敵
殺し屋の定義には2つ絶対のルールがある。
1つは仕事を成せば必ず報酬を受け取る事だ。
それは逆に言えば報酬を出さなければそれ相応の物を頂くことになる。
例えば報酬を出さずに殺そうとする馬鹿共なら、殺す他なしだ。
端から見れば、普通の会社のオフィスで。
「ひいぃぃ!やめろ!死にたくない!」
「あのさ、仕事はちゃんとしたじゃん。なのに何でお金をくれないんだい?」
大空は呆れたようにヤクザに聞いた。
本来彼にとっては馬鹿共の命などどうでもいいのだ。
無益な殺傷ほど無駄なものはない。
しかし、彼も一社会を生きる人間である。
金がなければ生活が出来ない。
しかし大空は一度依頼の受注前に1000万円の大金を目にしている。
つまり、何処かに隠している筈なのだ。
だから、大空はヤクザに大金の在処を聞き出そうとしているのだが、当の本人は「殺さないでくれ」と連呼しているばかりである。
無理もないか、と大空は落胆する。
脅しと喧嘩ばかりをして、本物の死体を見たことがない彼にとって、それはあまりにも恐ろしいことなのだ。
今まで親しんでいた仲間の死体がいくつも転がっている何てことは、常人なら誰でも恐怖に陥る。
片っ端から探して見つけようかと振り向いた瞬間ーーーーー。
その男は立っていた。
「探していたのはこれか?」
銀のアタッシュケースを持ったその男の名は、大空が忘れようにも忘れない程の強大なものだった。
宮上翼。
自身がAIH部隊に所属していた頃の上司にあたる。
「最も俺も今、探していた奴を見つけたんだが…な?」
瞬間的にアドレナリンが過剰分泌されているのが分かる。
代謝が上がり、冷や汗が出る。
その焦りと恐怖の中で大空は懸命に冷静になりものの0.5秒で思考し、判断する。
ーーーー距離は7m。今持っている武器はP226とその弾数が45発、それで一度全弾発射して残りは30発、ナイフ1本、スタンガン。
これだけの装備で奴を倒すことは不可能だ。
逃げに徹するために目だけを動かす。
正面にドアが見える。
大空は一度深呼吸した後、全身の細胞を開花させると、満身の力を右足に込める。
ドン!と勢い良く業務用の机に飛び乗ると、ノートパソコンを蹴散らしながら真っ直ぐ駆け抜ける。
そのまま視界の左側にいる宮上に銃口を向け、でたらめに乱射。
でたらめに乱射。したのには理由がある。
移動しながらの射撃は自動小銃を使っていようが拳銃を使っていようが、どちらも命中率が大きく下がる。
ましてや走りながら、だ。
それで乱射したということは、6m先の的にも当てることなど余程、達者な奴でないと運でもない限り命中しない。
もちろん、大空はその達者な奴というのには属すことはない。
しかし、この行動には別の意味がある。
大空は端から宮上に当てることなど考えていなかった。
要は足止めさえ出来ればそれで良いわけである。
乱射は命中率が大きく下がる。
だが、命中率が低いということはある程度散らばった状態で弾丸が飛翔している訳である。
これは相手に恐怖を生む。
誰だって避けて飛び込んだところに弾が当たる何てことは嫌に決まっている。
大抵は障害物の裏に隠れるものだ。
大空はそこに勝機を感じた。
この手法は制圧射撃と同じことである。
大空はそのまま全弾撃ちきると、走り抜ける。
直後、全身の筋肉が悲鳴をあげるような傷みが大空を襲いかかる。
全身が痙攣。
耳からはチリリリリという科学的な音が聞こえる。
ーーーーーテーザーガンを撃たれたか。
大空は直感でそう思った。
視界を宮上に移してみる。
見れば、宮上の体に2発穴がそれぞれ腕、太ももに空いている。
(最初から当たるつもりで…?)
「お前にこれを撃ち込んだのは2回目だ」
宮上は吐き捨てるように告げる。
「クソ…!もう僕は何も関係ないだろ…!」
「全く世話かけさせやがって…、お前には呆れることばかりだな。」
「まさか、こんなとこで殺し屋なんざしているとはな。」
宮上は歩みよってくる。
「お前に命令が来ている。」
そう彼は告げた。
それは大空からすればおかしな話だった。
そもそも宮上は大空に命令する権利がないのである。
大空は力なく嘲るようにして笑う。
「ははっ…。自分から部下を辞めさせといてなんだよそれ」
しかし電気が体に走る痛みからか、それ以上は口を動かすことはなかった。