表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/51

第十七章 容疑者は犯人になるのか

 推理が終わったとも言っていないのに、藤沢に、『容疑者の反論』をコールされてしまった。

 まあ、続けたところで、今の空からは何も出なかったりするのだが。

 いかんせん、今やったことがひらめいた全てであって、まだ犯人を特定するに至っていなかったのだ。

 瀬戸を選んだのも、一番端に座っていて、一番マネキンに近かったから。という単純な理由だ。

 実を言えば、瀬戸の対面に座る海も条件は同じなのだ。海を犯人にしなかったのは、仲間だからというただそれだけの理由だ。

 あとはもう、行き当たりばったり。アドリブで乗り切るしかない。

 瀬戸からどんな反論が飛び出すのか。

 瀬戸が、空に余裕の笑みを向けてくる。

「まあ、よく考えたと思うよ。テーブルの下ねぇ。確かに、このテーブルクロスは意味なく長いし、天板にマジックテープを使ってくっつけるっていうのも面白い。けど、俺が犯人っていうのはないなぁ。なぜ俺が犯人なわけ?」

「席が端だったからです。一番マネキンに近くて、一番取り出しやすい位置に居たからです」

 素直に答えると、瀬戸は嫌な笑いを見せた。

「でも、それなら俺だけじゃなくて、君のお仲間の紫藤君もだろう。」

 やっぱりそこを突かれたか。

「それに、あんな暗い中で、マネキンを取り出して、テーブルに投げるって作業は、難しいんじゃないかな」

 確かに、そうかもしれない。突然暗くなった時、周りが何も見えなかった。自分の手すら見えない暗闇だったのだ。

 言葉に詰まって海を見ると、またもや頑張れのジェスチャー。だから、もうちょっと何かないのかよ。

 千鶴先輩と目が合うと、海と同じように頑張ってくださいのジェスチャーをしてくれる。

 あー、先輩癒されるぅ。

 一瞬呆けかけ、慌てて首を横に振る。

 その時、ふわぁーと、気の抜けた声が聞こえた。

 振り返ると、私市があくびをしていた。

 人を窮地に陥れておいて、あくびとはいい度胸じゃねぇか。と、額に青筋を浮かべそうになったが、ふと、何かが引っかかった気がした。

「おい、降参か?」

 瀬戸の声が聞こえる。

 そう、瀬戸だ。

 彼もあくびをしていた。

 ちょうど、暗くなる前に。

「あくび……」

 思わず呟いていた。

 怪訝そうな顔をした瀬戸に向かって、思わず指を突きつけていた。

「あくびしてた!」

 大声にのけ反った瀬戸と周りの人々。

「そうだよ、あの時、瀬戸さんはあくびして目を瞑ったんだ」

 興奮して言った空に、周りがぽかんとした顔を向けている。

「そ、空。落ちつけ」

 隣に座る海が宥めるように、手をあげる。

「め、目を瞑ったからってなんなんだよ」

 瀬戸が声をあげた。

 顔が微妙に引きつっているように見えるのは空の気のせいだろうか。

「俺、見ました。瀬戸さんは暗くなる直前に、あくびをして、目を瞑っていました。そうですよね」

 勢い込んで聞く空に、瀬戸は気圧されたように頷いた。

「ま、まあ。確かに、そうだったかもしれないが、だから何だ。それが事件と関係あるのか?」

「ありますよ。あの時、海は目を瞑っていなかった。瀬戸さんは目を瞑っていた。だから、瀬戸さんが犯人なんです」

「はあ?」

 空の答えは要領を得なかったらしい。空は焦れたように声を上げた。

「だから、瀬戸さんはあの暗闇の中で、誰よりも見えていたってことですよね。だって、目を瞑っていたんだから」

 空の横で、なるほど。と、声が上がった。

「海賊の眼帯と同じことやな」

「海賊の眼帯?」

 海の言葉の意味が分からず、首を傾げる空。

 海は苦笑を浮かべた。助け舟を出した相手に、首を傾げられたら、苦笑したくもなるだろう。

「やから、海賊の眼帯って、船の上から突然暗い船内に入った時に、目が見えるようにわざと片眼を暗くしてるんやろ。暗さに目を慣らすための眼帯」

「へぇ。そうなんだ」

 空の薄い反応に、海はもうえぇから次いってと、手を横に振った。

「えっと、だから、瀬戸さんはあの時、一番暗闇に目が慣れていたってことですよね。それで、マネキンが隠された場所から一番近い位置にいる。瀬戸さんの言うとおり、あの時、突然部屋が暗くなって、俺らは何も見えなかった。でも、暗闇に目が慣れた瀬戸さんだけは、ある程度、見えていた。だから犯行は可能だったんです!」

 言った、言いきった。

 空は、どうだ。とばかりに瀬戸を見る。

 彼はガシガシと後ろ頭を掻いたあと、こともなげに言った。

「なるほど。君の言うとおり俺はあの時、この場で目を閉じていた。それは認める。だから、明かりは消せないよ」

 あっ、と空は声をあげそうになった。

 そうだった。

 その問題もあったのだ。

「まあ、確かにそうですわ。ここの電気はリモコンで消せませんし」

 どことなくがっかりしたように、千鶴が言って、電気のスイッチがある扉の横に目を向けた。

 千鶴の視線を追って、空はスイッチの方を見る。

 そうだよな。あの時、この場にいた瀬戸には、電気を消すことができなかった。

 時限装置のような物を使って、瀬戸がブレーカーに細工をしたのか。

 だが、そんな時限装置なんて、空には思い浮かばない。

 もっと簡単に電気が消せる方法はないものか。空はあの時の光景を頭に思い浮かべる。

 あの時、参加者は全員すわっていたんだよな。

 誰も、電気のスイッチの近くにはいなかっ……。

「ああー! 居た」

 空は、思わず声を上げていた。

 海は空が声を上げる直前に吸った息に気づいて、さっと耳を塞いでいた。いつの間にか、空の突然の大声に対処するすべを身につけていたらしい。

 他の者も、耳を押さえたり、胸を押さえたりしながら、一様にびっくりしたと声や表情に表している。

「犯人は瀬戸さんじゃない!」

「ええ? 何言い出すんや空」

 焦った声を上げた海を振り返る。

「違う、瀬戸さんは犯人だけど、犯人じゃないんだ」

「はあ?」

 空は部屋を見回して、目的の人物に顔を向けた。

「犯人は一人じゃなかった。マネキンをテーブルの上に置いたのは、瀬戸さん。電気を消したのは、藤沢さんだ」

「でも、藤沢は進行役よ」

 初めて秀香が空に話しかけた。空は、一瞬ひるみながらも、反論する。

「でも、犯人にならないとは言ってないです。考えてみれば、あの時、一番スイッチの近くにいたのって、藤沢さんなんですよね。皆の目を盗んで、スイッチ消すくらい簡単だと思うんです」

 場が、騒然となった。そんな馬鹿なという者がいれば、確かにと納得する者もいる。藤沢、茂山、瀬戸だけが沈黙していた。

「じゃあ、聞いてみればいいんじゃないか?」

 一際大きな声を上げたのは、私市だった。

「あと一つ質問が残っているんだから。彼が犯人かどうか、直接聞いて見ればいいんだ。彼が犯人だとしても、犯人じゃないとしても、可能性は潰せるんだから、デメリットにはならないだろう」

 私市の提案に、またしても場が騒然となる。

 空は、心を決めた。

 誰かが反対意見を出す前に、聞いちゃえ。

「藤沢さん。電気を消した犯人は、藤沢さんと茂山さんのどっちですか?」

 どちらも違います。と言われれば、空の負けだ。

 もし、藤沢が茂山だと答えれば、これも空の負けが決まる。

 あの時、茂山はいなかった。茂山が犯人なら、ブレーカーを落とした可能性が高い。次につなげられるが、空達ではない誰かが『探偵』となり、『犯人』をあげてしまうだろう。

 こうなれば、祈るしかない。

 藤沢さん。頼む。

 空はぎゅっと目を瞑って、顔の前で指を組んだ。

「私です」

 空は瞑っていた目を見開き、テーブルに勢いよく手をついた。

「も、もう一回」

 人さし指を一本立ててお願いすると、藤沢は男前の顔に笑みを乗せた。

「私が電気を消した犯人です」

「よっしゃ」

 空はガッツポーズを決める。

 そして、期待を込めた目で、瀬戸を見る。

 周りの参加者も固唾を飲んで、瀬戸を見つめる。茂山が代表して尋ねた。

「それでは、瀬戸様、最後にお聞きします。あなたは犯人ですか?」

 渋面を作っていた瀬戸の顔が、ゆっくりと笑みを形作った。まっすぐ空を見つめ口を開く。

「はい、私が犯人です。おめでとう、高橋君」

 瀬戸の声がじわじわと脳に沁み込んで、空はテーブルに横たわったままのマネキンと同じように、両手を高々と上に上げた。バンザイ!

「きゃー。すごい、すごいですわ。空さん」

 千鶴が興奮の色を浮かべながら、駆け寄って空に抱きついた。余りに驚きすぎて、どさくさにまぎれて抱き返す事も出来ず、固まりながら思う。


 やべぇ。鼻血噴きそう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=556025590&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ