神と称えられた男
[アルジミア王国外れの村アスクール]
「...はやくやつらを捕らえろ!!」
アルターナ襲撃からはや数十年、事件は突然起きた。
パニックになり喚き叫ぶ民衆、はたまた逃げるのを諦め神に祈り続ける聖女。
それらを誘導する勇敢な兵士。
「龍を探せ、最後の一匹がこの街のどこかにいる筈だ!」
[アスクール村とある家屋]
「...まだ力を欲するか!」
老人は、怒りと悲しみよりも先に未来の不安が頭を過る。
「義父さん、頼みます...。」
「しかし...うぬ。必ず死ぬなよ」
その後、三日間の激闘の末にようやく攻撃は止んだ。
都市からの応援が駆けつけた時には既に生存者は皆無だったらしい。
のちにこれが[アスクール消滅事件]と語られ、以降12年の時が過ぎる。
......夢を見た。
真っ赤な茜色に染まる空に、目の赤い黒鳥が鳴いてそこら中から聞こえるツンとした叫び声。必死に祈る聖女の声。家屋がメラメラと音をたて灰が舞い、血がまるで絵具のように壁一面に染まる…。
「アルターナ...応答.して..くれ」
「こちら襲..げき...」
ブツブツと途切れる無線機。赤色と橙色が混ざり合い目の前の全てが溶けだすように熱くねっとりと顔に手に温度として感触として伝わってくる。
これは現実だ、とそう必要以上に認識させてくる。
まるで地獄にでもいるような悪夢にでも魘されるようなそんな感覚に襲われて、何も考えられなくなり真っ白になった後ツプンと視界が思考が本能で止まりその後の事は何も覚えていない。思い出せない。
自己防衛の記憶喪失とでもいうのだろうか。
その日、何がおきたのか何を見たのか何を感じたのか…全く記憶にはない。
ただ、一つだけ覚えているのは一つだけ微かに残るのは「この子を---」という曖昧にも頼りなく歯抜けた言葉だった。
恐らく、自身に起きた事のある何らかの記憶の映像とでも言うのだろうか。この夢は必死に何かを思い出させようとしている。忘れちゃいけない筈の何かを、自分を守るために消した記憶の思念を。それはいつか思い出さなければならなくいつか繋ぎ合わせなければならない深海の奥に眠る埋もれたままの体の一部…。
こんな時に、嫌な夢を見るもんだ。
少年は夢から現へと戻される。
享年98年。
かつて魔法界の神として称えられた男セクルト・リュビアラスク。
魔法界最大都市アルターナ襲撃事件がきっかけでその名を魔法界全土に轟かせたという彼は、死ぬまで一切の衰えを見せなかった。
そんな彼の命は、無情にも儚くこんな辺境の地で人一人を育て寿命ににてその命は尽き果てた。
ひっそり暮らしていた彼らにとって、神の死は公表されなかった。ただ、風の噂で世界に広まるのはそう遠くはないだろう。
この時、少年にとってその死はあまりにも突然で唐突だったのか不思議と悲しくはなかった。
様々な事に巻き込まれ何度も命を落としそうになりながら悲惨とも言える人生はけして幸せと呼べるような環境ではなかったとしても...少年を厳しく接しいつも隣に居てくれたからこそ涙は出なかったのだろうか。
いろんなモノをもらい、いろんな事を教わり、全てを貰ったそんな気がした。
セクルト・リュビアラスク。彼もまた、もう与える事はないと悟り逝ったのかもしれない。
ほんの数名で行われた葬儀が終わる中、1人の男が少年の目の前に現れる。
真っ白いローブに全身を包みフードからチラと見えるだけの笑みを覗かせこちらを伺う。
少し経ったあと白ローブの男は右腕の袖から一枚の封筒を取り出したかと思うと、それを少年に差し向け差し出し「よかったら我々のところへ来ませんか?」と言葉を投げかけた。
もう身寄りもない自分を哀れんでいるのだろうと、不信がるもそれを受け取り、中を確認せずにじっと目の前の男を見つめ返す。
その男は少し困ったように笑いお待ちしておりますとだけ話しその場は何事もなく葬儀は終了を迎えた。
一人、夜の闇夜に赤い灯りが一つ。葬儀を終えた少年は小さく言葉を漏らす。
おい、くそじじい...。一人になっちまったじゃねぇか。
なぜ今頃になって涙が胸の奥から心の底から溢れ出てくるのであろうと。悲しくはない筈だったのに寂しくはない筈だったのに。一人になって今やっと気づいた、不安と冷たさがこんなにこんなにも辛さを与えるのだということを…。溢れてくる12年の月日と年月に想いは悲しみに溶けていく。
残されたモノはいつも首から掛けていた龍の形をあしらっただけの首飾りだった...。
それから数日後、男から貰った封筒を開けた彼は荷物をまとめ家を出る。中には手紙と地図が同封されており彼が決断するまでの時間は一瞬であった。
決めたのだ、ここで自分なりの[幸せを見つける]と。
これは神と称えられた男の孫[アキ・リュビアラスク]の物語である。
世界観豆知識
その1
世界を創造したという神話に登場する龍達は七匹いたとされているが、それを治める長の八匹目がいたという説もある。定かではない。
その2
人間界から赤子を攫い魔力を授けることにより初めての魔法使い「始まりの魔法使い」が誕生した。魔法界の住人はそのほとんどが子孫とされた。また各環境により様々な種族や動物が繁殖繁栄し、今となっては人語を話せる種族だけでも50は確認されている。
その3
魔法世界は大きく分け5つの大陸と47ヶ国、そして天界地界により世界は分布されている。
その中でも一番大きな大陸は南に位置するナンベス大陸。そしてその中央へ佇むアルジミア王国世界最大都市アルターナ首都。
その中央には巨大な世界樹と呼ばれる樹とその目の前にあるのは神と称えられたある男の銅像が建てられている。
その4
魔法使いの体内には「気」と「魔力」が存在する。が、そのほとんどが「魔力」を使うため「気」は体の奥底へと小さくなっていってしまう。人間界と同じ「気」には身体能力の向上等に使われるが使えるのはごく一部らしい。
その5
魔力は陰陽五行に基づく七つの魔力性質により成り立っている。
火、水、木、雷、地そして光と闇。一つ又は二つ以上の性質を持ち、これらを組み合わせて新しく性質を作られることも多い。