入部
こないだ通った薄暗い廊下。
そこを大空とマリは颯爽と歩いていた。
「ちょっ先輩!どこ行くんですか!」
とにかく早歩きで進む大空をマリは留めようとした。
何の説明も受けずに「とにかくこい」と言われて何事かと思っていたが、一体何のことか未だに分からない。
それどころか先程から無視することしか彼はしていない。
何故か話を聞いてくれないのだ。
突然、大空が止まる。
「よし、着いたな」
「着いたなって…。ここに何があるんですか?」
見れば、文芸部と書かれた紙がドアに貼り付いている。
文芸部は小説の創作や読んだ本の評論等を行う部の筈だ。
まさか・・・。
大空が躊躇なくドアを開ける。
そして案の定。
「一ヶ谷さん、この子が文芸部に入りたいそうです」
いきなりダイレクトに大空は申し出ていた。
「は!?」
「大空くん・・・。君は最高だぁぁぁ!!」
そしていきなり一ヶ谷と呼ばれたその女子はマリも驚愕するほどの速さで歩み寄ってきた。
(なんという身体能力・・・)
するといきなりマリは両手を掴まれブンブンと上下に振られた。
「???」
訳がわからない。
何故、手を上下に振る。
「私は一ヶ谷叶って言いますぅぅ!うぇるかむとゅゅゅぅ!文芸部!」
「あの大空くん。この人は一体?」
マリは心配と不安の目で大空を見る。
大空といえば。
「あぁ、だってお前昔本が好きとか言ってたよね?だから文芸部も好き好んで入ってくれるかなぁーて」
明らかにとばっちりである。
これは彼なりの仕返しなのだろうか。
「え、いや私は帰宅部に入ろうかなぁーって・・・」
「1年の時は帰宅部入れないらしいよ」
・・・ファック。
「え、あなた文芸部に入ってくれるんじゃないの・・・?」
もう一度叶のほうを見直すと、絶望に浸った彼女の顔がそこにあった。
まるで手足を咬みちぎられ、ただ肉食獣に喰われるだけの肉となったシマウマのような。
「いえいえ!1年で帰宅部に入れないなら、文芸部に入ります!」
何とも、適当な返答。
果たして、叶はそれでいいのだろうか。
「ぜんっぜんいいよー!むしろ入ってくれるだけでありがとー!」
OKということなのか。
(というかこの部長本音みたいなの漏らしてるし、どんだけ新入部員が恋しかったのよ・・・)
呆れたのか、はたまた疲れただけなのか。
とにもかくにもマリはただただ、心のなかでため息をついたのだった。
そんなやり取りを見ていた結菜としては。
(・・・デジャブ?)
(うーん)
文芸部とあって覚悟はしていたが、やはり静かになってしまうというのはアクティブガールであるマリにとって耐え難いものであった。
聞こえてくる音はキーボードの打音や、本をめくるときの音だけだ。
左には大空が座っているが、なにやら本の感想文のようなものを書き連ねている。と言いたい所だが、妙に苦戦しているようだ。
眼鏡をかけた女子が分厚い本をすらすらと呼んでいる。
叶ではない。
大空とは一応親しげにしていたが、友達なのだろうか?
恐らく彼が文芸部に入ったのもアイツのせいだ。
そう、マリは思った。
(・・・黒に近い茶髪)
眼鏡のレンズには度が入っていないことから恐らくファッションとかそこらでつけているのだろう。
そこでその女子がこちらの視線に気付いた。
初対面の人間だからか、狼狽えたマリは視線を逸らす。
(退屈だなぁ・・・)
しかし、文芸部に入ってしまった以上はここでの精神的な苦痛に耐えなければならない。
じっとしているのも仕方がないので、後ろにある本棚から手だけを伸ばして、適当にとる。
手に取った書物は本ではなく現代文の教科書。
マリは適当なページを開く。
その目に映ったのはマリが知っている物語だった。
羅生門。
舞台は飢餓や地震等の天災が起こる平安時代の京都で、天災の影響により無一文になった正義感ある青年が羅生門と呼ばれる亡骸だらけの門で1泊しようとする。
青年は羅生門に何者かがいることに気付く。
正体は醜い様相の老婆と分かる。
当時、髪というのは貴重だったことから老婆は死んだ女の髪を抜き、かつらにして売ろうとしていた。
老婆は「この女は死んでもいいことをしているから」とか「飢え死にをしないために仕方がなくやっているから大目に見てくれるだろう」とか一般人が考えそうな言い訳ばかりをする。
可笑しな行動をしていた理由があまりにもしょうもなく、現実的だったことや、老婆の命が自分の手中にあるということを知った青年は「俺も追い剥ぎをしなければ生きていけない」と言って、老婆の服を剥ぎ取りそのまま夜の闇へと消えていった。
というのが羅生門の大体の話である。
マリは羅生門に対して複雑な心情になった。
仕方がないから、生きる方法がこれしかないから。
それはマリ自身が痛感してきた記憶であり、心の声そのものだったからだ。
追い剥ぎをするか、殺すかの違いだ。
それに正義はなく、そして信念もない。
あるのはただ、正当化という名の「逃げ」だけなのだ。
残酷にもそれを忠実できたから今のマリがあるのかもしれない。
だがマリはそれを認めようとしなかった。
認め[たく]なかった。
夕暮れの光がマリを包む。
静寂は続く。
マリが今この時をもって何を思い、何を感じたのか。
それは誰も知らない。
「ぃよおっし!!!!」
突然、叶の大きな声に全員が静かに驚く。
「・・・大声出さないで下さい。一ヶ谷さん」
感想文を書こうとしていつの間にか寝ていた大空は呻くようにして言う。
「フフフフ。ついに、ついに出来たぞ・・・!」
「あの・・・何が出来たんですか?」
マリが物怖じして尋ねる。
「1ヶ月という歳月をかけ、渾身でつくりあげた・・・。最高にして最優の我の物語が・・・!」
結菜が原稿に手をとる。
「これ火花パク「サア!!みたまえ!我の最高傑作を!!!」
「いや、だからこれ火花「サア!!!<( ・∇・)/」
叶がマリへと強引に迫る。
「あ、私トイレ行ってきます!」
そのまま逃げるようにマリは出て行ってしまった。
夕日が沈もうとしている。
もうじき下校時間だろう。
大空はそそくさと感想文を書いた。
帰り際、大空は独りで歩いていた。
夕方、もう6時位だろうからか、彼が通っている道は暗く寂しいものとなっていた。
「先輩」
突然後ろから声が聞こえる。
振り向くと案の定マリがいた。
怒ってはいないのだろうか?今日無理矢理、文芸部に入部させられたのを恨んでいる。という感じには声も冷静で表情も冷ややかなものだった。
「宮上さんから命令がきました」
あたりは一瞬にして世界が変わった。
大空は辺りを視界で舐めるようにして見回す。
誰もいない。
普通、命令の伝達はブリーフィングが主なだが、この部隊での場合はケータイのメールや電話等の一切の器具を使わず[口頭]のみで行う。
電話では盗聴、メールでは証拠が残る為だ。(メールは消去が可能だが、傍受されたり消したメールを復元される危険性から)
人から人というのは最も安全性のある方法だからでもある。
「最初に[討伐]をするのはイギリスの魔術協会だそうです」
「魔術?」
現代人からしてみれば魔術とは空想の術方で、娯楽小説の題材にしかならないものだろう。
が、彼女が言っているのは本当なのだ。
命令の伝達で、しかも「宮上さんから命令」まで言っておいてそれは有り得ない訳である。
もし有り得たら情報を漏らす危険性があるため排除しなければならない。
つまりはマリの言っている魔術とはまさにこの現代において実在していることになる。
「そこで今日から5日間は部隊員の徴集及び使用する武器の編成を決めます」
「え?じゃあ全国にいるメンバー全員を集めて来ないと駄目だよね?」
マリは「そうなります」と即答だ。
これだから任務はめんどくさいんだ。と心に抑えながら大空はただ、ため息をついた。
安全性も状況で変動する代物なのである。