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第三十章 濡れた食堂

 緑のシックスティーフォーもとい、緑の葉っぱを二十枚取ってくると、砂浜に戻った。

 ただ並べるだけではつまらないからと、三人で作り上げた砂の城の周りに飾りつけるように並べる。

「はい、じゃあ写真とるでぇ」

 海のミッションは証拠写真を撮る事である。場所はすぐに分かった。

 ついこの間、ガラケーからスマートフォンに乗り換えたからこそ分かったといえるかもしれない。海のミッションにあったあの数字と矢印の意味に気付けばすぐに分かる。

『3↑5676→1←2→』

 この数字の羅列はスマートフォンなどで行うフリック操作を現しているのである。

 つまり、3は『さ行』を表す。そして次の矢印は上を向いているから『さ行』を上に向かってフリックすると『す』という文字になる。

 5は、ナ行であり、矢印がないことから次の文字は『な』。同様に、7は『は』となる。

 つまり『3↑5676→1←2→』の答えは『砂浜へ行け』である。

 海はただ、空に付いてきたわけではなく、自分のミッションを達成するために砂浜へやってきていたわけであった。

 



 私市のミッションは砂浜に大きな絵を描け。というものであった。そして、千鶴のミッションは私市の手伝いをしろというものだった。

 私市は、なんとも表現しようのない不可思議な鳥の絵を描き、ナスカの地上絵の再来などと嘯いていた。

 この成果も写真に収め、さあそろそろ館へ戻ろうかと全員で砂浜を後にする。

 来た時に下りてきた少し急な斜面を今度は上る。これが結構足にくる。

 全員が斜面を登り切った時だった。

 館の方向から男の叫び声が聞こえたのだ。

 自然と、皆は動きを止めて、館に視線を向ける。

 外から見ただけでは、何の異変も感じられないが、先ほどの悲鳴は一体……。

「何だ? 今の」

 空が不安げに皆の顔を見回す。

 私市は珍しく厳しい表情で、館へと走り出した。

「え? どうしよう」

「とりあえず、俺らも行くで!」

 海は、空の背中をポンと手で叩くと、私市の背を追って走り出す。

 空もつられて走ろうとしたが、慌てて足を止めて振り返った。

「光、どうする?」

「僕はゆっくり行くよ。先輩は空と一緒に」

 事態についていけなかったのか、ぽかんとした顔をしている千鶴の背を光が押しやる。

 逡巡して、空は千鶴の手を取った。そして走り出す。千鶴は何も言わずについてきた。

 空は千鶴とともに、私市、海に続き中へ入った。

 左右を見回し、右手の方に人影を見つける。

 食堂の扉が大きく開いている。その前に一人の男が、腰を抜かすようにして座り込んでいた。

 視線は前方へ、つまり、食堂の中へと向いたまま動かない。

「伊吹さん? どうされましたか」

 私市が問うた。

 伊吹は顔も視線もこちらへ向けないまま、ゆっくりと震える腕を上げて、食堂を指さした。

 自分の目で確かめた方が早いと思ったのだろう。私市は、足早に食堂の前に立った。空達もそれに倣う。

「何だ、これ……」

 この呟きは誰のものだったのだろう。海か、それとも、空自身が知らずに呟いたのかもしれない。

 中は酷い有様だった。

 床のあちらこちらに、瓶が倒れている。どれも封を切られたワインの瓶だと思われた。

 ワインは部屋のいたるところにまきちらされ、絨毯や、テーブルクロス、はてはカーテンにまでシミを作っていた。

 壁とカーテンの一部にわたって、大きく文字が書かれている。

 だが、それ以上に、あってはならないものが、テーブルの上にあった。

「あれ、マネキン……ちゃうやんな」

 空の傍らで、海が呟く。

 空は、ごくりと唾を呑み込んだ。

 私市が、中へと入っていく。


「ちょっと、何なの、さっきの悲鳴」

 背後から声がかかり、空達は一斉に振り返った。

 そこにいたのは、秀香だった。

 彼女は訝し気な表情を浮かべながら、食堂の前へとやってくる。

「ひ、秀香。あ、あれ」

 やっと声を取り戻したらしい伊吹が先ほどと同じように食堂の中を示す。

「あれって、何よ……」

 言いながら、食堂を見やって、彼女は絶句した。

 一歩、二歩と歩みを進め、そのまま走り出す。

 食堂の中に入った彼女は一目散にテーブルへ向かった。

 正確には、テーブルの上に横たわる人の方へ。

「健介!」

 秀香が名を呼びながら、テーブルに横たわる人物へ手を伸ばした。

「触るなっ!」

 先に居た私市が、彼女の伸ばした手を掴んで止めた。

「離しなさいよ、離して。健介、健介ぇー」

 掴まれた手を振り払おうと暴れる秀香を、背後から抱え込むようにして動きを封じる。

「じっとしてください、秀香さん。彼は、もう死んでいる。警察を呼びましょう」

 腕の中に閉じ込めた秀香の耳元で、私市は囁いた。彼の死を、彼女が来る前に脈をとって確かめていた。だが、脈をとらずとも一目見れば、彼がもう生者ではないと分かる。

 秀香の体から力が抜けた。それに気づいて、私市が腕を緩めると、彼女は力尽きたようにその場にへたり込んだ。

 

 彼女が黙ると、部屋のあちこちから、水滴の音が聞こえる。

 私市は彼女から、間近にある遺体へとその目を向ける。

 彼の目に映るのは、秀香が名を呼んだ通り、一条健介だった。

 うつろな瞳。大きく開いた口の端からこぼれたのだろう、液体がテーブルクロスに薄赤いシミを作っていた。

 だが、これは血ではない。色からして、部屋のあちこちにまかれたワインと同じものだろう。

 遺体の口の中には、ワインの池がができていた。

 死人に酒を飲ませようとしたのか。彼の顔の横にはワインの瓶が転がっている。

 

 それにこの遺体はまるで……


「ずぶ濡れでずね」

 不意に間近から声が聞こえて、私市は驚いた。

 傍らを見ると、綺麗な顔の少年が、遺体をまじまじと見つめていた。

「君、いつの間に」

 私市の声が聞こえなかったのか、光は淡々と呟いた。

「まるで、溺れたみたいだ」

 そう、彼の言う通り、この遺体は全身ずぶ濡れだった。


 まるで、どこかの川で溺れたかのように。


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