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4:隣町にて

 ファザ町のそばには山から続く川が流れている。下流に向かうほど川幅は広くなっていき、やがては海に辿り着くという。いつかは行ってみたいと思いつつ、アイビーはその川沿いを歩いた先にある隣町、エウス町で足を止めていた。

 この町の特徴なのか、ほとんどの住宅は円形だった。整備された道を行きかう人々の質素な身なりから判断する限り、暮らしている多くは農民なのだろう。賑わいのある方へ足を向けてみると、羊毛で作ったとみられる衣服を販売していた。

「あの、すみません」寒い日にどうだい、と全身をすっぽりと覆えそうなローブを勧めてくる女主人をやんわりと断りながら、アイビーは聖都市へ向かうための馬車について聞くことにした。

「お祭りがあるって言う聖都市まで行ける馬車はどこから出ていますか」

「クレエに行きたいのかい」どうやら聖都市の名はクレエというらしい。「それなら、ほら、あそこに三階建ての宿が見えるだろ。あれを通り過ぎた先に井戸があって、その近くの広場に馬車乗り場がある」

 なおも服を売ろうとする女主人からなんとか逃れ、言われた通り宿を目指す。果たしてそこには十台ほどの馬車と、それを引く馬が何頭もずらりと並んでいた。アイビーと目的が同じとみられる旅人や地元住人も徐々に集まってきており、その多さに思わず感嘆の吐息が漏れた。

 出発時間はまだしばらく先だという。じっとしているわけにはいかないもどかしさを感じたが、徒歩で行ったとしても途中で追い抜かれてしまうだろう。出発の前に鳴らされる鐘が聞こえてくるまで、大人しく付近で時間を潰すしかなかった。

「すみません、少しよろしいですか」

 不意に誰かに話しかけられた。振り返ると、そこには一人の若い男が立っていた。なまりのないどことなく上品な口調からは身分の高さがうかがえたが、衣服は飾り気がなく、裾や袖が所々擦り切れている。髪から靴までどこもかしこも黒いが、肌は雪のように白く、瞳は森林に似て深緑色だった。

「クレエに向かう馬車の発着所を探しているのですが、ご存知ですか」

 地味ながらも整った顔立ちに、アイビーは少し面食らう。男の問いに答えるのも一瞬忘れてしまったが、

「え、ええ。三階建ての宿の近くに井戸があって、その周りに」

 我に返り、馬車の発着所がある辺りを指で示す。男は「ありがとうございます」と微笑んで礼を言い、去っていった。彼も聖都市へ向かうらしい。

 ――なんだか、見覚えのある顔だったな。

 アイビーは男の顔立ちにどことなく既視感を覚えたが、どれだけ考えても誰なのか分からない。出かけた町村ですれ違ったことがあるのかも知れない。やがて考える事を止め、再び目的も無く町を歩いて回った。

「そういやぁ聞いたか、あの噂」

 アイビーと同じく時間を持て余しているのだろう。民家の壁にもたれながらスープをすする男が二人いた。

「ああ、また死人が出たってな。今朝早くに乳売りから聞いたよ」

「丘の向こうの集落だってな。今度も〈幻操師〉らしいぞ」

 物騒な話題だと遠ざかりかけたが、〈幻操師〉という言葉にぴくりと立ち止まる。アイビーはさりげなく男たちに近寄り、そっと話の続きを窺った。

「これで六……いや七人目か? 物騒なこった」

「みんな夜に殺されてるってんで、誰も犯人を見ちゃいないんだろ。国も軍を派遣しだしたって聞くしよ」

「そりゃ同時期に王子も二人とも行方不明になったってんだから、いよいよ静観してるわけにはいかなくなってきたんだろ。その犯人とやらに連れ去られちまったのかもって言われてるしな」

「いなくなってもう何ヶ月だよ。殺されてるかもしれねえよな」

「もしかすると、だけどよ」不意に男の一人が声を潜め、辺りを見回した。「何百年も前のアレを真似ようとして、生贄に王子を連れ去ったとかじゃ」

「生贄なら、こう言っちゃなんだがそんじょそこらのガキでも構わねえんだろ。王子を連れ去るリスクを負う意味が分かんねえよ。第一、アレは見つかったら一家もろとも火あぶりなんだろ」

 テュスト国で信仰され、創造主として語られている神は大地に宿るとされている。そのため、神が死者を永遠に守ってくださるようにという考え方から、遺体の埋葬は土葬が主流だ。しかし、人命を奪うなど重大な罪を犯した罪人の場合、生きていようが死んでいようが、その体はまず炎に包まれるのが決まりとなっている。

 火あぶりなのは「罪に穢れた体を神に守らせるわけにはいかない。炎を以て体を、罪を焼却し、浄化する」という考え方からである。罪人が神の宿る土に触れる事が出来るのは灰となってからだ。

「けどよお、今時あんなことやる奴いるのか?」

「さあな。けど何年か前にも処刑された一家がいただろ。今でも隠れてやってる奴らがいないとは限らねえぞ」

「ああ……そんなこともあったな。もう何年前だ。十四年前か? そういえば火あぶりって言ったら、この前山間の集落で猪をあぶった肉を食ったんだけどよ……」

 話が別の方向へ逸れていく。アイビーはため息をつき、男たちの元を離れた。

「……シェアト」

 ずきりと胸が痛む。本来ならここにシェアトもいるはずだったのに、と気分が落ち込んだ。ここに来る途中でも、何度も立ち止まった。彼は生死の境をさまよっているのだ、なのに自分はこんな所にいていいのかと。

 シェアトの姿を思い出し、目元に涙が滲んだ。泣いてしまうと一層心細くなる。周囲には人もいるし、うつむきがちに涙を拭って深呼吸を繰り返す。それと同時にふつふつと別の感情がこみあげてくる。怒りだ。

 彼を襲った、仮面の男。姿を思い出すだけで腹の底から怒りと恐怖が湧いてくる。

 ――迎えに来るって、言ってた。

 全身が震え、アイビーは自身の肩を抱いた。

 あの男は間違いなく、アイビーの前に再び現れるだろう。奴に対する怒りは果てしないが、同時に怯えもある。男を前にした時、震えて立ちすくむか、それとも果敢に立ち向かえるか。自分でも全く想像が出来なかった。

 それにしても、と思う。隣家の夫人の話では、この国に存在する〈幻操師〉とやらは三十人ほどのはずだ。そのうちの六人だか七人だかが殺されている。先ほどの男たちの話は確かそんなだった。それに加えて国王の子息が二人行方不明になっている。なにやら今は国全体が物騒な状況らしい。

「シェアトを襲ったのも、その人なんじゃ」

 だが、シェアトが〈幻操師〉だという話は聞いたことがない。そんな素振りを見せたことがないし、もしそうだったとしたら隠すことなく話してくれていたはずだ。

 彼は嘘をつくような人柄ではない。アイビーはそう確信していた。

 からからと乾いた音がこだまする。馬車が集まっている方向からだ。慌てて戻ると、先ほどよりも大勢の人々が集まり、井戸の周辺は大変な混雑になっていた。

 周囲の話を盗み聞きしてみると、ここに集まっている馬車の大半は普段、主に荷物を運ぶために使われているらしい。人々が乗り込む部分には風雨を防ぐための布製の(ほろ)が付いているが、寒さ対策はほぼ取られていなさそうだった。

 御者の案内に従って次々と人が乗り込み、定員に達したものから順に町を出て行く。アイビーが乗れるのはまだまだ先かと思われた。

 辺りを見回してみると、乗客の多くには同行者がいるようだった。若い男女や、余生を楽しんでいるらしい老夫婦。遊び盛りの子供たちと、彼らが勝手にどこかへ行ってしまわないように目を光らせている母親たち。彼女たち同士も友人関係なのか、談笑に花を咲かせながら時折吹き付ける冷たい風に身を縮こまらせていた。

 次第に人と馬車が減っていく。やっと乗れる番になった時、残っている馬車はあと二台だけだった。御者に聖都市までの料金を払い、手を借りながら乗り込むと、中には向かい合うように椅子、というよりも板が設置されていた。座るしかないので腰を落としてみるが、すぐに尻が痛くなりそうな座り心地の悪さだった。

 慰み程度に置かれていた防寒用の布を膝にかけたところで、ごとん、と馬車が動き出す。ようやく聖都市へと向かうことが出来、アイビーは安堵の息をついた。

 それにしても、『聖女の涙』はどこにあるのだろう。何としても手に入れるしかない、と町を飛び出して来たものの、どこに保管されているのかなど詳しいことを知らなさすぎた。

 夫人は「番号が読み上げられるのは祭りの最後だ」と言っていた。祭りの開催は明日、つまり『聖女の涙』は明日の終わりがけに渡されるということだろう。

 どうしよう、こうしている間にもシェアトが死んでしまったら。もっと早く戻ることは、いや、そもそも彼のそばを離れたりなんてしなければ良かったのに。焦りが募り、無意識に呼吸が早まる。

 ――明日までなんて待っていられない。だったら、どうすればいい。

「どうなさいました?」隣から突然話しかけられ、びくりと肩が跳ねた。「気分が悪そうですけど」

「え、ああ……」

 大丈夫ですと答えながら左隣を向き、アイビーは「あっ」と声を上げた。馬車の発着所を聞いてきたあの男だ。彼も同じ馬車に乗っていたのか。

「ちょっと寝不足なだけ。お気になさらないで」

 心配そうにこちらを覗き込んでくる男から目を逸らし、アイビーは長い息を吐いた。

 何気なく額を手で拭うと、しっとりと汗ばんでいた。思っていた以上に緊張していたらしい。

 男はなおも気遣わしげな視線を向けてくる。よほど具合が悪そうに見えるのだろう。

「馬車を止めてもらいましょうか? 今ならまだ戻れますよ」

「いえ、本当に大丈夫だから」

「それなら良いのですが……」

 そうは言いつつ、男は納得しかねているようだった。

「……実は、あまり馬車に乗ったことが無くて、ちょっと揺れに酔ったかも知れなくて」

 でも本当に大丈夫、と重ねたが、男はますます心配そうな顔色を浮かべた。しまった、言い訳を間違えたかもしれない。

 このままでは、また「馬車を止めてもらうか」と提案されかねない。それは困る。聖都市に行けなくなってしまう。

「あ、あの、じゃあ、あなたさえ良ければなんだけど、少しお話してくださらない?」

「え?」

「何でもいいの。話していれば、酔いも誤魔化せる気がするから」

 半分言い訳、半分本心を口にする。何かしら会話をしていれば、焦りを紛らわせられると考えたのだ。

 男は意外そうにきょとんとしていたが、すぐに「構いませんよ」と鷹揚に応えてくれた。


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