日常
4月10日
少し早めに桜は散ろうとしているのに校内でのざわめきは相変わらずだった。
750人という蟻の巣にいる蟻並みにいる新入生達はこれから訪れるであろう未来に対して希望を抱きながらあるいは、内心怯えながら青春を謳歌しているというのが大空託人の見解であった。
高校が初めての学校ということもあって不安になっているのは否定出来なかったが、その不安を作り出したのは単に話かけること
が苦手だからという短小なものだった。
誰かが話かけてくれるものだろうと思っていたが、生憎彼の席は最も奥の、つまり窓際に鎮座しているため端から見れば地味というか空気になっているのは仕方がないことなのだろう。
しかも今日は快晴だ。
太陽から射す日光は窓を通り抜け彼の上半身ほぼ全体、さらに制服は黒色なので彼の体温は汗が無性にでるほど高くなっており、
極めつけにこの教室は暖房が起動しているため地獄と感じても申
し分なかった。
どこか外へ便所にでも籠ろうかと思ったが廊下を見ると、人、人、人、人だらけである。
あの人壁を突破出来るほどの体力を今の大空は持ち合わせていなかった。
ーーーーー帰りたい
眠ろうとしても暑さのおかげでそれが阻まれる。
目を閉じれば自然に寝れるだろうと思い、目を閉じた瞬間ーー。
「おーい」
なぜか後ろから自分の後頭部が軽く叩かれる。
これほど哀れな目に会っているのに、寝ることさえも許されないのか。
と、大空は内心思ったが、この状態を維持しておけば寝ていて気付かないと思うに違いないという考えに至り、そうした。
「おーい」
また、軽く叩かれた。
少し腹が立つので頼むから寝るのを邪魔するなと言おうと後ろを振り向くとそこには誰もいない。
「おーい」
声は正面から聞こえた。
大空は正面に視界を移すとそこには机を台に頬杖をした女子がこちらを見ていた。
「頼むからね「集会あるから早く並んで」
廊下にいた蟻ごとき集団達はあまり綺麗ではない列を成し、全員がすぐさま並べと訴える様な目でこちらを見ていた。
しかし、高校が初めての学校という大空にとって[集会]などいったいなんのことか分からない。
とにかく大空は言われて通り素直に並ぶことにした。
集会では先輩達の部活動紹介を熱心に行っている中、大空は特に感激もせずに淡々と見ていた。
部活動というもの初めての大空にとっては興味深いものだったが、やることが野球やサッカーといった球技類はもちろん文化系もあまり好きではないからだ。
「ねぇちょっと」
後ろから肩をトントンされ、振り向いてみる。
その瞬間に相手の人差し指が自分の右頬に刺さる。
何度もこれをされたので大空は気にしないが、した方と言えば何やらニヤニヤしているのが常だった。
黒に近い茶髪、少し長めのショートヘアにピンセットを付けた容姿はまさしく、JKとでも言うのだろうか。
大空は世間の確立した知識をあまり持ち合わせていなかった。
「部活の紹介あんまり面白くないね」
JKはつまらなそうに話す。
彼女も余り部活動には興味がなかったようだ。
それとも単に紹介が面白くないだけで入る気はあるのだろうか。
「そうだね」
女子は苦手だ。
それだけが理由ではないが、大空は素っ気なく答えることしか出来なかった。
「君は部活動に行くつもりなの?」
「剣道部に行こうかなって思ってる」
「そうなんだ」と女子は少し感心したかのような目でこちらを見つめている。
それほど自分が運動不足な奴に見えたのだろう。
大空は少し自分を悔いた。
「私はバスケか空手をやるつもりなんだけどまだ決めてないんだよね〰」
空手か…と大空は呟く。
「空手で実戦経験は?」
「ない」
「身体は柔らかいほう?」
「まあまあ固い」
女子はそれがどうかしたのか?という顔になっている。
空手はあまり馴染みがない大空にとってもそれは心配になることだった。
それが顔に出てしまったのか、女子は「でも私中学では体育5だったし、大丈夫だよ」と自分に言い聞かせているように言った。
もっと喋ろうと思った大空だったが集会ということもあり、そのまま話さなかった。
帰宅途中彼はふと思う。
「あの娘は自分に惚れてでもいるのだろうか?」
男子ならまだしも女子が話かけて来るというのは、大空にとって2回目のことだったからだ。
それは端から見ればなんて中小なものだろうと思われることだろう。
しかし、この出会いはきっと何かを変えてくれる筈だ。
「いや、絶対に変わる」
大空はそう心に誓った。
彼には変わらなければならない理由があった。
彼はやはり人殺しだったからだ。