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第十六章 そうです私が探偵です

 私市が空の右腕を離すと、上がっていた空の腕はすんなり落ちた。

「お待ちください、私市様。私市様が『探偵』ということでしょうか。それとも、高橋様が『探偵』でしょうか」

 茂山が、私市と空を見比べながら困惑の表情を浮かべている。

「探偵は、彼ですよ」

 私市は飄々と、空の肩を叩く。

 茂山は、頷いて空にハンチング帽を差し出した。

 うっかり受け取り、我に返った。

 余りに予想外の展開についていけず、呆けていたのだ。

「いや、俺、違っ」

 慌てて、ハンチング帽を突き返そうとすると、やんわり押し戻された。

「高橋様。『探偵』を棄権されましたら、チームの皆さまも次の探偵が決まるまで、『探偵』にはなれませんよ」

 えー! と、空は内心絶叫した。

 どうすんだよ。どうすんだよ。

 私市さんの馬鹿、なんてことしてくれたんだ。

 ひらめいた事はあるけれど、まだほんの少しなのに。

 内心焦っていると、無情にも茂山が告げる。

「それでは、高橋様。犯人をご指名下さい」

 空は焦って、海に目を向ける。

 海は頑張れと拳を胸の前で握って見せた。

 いや、応援はいらねぇんだよ。欲しいのは答えだよ。と、思ったが、口には出せなかった。

 海の隣にいる千鶴を見ると、千鶴の期待に満ちた瞳と目があった。

 千鶴先輩があんな目を俺に向けてくれている。そうだよ。ここで、千鶴先輩に良い所をみせられなきゃ、男がすたる!

 空は、気合いだけは十分に、千鶴から視線を外すと、参加者を見回す。

 一回、二回、三回見回して、俯いた。

 まだ、パニックだ。

 誰も彼もが怪しく見える。

 落ちつけ、俺。

 あのマネキンがあそこに隠されていたとしたら、あの時、一番マネキンを取り出しやすい位置にいたのは……。

 そこまで考えて、空は賭けにでた。

 顔を上げ、ゆっくりと、犯人と思しき人物を指さす。


「瀬戸さん。犯人はあなたです」


 指名された瀬戸は、何度か瞬くと、不機嫌そうに顔を歪めた。

「はあ? 何で俺が犯人なんだよ」

「瀬戸様、どうぞ反論は探偵の推理が終わった後に」

 私市に言ったのと同じような台詞は、藤沢祐一だ。

 茂山と藤沢は、参加者を席に座らせた。

 その間、空は手にしていたハンチング帽をかぶり、大きく深呼吸した。

 頭の中で、もう一度マネキンが落ちてきた時の状況をおさらいする。

 

 あの時。

 突然、暗くなった。

 悲鳴があがる。

 悲鳴に紛れて聞こえた奇妙な音。

 テーブルの上に何かがぶつかる音。

 また悲鳴。

 ついた明かり。

 テーブルの上に横たわるマネキン。


「それでは、推理を始めてください。高橋様」

 茂山に促され、空は焦った。

「え、えっとあのー」

 何をどう言えばいいのか。

 何度か、光が探偵の如く、推理している所を見たことがある。なのに、いざ自分が推理したことを口にしようとしても、上手い言葉が浮かばない。

 ああ、ここに光が居れば、代わってもらえるのに。と、情けない考えが浮かんで、空は慌てて頭を振った。

 何を人に頼ろうとしているのだ。

 参加者の視線が痛い程突きささる。

 まずい、早く何かを言わないと。

 汗ばんだ掌を握り締める。

「高橋君。君がさっき言った事が答えだよ。たぶんね」

 私市が、余裕の笑みを浮かべている。俺を焦らせた元凶のくせに。何がたぶんねだ。

 空は、軽く私市を睨んでから、大きく息を吐き出した。

 ここまできたら、もうやるしかない。

「じゃあ、あの、実践します」

 うまく言えないのであれば、実際に見せるまで。

 空は人々の注目の的となりながら、床に横たわっていたマネキンの傍らまで歩き、持ち上げた。

 マネキンは拍子抜けするほど軽い。

 本当に片手で軽々といった感じだ。もしかしたら、この日のために特注したのかもしれない。

 よし、これならいける。

 空は、マネキンを片手で横抱きにし、テーブルへ歩み寄る。

「まず、犯人はこのマネキンをここに隠していました」

 瀬戸の席のすぐ横に立ち、テーブルの下を指さした。人々が見守る中、マネキンを床に下ろすと、白いテーブルクロスを持ち上げる。

「海、コレ持ってて」

「よっしゃ、まかしとき」

 海は立ちあがると、テーブルを回りこんで、空の隣に来る。海に持ち上げたテーブルクロスを託して、その場で膝をつき、テーブルの下へ頭を突っ込むと、手探りでマネキンを引き寄せる。


 引き寄せられたマネキンがテーブルの下に完全に隠れると、バリっという音が参加者達の耳に届いた。

 参加者が、顔を見合わせていると、空がテーブルの下から抜け出してきた。海がテーブルクロスを元に戻す。

 空は、立ちあがってズボンを払うと、告げる。

「はい、出来ました」

「いや、それじゃ、分からないから」

 太い眉を寄せ、倉橋夢路がツッコミを入れる。

 参加者達は、全員着席したままだった。茂山達に、推理が終わるまで、座っているように言われたためだろう。空が作業しているところを、覗いてくれれば分かったのだろうが、立ちあがってよいものか、判断が付かなかったに違いない。海は何も言われなかったが、空と海は同じチームだ。今、海も『探偵』といえるのかもしれない。もしくは、探偵が指名したから立ちあがってもよかったのかもしれなかった。

 空がテーブルの下で何をしているのか、参加者達は、さっぱり分からなかった事だろう。

「空、ちゃんと説明せな」

 海に小声で諭される。

「あ、そうか。えっと」

 そう、瀬戸や、一条健介がやったようにやればいいんだ。空は、賢明に頭を働かせながら、口を開く。

「さっき見つけたんですけど。このテーブルの天板の裏には、マジックテープが張りつけてあります。ホームセンターとかで売っている、結束バンドの代わりになるようなリボン状のマジックテープです」

 空は、一度口を閉ざした。多くの視線に緊張を強いられる。

「犯人はそのマジックテープを使って、事前にテーブルの天板の裏にマネキンを固定して、隠していました。そして、電気が消えた隙に……」

 言葉を切って、空が動く。その動きに合わせて、海が少し後ろへ下がる。

 空はもう一度テーブルの下に上半身を突っ込んだ。

 またもや、ベリっという音が聞こえ、空がマネキンを手に立ちあがる。

 そして、そのマネキンをテーブルの上に半ば叩きつけるよう放り投げた。

 大きな音を立てて、マネキンは先ほどと同じようにテーブルの上に横たわった。

「こうして、テーブルの上に投げつけたんです。マネキンが万歳しているのはテーブルの下にくっつけやすくするためだと思います」

 空が口を閉ざすと、部屋に静寂が満ちた。

 皆それぞれ、思案顔だ。

 空の言った推理が合っているのかどうか、考えているのだろう。

 上手く言えた気がしなかったが、とりあえず流れは説明できたと思う。


「ふーん。なるほどね」

 静寂を破ったのは、瀬戸だった。

 空より、藤沢の反応が早かった。

「瀬戸様。反論がおありですか?」

「もちろん」

 瀬戸が頷いた。

 藤沢も頷き返し、部屋によく通る声で告げた。

「それでは『容疑者』の反論に移ります」


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