悪役令嬢よ、永遠に
・悪役令嬢もの
・ざまぁ要素は少ないかも
・恋愛要素はもっと少ないかも
私は死んだ。
そして悪役令嬢(in私)が生まれた。
ちょっとだけゲームが人よりも大好きなだけの極々普通の社会人だった私は、新しいプロジェクトの完成を目前に死んでしまったらしい。
死んだ理由はよく思い出せないけど、過労か居眠りでの事故か……まあ、たぶんその辺じゃないかな。
で、気がついたら『愛しい君よ、永遠に』という乙女ゲームの世界に生まれ変わっていた。
このゲームを何百回繰り返しただろう。テキストの一字一句まで覚えている。社会人になってから一番プレイしていたし、ここ最近も何度も何度もプレイしていた。
この『君永』の続編、二作目がもうすぐ発売!というところだったんだ。それまで生きれなかったのが残念で仕方がない。
……まあ、終わってしまったことはさておき。
最初は夢でも見ているのかと思ったけど、いつまで経っても目が覚めない。超リアルな現実が繰り広げられていて。私はそこで王子の婚約者候補として、公爵令嬢として相応しい教育を受けながらすくすくと育ちました。
ちなみに、私がこれ現実だわーと理解した一番の理由はこのレッスンの厳しさ。
家庭教師たちって生徒が泣こうが喚こうが許してくれないのよ。未来の王妃に相応しい振る舞いを身につけろってムチで叩かれるの、マジで。
あのムチの痛いこと痛いこと。これがもしも夢の中だったら絶対に今頃飛び起きているわ。
で、努力が実を結び、私は他の候補を押しのけて王子様の婚約者に選ばれました。
俗に言うヒロインのライバル役、『悪役令嬢』という奴ですね。
「お前は王家に迎えるには相応しくない! 婚約は取り消させてもらう!!」
血のにじむような苦労の末に掴んだ婚約者の座でしたが、見事に王子に見限られて原作通りに婚約を破棄されちゃいました。
てへっ。
◇
――王立学校の卒業ダンスパーティーで、王子が婚約の破棄と、新しい婚約者の発表を行ってから二年の月日が経っていた。
王子は今、父親である王の補佐をこなしながら、精力的に政務について勉強を行っていた。
王立学校で巡りあった愛しい婚約者との結婚も近々行われると噂されており、王子の人生は順風満帆、薔薇色に光輝いていた。
「殿下、どちらにおいでになられるのですか?」
「む……お前か。少し息抜きに庭でもと思ってな。お前も一緒にどうだ?」
「……申し訳ありません、王妃様からお茶会のお誘いをされておりまして……」
「母上からか。なら仕方ないな」
先約があるのならば無理はできない。相手が王妃ならばなおさらである。
肩をすくめた殿下と少しだけ言葉を交わして、婚約者が席を外した。
その姿が見えなくなってから、王子はそっと溜息を吐いた。
「(最近、アレに似てきた気が……いや、私は一体何を考えているんだ!!)」
――愛する婚約者が、かつて自分から婚約破棄を言い出したとある女性の姿と重なって見える
それが誰にも告げることのできない王子の悩みだった。
似るのは当然だ。
将来の王妃として相応しい振る舞い、言葉遣い、服装、ちょっとした仕草から。
王子の支えとなるための考え方、立ち回り方、現王や王妃との付き合い方に宮廷貴族相手の社交術まで。
やらなければならないこと、覚えなければならないことはいくつもあり、同じものを同じ教師たちが同じように教えていれば、似てくるのは当然の帰結に過ぎない。
もちろん、完全に二人が一致するなどありえないことだ。
だが、愛しい婚約者の、出会ったばかりの頃の無邪気な振る舞いと、この王宮内での貴族らしい振る舞いの差。
その差を見つけてしまう度に、王子は思ってしまう。
――ああ、この仕草、振る舞いはアレに似ている
そう、思ってしまうのだ。
「……私は何を考えているのだ」
脳裏に浮かんだ考えを振り払う。
少し政務に根を詰め過ぎた。疲れているからこんなことを考えてしまうのだ。
気分転換に庭へと向かった。
「……誰だ?」
城の中庭。
王宮内の一部の人間しか入れないその場所に見られぬ少女がいた。
本来ならばすぐにでも衛兵を呼ぶべきなのだが、ふと目に飛び込んできた光景に息が詰まる。
庭の花を愛でる無邪気な笑顔。
魑魅魍魎の跋扈する宮廷内ではとても見ることのできない無防備な姿。
その姿に、王子の肩からふっと力が抜けた。
次代の王としてのプレッシャーが双肩に重くのしかかっていたことを改めて自覚した。
「――君は……どうしてこんなところに?」
「え……?」
とても爽やかな笑顔を浮かべて、王子が少女に声をかける。
この一時、王子の頭からは国のことや、将来のことや、……最近ギクシャクしている婚約者のことが、するりと抜け落ちていた。
◇
「――というわけで、王太子殿下は最近宮廷に上がった女官に夢中のようです。その女官は他にも次期宰相候補の方や第三騎士団長の方々とも接近しており、知ってか知らずか派閥の形成を行っております。
王太子殿下と婚約者の間は少し距離が疎遠になられており、宮廷は異様な空気に包まれているとか」
「なるほど……ご苦労さま。もう下がっていいわよ」
「はっ」
諜報部門から上がってきた報告を一通り聞いて下がらせる。
あの浮気性でメンタルが弱い王子様は新しい女に夢中らしい。
「王家の責任とか次期国王候補とか、そういう重責に耐えられない子なのよねぇ……」
一見すると真面目で優秀で何一つ欠点のない非の打ち所のない人間なのだが、実は根本的に心が弱いのだ。
だから私という婚約者候補からヒロインへあっさり鞍替えをする。
彼の本心は現実の象徴である婚約者を忘れ、ずっとヒロイン(ゆめ)だけを見ていたいと、そう願っているのだ。
「小さい頃からいろいろと躾てみたけど、それも逆効果だったみたいだし。周囲も王子の我儘を受け入れてしまったから完全にブレーキが壊れちゃったのね」
自分が設定したこととはいえ、こうして傍から見るとため息しかでない。
――そう、私が設定した。正確には私たちが、だが、大した違いはない。
実は私の就職した会社は乙女ゲーム制作会社で、私はこのゲームの世界観の設定やキャラクターの設定の基礎を考えた人間なのだ。
だから本編のゲームで明かされなかった裏設定とかも私は知っているし、王子がどんな人間なのかも本人以上によく知っている。
そんな欠陥持ちだとわかっていた私は責任を取って王子を矯正しようとしていたのだが……、結局私の手には負えず、あのダンスパーティの会場で婚約破棄されてしまった。
ヒロインちゃんが学校で頑張った結果、王子の矯正が失敗して浮気性が発病したのだから、これはもう自業自得と諦めてもらおう。
ゲームの舞台から下ろされた私に、今更できることなんて何もないしね。
「でも二作目がちゃんと発売されていたみたいっていうのは、朗報だわ」
私が死ぬ前に関わっていたプロジェクト。
それが『愛しい君よ、永遠に』の続編。
完成間近で私が抜けたのは大きな痛手だったと思うけど、ほとんど完成していて残るはバグチェックのみだったからなんとかなったのだろう。
続編では舞台が学園から王宮に代わり、主人公は女官として王宮に上がったばかりの新人になる。
さまざまな攻略対象と関わりながら恋愛を楽しむことになるのだけど、実は隠しキャラとして前作の王子も出てくる。
前作の人気キャラが続編にも登場するというよくあるファンサービスだ。販売戦略とも言うけど。
そういうわけで、続編にあたる二作目では婚約者との結婚が間近に迫り、ちょっとブルーが入っている王子と新人女官のラブストーリーという隠しルートがあるのだけど。
諜報部門から上がった報告によると女官はたびたび不可解な行動を繰り返し、その度に王子と偶然出会って逢瀬を重ねているらしい。
うん、間違いなくこの子もプレイヤーだ。一作目のヒロインちゃんと同じみたい。
で、プレイヤーがいるってことは、二作目は私が死んだあとにちゃんと発売されたということで。
そのことだけが最後まで気がかりだったので、個人的には彼女に大変感謝をしている。
「――でも、こうして見るとすごいわねぇ」
ぺらぺらと報告書をめくる。本当に今の王宮は魔境だ。
呪いのような凶悪さでヒロインが影響力を伸ばしていて、それを今の婚約者が学校で築いた逆ハーメンバーの手を借りて必死に抵抗している。
女同士の暗躍の舞台となっている。
「どうせ勝っても負けても婚約者になるだけなのに。
それを知らないで必死にヒロインになろうとしているんだから、ご愁傷様よね……」
パタン、と報告書の束を閉じる。
愛する旦那様にも一応この騒動を伝えなければならないのだけど、王宮から距離を取っているのでうちには影響はない。
孤立しても大丈夫なくらいの権勢もあるし、夫への報告とは言っても気楽なものだ。
夫の書斎へ向かう途中、ふと思いついた言葉を口ずさむと、風にのってどこかへ運ばれていってしまった。
『ああ、愛しい悪役令嬢よ、永遠に』
END
というわけで、なんとなく思いついた悪役令嬢ものです。最後まで読んでいただいてありがとうございます!
ぶっちゃけ流行りに乗っただけですが、毎日何個も何個も出てくる新作の悪役令嬢ものを読んで
『永遠に終わらない悪役令嬢もの』
というテーマを思いついて自分で書いてみました。
ノリと勢いで書いたので後悔はしていません! 楽しかったです!!
最後に登場人物の紹介だけして終わりです。
王子:たぶん幸せになれない。その原因が自分だってことにも一生気がつかないのでしょう。浮気症は死ぬまで治らないと思います。
恋人にするには最高だが夫には向かない人種。
ヒロイン1とヒロイン2:どっちかが勝ってどっちかが負ける。勝った方が悪役令嬢となって新たなヒロインと戦うことになる。
悪役令嬢は不滅です。
主人公:大学卒業後に乙女ゲームの制作会社に就職。プランナーとかディレクターとか、その辺ごちゃごちゃな役職。
初めてメインで担当した『愛しい君よ、永遠に』がなぜか大ヒットしたので続編制作が決定される。
ボリュームアップ・仕事量アップで忙殺されてなんやかんやで死亡した。
王子に婚約破棄された後は、とある辺境伯の後妻として嫁ぐ。
夫は物静かな紳士で前妻との間に後継もすでに生まれており、子供を急かされるということもなく、地方でのんびりと優雅に暮らしている。
しばらくは新婚気分でいちゃいちゃしたいからまだ子供はいいかなー、とか考えている。義理の息子と娘がとても可愛い。
時々思いついたように内政チートを試そうとしてよく失敗しているが、旦那さんはそれを温かく見守ってくれている。たまに成功する。
ハッピーエンド。