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第三章 一条さんの悩み

『一条さんにアタック大作戦』が決行されてから、一週間が経過した。

 海は非常に協力的で、クッキング部に空と一緒に顔を出し、うまい具合に先輩の情報を聞きだしてくれた。だが、成果はさほどあがらなかった。

 新たに海が拾ってきた情報は三つ。

 一条には彼氏がいないということ。

 好みのタイプは年上だということ。

 男性にはモテるが、高根の花と思われていて、言い寄る男性はほぼいないこと。

 年齢は変えられないので、好みの男にはなれそうもない。

 それでも空は諦めなかった。実際に付き合っている男女が、自分の好みからはずれている異性と付き合っている例はいくらでもある。という、海の励ましを受けたことが大きかった。

 海は、朝の待ち伏せも、わざわざ早起きをして、一条先輩が登校してくるまで一緒に待っていてくれる。

 毎朝、挨拶することで、次第に会話も増えていき、たった一週間で、彼女の方からも声をかけてくれるようになった。




 週明けのこの日。掃除当番だった空は、ゴミ捨てじゃんけんに負けて、パンパンに膨らんだ重いゴミ袋を、焼却炉の脇にあるゴミ収集所へ持って行った。

 ついてないなぁと、頭の中でぼやきながら、教室へ戻る道の途中で、足を止めた。幸福をもたらす女神が木陰のおちるベンチに座っていた。

 これは、神様のお導きかも。などと勝手に運命を感じた。先程ついていないと思っていたことなど頭の片隅にも残っていない。

「一条先輩。こんなところで何してるんですか?」

 空は、いそいそと一条に近づいた。

「高橋さん。こんにちは」

 彼女は空にむけて、座ったまま小さくお辞儀をした。

「こんにちは。って、先輩。どうかしたんですか? 何か悩み事ですか」

 空がそう聞いたのは、一条の表情がどこか曇っているように見えたからである。いつも、こちらまで幸せになるような微笑みを浮かべているのに、今、空に向けている笑顔はどこかぎこちない。

「まあ、高橋さん。私が悩んでいること、よく気づかれましたわね」

 口調はあくまでおっとりとしているが、驚いたように一条は目を見開いた。

 そして、そっと手を伸ばし、空の手を両手で包みこむように握った。

「もしよろしければ、高橋さん。私の悩み、聞いていただけませんか?」

「よ、よろこんで!」

 声が上ずった。掴まれた手に伝わる柔らかい感触と温かな体温に、胸が高鳴る。

 横に座るように促され、空はぎくしゃくと、少し間をあけて、一条の隣に腰かけた。

 空が座るのを待って、彼女が口を開く。

「実は、私の祖父がこの間、突然の思いつきをしましたの。祖父が突拍子もない思いつきを実行するのはいつものことなのですが、今回は何故だか、ミステリー会を開催すると言いだしまして。祖父は、私と、私のお友達を数人、参加させるように両親に申しつけたのですわ」

「そうなんですか」

 空は、相槌を打った。いまいち、分かっていなかったが。一条は首肯した。長い黒髪がさらさらと、肩を流れる。

「はい。クラスのお友達には、ミステリーがお好きな方もいらっしゃいますから、私、その方々にお声をかけたのです。ですが、誰一人、クリアできなかったのですわ」

「クリア?」

 さらに意味が分からず問いかけると、またもや一条は真剣な表情で頷いた。

「そうですの。身内以外の参加者には、祖父が用意した問題を解くようにと。全問正解でなければ、参加資格は与えられないのです。私は答えを知りませんし、見てもよく分かりません。それに、女性にミステリー会などという危険な会に参加していただくのも、気が引けますし。どうしたものかと……」

 溜息をついて、彼女は肩を落とした。

 ミステリー会がどんなものかはよく分からないが、危険な会と考えるのは、ちょっと違うんじゃないか。と、普段の空なら思っただろう。だが、今は恋という名のフィルターが邪魔をしていた。

 笑顔もいいが、少し困った顔をした一条さんもまたいいな。と、邪なことを考えていた。

「あっ、そうですわ。高橋さん」

 手を打って、良いことを思いついたというように、表情が明るくなる。彼女は空の目を覗きこむようにじっと見た。

 顔が熱い。絶対に赤くなっているはずだが、一条は空の反応に、頓着していない様子だった。

「高橋さんならきっと大丈夫ですわ。男性ですもの。よろしければ、参加してくださいませんか? 問題は解いていただかなければなりませんけれども。……ああ、それに。男性がお一人ではお寂しいですわね。お友達もご一緒にどうですか? 暗号はそのお友達と一緒に考えていただいてかまいませんし、四人までなら大丈夫ですから」

「え? 俺で、良いんですか」

 もちろん。と、頷かれ、空は天にも昇る心地になった。

「私、異性のお友達は高橋さんが初めてですの。ご一緒いただければ、きっと楽しくなりますわ」

 極上の笑顔を前に、断る言葉など出ようはずもなかった。




 空は、意気揚々と教室のドアを開けた。

 途端に、不機嫌な声が空にかかる。

「遅い、またあの人の所に行ってたのか?」

「っていうか、偶然会っちゃった。俺達ってやっぱり運命の赤い糸で結ばれてるのかも」

 教室に光以外の姿がないのをいいことに、恥ずかしい台詞を口にする。空は、光の座っている席まで近づいて行った。

 光は自分の席で、単行本を読んでいたらしい。閉じた本の上に手をおいて、表情の乏しい顔を空に向けた。

「浮かれ過ぎると、より一層馬鹿に見えるぞ」

「より一層って、それじゃあ俺が馬鹿みたいじゃねーか」

 聞き捨てならずと、空が喚けば、光は鼻で笑った。

「ずっと馬鹿だって言ってきたのに、もう忘れたのか」

「憶えてるわー」

 大声で叫ぶと、光お得意の、煩いという言葉が返ってきた。これ見よがしに耳まで塞いでいる。

 空は、大いに剥れた。頬を大きく膨らませる。子どもっぽい仕草だが、空がすると違和感がない。

「おいおい、空の大声。廊下まで聞こえてきたで」

 呆れ声が、背後から聞こえて、空は振り返った。

 教室のドアを閉めて、こちらに向かってくるのは海だ。

「まーた揉めてたんかいな。飽きひん奴らやな」

 空の脹れっ面を見て、海はさらに呆れ顔になった。

「別に揉めてない。空が勝手に怒っているだけだ」

 光が、無表情で返した。ふんっとそっぽを向きかけた空だが、あることを思い出し、声を上げた。

「ああ! そうだ」

 いきなりの大声に、海は大げさに身をのけぞらせた。

「うおっ、ビビった。なんやねんいきなり」

「今度の連休。旅行に行こうぜ」

 来週、開校記念日と土日合わせて、三日の連休があるのだ。

「旅行? えらい急やな」

 海は訝しげな声を上げた。光は、眉を内に寄せただけだ。

「一条先輩に誘われたんだ。先輩のお祖父さんがミステリー会を開催するんだって。お祖父さんが考えた謎を解くって会らしいんだけどさ」

「おおっ! 何か面白そうやん」

 海が食いついた。空はそうだろ、そうだろと頷く。

「何でも、ミステリー会の会場はすっげー山奥の別荘なんだって。山を越えて行くより、海から回った方が早いから、そこにはクルーザーで行くらしい。しかも、旅費は全てタダ!」

「タダより高い物はないって言葉もあるぞ」

 光が、苦言を呈すが、二人は聞く耳を持たなかった。

「へえ。夏やったら泳げたかもしれへんのに、残念やな」

 まあなと、空は頷いたあと、気を取り直すように言葉を続けた。

「あと、一番たくさん謎を解いた人には。な、なんと……」

 空は気を持たせるように、一度口を閉じる。

「なんと?」

 海が焦れて、続きを促す。光は二人のやり取りを冷めた目で見ていた。

「会場になる、別荘がプレゼントされまーす」

「うっへー。金持ちはちゃうなぁ。でも、別荘プレゼントされても困んなぁ」

「それは、まあ、おいといて。頼むっ。二人とも、協力してくれ。一条先輩と旅行なんて大チャンス、逃したくないんだよー」

 空が、顔の前で手を合わせて二人を拝む。

「俺は予定もないし、別にいいんやけど。光は?」

 二人の視線が、光を射る。光は、顔を背けて呟いた。

「面倒臭い」

「だーっ! 面倒臭いとはなんだ! 血のつながった兄弟なんだから、少しくらい協力してくれたっていいじゃねーかよ」

 机を叩いて睨むと、彼は空に冷たい一瞥をくれた。

「煩い」

 空は、しばらく何か言いたそうに口を開閉したあと、大きく深呼吸した。飛び出しそうになった言葉を飲みこんだのだ。そして、別の言葉を吐き出す。

「光、頼むって、おまえの力が必要なんだよ」

「僕の力?」

 微かに不思議そうな表情を作った光に、空は畳みかける。

「そうなんだよ。会に参加するには、条件があって。問題を解かなきゃならないんだ。それに正解しないと、ミステリー会に参加できない」

 光は、すっと目を細めた。空は、冷たい視線に思わず怯む。

「つまり、空は僕にその問題を解いてほしい訳だ」

「ま、まあ。そうだな。問題を解くだけじゃないぞ。ミステリー会だし。おまえが俺達の中じゃ一番頭いいし、何より、俺達二人だけじゃつまんねぇじゃん。三人一緒が一番楽しいって」

 なっ、お願い。と、空は上目使いに光を見る。思わず鼻血を噴きそうな程、可愛らしい表情だったが、光は空の顔を見慣れていたので何の感慨も受けなかった。

 それでも、光は深く溜息をついて、空に手を差し出す。

「とりあえず、その問題とやらを見せてくれ」

 なんだかんだ言いながらも、兄弟には甘い光だった。

 空は喜色満面で、ポケットから紙を取り出した。それを、光の手の上に乗せる。光は机の上に紙を広げた。海も、机に置かれた紙を覗きこむ。

 そこには三つの問いが書かれていた。


『問い一

この中で合格していないものを一つあげろ。


・木 ・草 ・今日 ・明日 ・班 ・法 ・盤 ・肺 ・口 ・芯 


問い二 

この暗号を解け。


日寺門日は、くノ一より人云える。合言草世木は田力の子だ。


問い三

この暗号を解け。


SそっべNNうがSNほSSけしNSこばれNSものNSいだんNNくらいSSいとNSらもてNSいたいN』


「さっぱり分かんねーんだよな」

 悪びれもせず、空は言う。

「うーん。ヒントないんか、ヒント」

「それが、ないんだよなぁ」

 がっくりと肩を落として首を横に振った空の耳に、溜息が届く。

「答え、分からないのか?」

 どことなく呆れたような声に、空と海は声の主を見た。

 彼は黒ぶち眼鏡を人差し指で押し上げて、座ったまま二人を見上げる。光は思っていることが余り外にでないので、何を考えているのか分からない。

 空と海は顔を見合わせた。

「おまえ、分かる?」

 空の問いに、海は紙を見ながら首を横に振った。

「いやー、もうちょっと考えたら、なんとかなるかもしれんけど。今はさっぱりや」

「空。この答えは、いつまでに出せばいいんだ?」

 急に問われて、空は考えるように口元に拳をあてた。

「えっと、明後日までに一条先輩が渡してくれって言ってたな」

「そうか。なら、明日まで悩め」

 光は立ち上がると、紙を空に返して、机の端に置いていた本を鞄にしまう。

「は? ちょっと、おまえ、もしかして答え分かったんじゃ……」

 まさかと思いつつ問うと、光はあっさりと頷いた。

「たぶんな」

「じゃあ、今教えてくれたらいいじゃん」

 空が喚くが、光は素知らぬ顔で無視する。

「そろそろ、帰るぞ。今日、病院行くから」

 光は交通事故の後遺症で、足を悪くして以来、月に一度病院へ通っている。

「マジかー。空、病院やったらしゃあないって、二人で考えてみようや」

 空は、縋るような眼差しを海に向けた。

「頼むぞ、海!」

「おう、頼まれた!」

 がっしと手を組んだ二人を横眼に、光はさっさと教室を出るべく、鞄を手にして歩きだした。


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