみをもみほぐしながら話すと、結衣は心配した表情でわたしを見つめていた。
「コンタクト外したら?今から来るのは昴だし、もう外には出ないから大丈夫よ」
少し躊躇していると、結衣はわたしの腕を掴んで洗面所の方へ向かう。
抵抗せずに結衣へついて行くわたしは、非常に憂鬱だ。
「今から来るのは昴だし、ゆりあたちに挨拶しに行くのは今日じゃなくてもいい。だから外して」
結衣は引いてくれないようで、掴んでいる手を離してくれない。
ここはコンタクトを外す、しか選択肢はないようだ。
「分かった。だから、結衣はカレーを見てきてくれる?もう火は止めていいはずだから」
わたしの返答に嘘はついていないと思ってくれたようで、結衣は頷くと洗面所を出ていく。
それを見届けたあと、わたしは鏡の前に立つ。
小さく息をはいてから目元へと手を伸ばし、ゆっくりとコンタクトを外していく。
再び鏡に映ったわたしは、青く澄んだ色の目でこちらを見つめていた。