プロローグ
暗闇が辺りを支配していた。
木々が強い風に煽られ、大きく揺れる。風と葉擦れの音に混じり、土を掘り起こす音が辺りに響いていた。
数人の手で掘り進められる穴の中に向かって、二本の光りの筋がはしっている。懐中電灯の明かりだ。
彼らは焦っていた。
早く。
早く。
早く。
早く穴を掘らねば。
もっと、深く。
深く。
深く。
彼らは犯した罪を隠すため。
一刻も早く、穴を掘らねばならなかった。
深夜。季節は秋に移り変わった。
まだ暑さを残す昼間と違い、夜の風は大分冷たい。ここがビルの屋上だから、余計に冷たく感じるのかもしれない。
男は一つ息を吐いた。ゆっくりと振り返り、手すりに背を預けた。夜空と、街の灯りを背景に、にやりと笑う。
「俺にはもう、失うモノなんかないんだよ」
男の手には、新聞紙の切り抜きが二枚ある。どちらも古い記事だ。
この記事がでた二十年前。男は大金を手にしていた。
忘れられない。到底忘れることなど出来ない記憶と共に。
時に、その記憶は男を苦しめた。彼を縛り、手かせ足かせとなるそれを、人は罪と呼ぶのだろう。
二枚の記事はどちらも小さい。一つは地方紙から切り取ったものだ。二枚ある内の一枚は、窃盗事件を扱っている。もう一枚は事故について書かれたものだ。
同じ日に、別の場所で起こった二つの出来事。
どちらの記事も、内容を暗記できるほどに、何度も目を通していた。通さずには、いられなかったのだ。
男は、切り抜きを見つめながら、自嘲気味に口元を歪めた。
「世の中、金、金、金か……」
二十年前に手にしたはずの大金は、もうどこにもない。あるのは、借金だけ。金の切れ目が縁の切れ目とはよくいったものだ。
「これに失敗すりゃ、どっちみち終わりなんだよ」
呟く声とほぼ同時に、屋上へ通じる扉が軋んだ音をたてた。
待ち人が来たようだ。
男は手すりから背を離し、新聞記事をポケットに突っ込んだ。