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月の宮

蒼は呆然として三人を見た。

宮に降り立った三人は、維心にそっくりの気の龍と、維月と十六夜だったからだ。これが、十六夜が最近よく話していた維明様かと蒼は思って、頭を下げた。

「維明様でありますね。オレは蒼、この月の宮の王であります。」

維明は軽く返礼した。

「蒼殿。話しは十六夜からも維心からも聞いておるぞ。人であったのに、王になるとは大変であろう。よく頑張っておるの。」

気も姿もそっくりであるにも関わらず、維明は本当に穏やかで優しげだった。しかし、風格も動きも本当に維心にそっくりで、それは将維よりもずっと似ていた。

「オレのことは、蒼とお呼びください。それでは、維心様の対を使って頂く?十六夜。」

十六夜は頷いた。

「そうだな。あいつ一人には広すぎるぐらいだしよ。後から来るが、いいだろう。」

蒼はあの対を真ん中から二つに分けようかと考えた。将維が来た時、よくするからだ。

「じゃあ、準備させるよ。」蒼は頭を下げた。「では、維明様。」

「またの、蒼。」

維明は穏やかに微笑んでいる。蒼はなんだか和んだ。維心様と同じなのに違う…。

そして、三人は十六夜と維月の部屋へと向かって行ったのだった。

一方維明は、この月の宮の浄化された澄んだ空気と気に癒されていた。ここは、なんの邪気も存在しない地だ。これほどまでに清々しいのは、恐らく月の結界のせいであるだろう。悪いものが、入って来れないのだ。

そして蒼も、話に聞いていた通り、素直そうな王だった。まだ相当に若くて、気も若い。それでも、こちらを気遣う姿には王としての責任感も少し垣間見ることが出来て、それがけなげで好感を持った。維月に似ているのも、おそらく好感を持った要因の一つであろうが。

維月が慣れた様子で戸を開ける。突き当りのその部屋は、十六夜と維月、二人の部屋なのだという。

「どうぞ、維明様。」

維月は微笑んで言った。十六夜が先に立って入って行く中、維明もそれに従って中へと入った。

そこは、南の庭が良く見え、そこへ出ることが出来る部屋だった。大きくて広く、居間と寝室が一緒になった作りであったが、明るくて日当たりがいい。窓際の椅子のほうへ促しながら、維月は言った。

「すぐにお茶を煎れますわ。」

王妃であるのに、ここでは違うからか、維月はさっさと動く。人であったせいで、じっとしているのがつらいのだと聞いた。

十六夜はゆったりと椅子に座りながら、維明を見た。

「ここは、維心に建ててもらった宮なんだ。聞いてるか?」

維明は頷いた。

「知っておる。あやつが誰かのためにここまでするとは珍しいものと思うておった。後に妃の里だと聞いて、結納のつもりかと思うたものよ。」

十六夜はあからさまに驚いた顔をした。

「へ~!結納かよ!王となると違うな。しかし、宮一つで維月をやれねぇけどなあ。オレがあいつに維月を任せたのは、そんな理由じゃねぇからよ。」

維月が、お茶を持って戻って来た。

「なあに?また何の話をしてるの?」

「維心が宮を建てちまうぐらいお前に惚れてるってことさ。」

維月は苦笑した。

「何を言ってるのかしら、十六夜ったら。維心様は親切でここを建ててくださったのよ?」

十六夜はフフンと笑った。

「そうかあ~?オレはそれだけじゃねぇと思うぞ。あいつ、何でもないふりして結構腹で何考えて行動してたんだか分からねぇ。結局最後には、お前をものにしちまってよ。お前が維心を好きだと言うんだし、オレだって折れざるを得なかったもんな。」

維月は、たしなめるように十六夜を見た。

「もう。維心様はとても純粋なかたよ?そんなふうに言わないで。」

十六夜は維明を見た。

「純粋だってよ。どう思う?」

維明は大真面目に頷いた。

「それは我もそう思う。あれは政務のことや世のことばかりで、女だなんだと言ったことには全く興味のないやつだった。なので、維月を想うておっても、どうしたらいいのか分からなんだと思うぞ。我が思うに、恐らく維心は自分の想いをひたすら伝え続けたのではないか?それしか出来なんだのであろうと思うからの。我だってそうであろうし。」

維月は口を押えて、頷いた。

「まあ…本当にそうですわ。よくお分かりになりますこと。」

維明は頷いた。

「我らはどこまでも似ておるからの。ゆえに分かるのだ。」と、顔を上げた。「…維心が来た。」

十六夜は、頷いた。

「よく分かったな。まだオレの結界にも入ってないのに。」

「同じであると言うたであろう。」

維明は苦笑した。しばらくすると、宮に降りて真っ直ぐにこちらへ来る気を感じた。維月は立ち上がった。

「維心様…。」

もうそこまで来ている維心を感じて、じっとしていられないのだろう。まだ閉じている戸を見ている。それを見た維明は、十六夜に小声で言った。

「…そうか。維心は片恋ではないのだな。」

十六夜は頷いた。

「そう、あいつは維月を押して押して押し倒した後、それでもずっと押しっぱなしなんだよ。だからこうなっちまった。」

戸が開いた。維月は維心に早足に歩み寄った。

「維心様!」

維心は維月を見て手を差し伸べた。

「維月。」

維月は維心に抱き付いた。維心はそれを抱き留めて、嬉しそうに言った。

「また主は…まだ一日しか離れておらぬのに…。」

「維心様…。」

維月は嬉しそうに頬に頬を擦り寄せた。維心はその頬にソッと口付けると、維月を離した。

「さあ、話を聞こうぞ。」

維月の肩を抱きながら椅子に座った維心は、安心したのか穏やかに微笑んで言った。十六夜が維心を見た。

「維心、碧黎を呼ぶ。」

維心は驚いた顔をした。

「…訊くのか?」

「そうだ。」

十六夜がそう言った時、碧黎がいきなり現れた。

「…そろそろだと思うたわ。」

四人は驚いてそちらを見た。

「だから、呼んでから来いと言ってるだろうが!」十六夜は胸を押さえながら言った。「心臓に悪いんでぇ。」

「主に心臓などないだろうが。で、それが維明か?」

碧黎は、維明を見て言った。維明は頷いた。

「そうだ。主が地か?」

碧黎は頷いて、椅子に座った。

「十六夜と維月の父でもある。聞きたい事があろう?申すが良い。」

維明は、視線を落とした。十六夜が言った。

「なあ、碧黎、お前が維心を生ませたと言ってたな。てことは、維明もそうか?」

碧黎は頷いた。

「その通りよ。」維明は顔を上げた。碧黎は続けた。「しかし、最強にこだわって知能まで腹におるときに授けてしもうたばっかりに、こやつは母を殺してしまう事を気取りよった。そして、あろうことか成長を止め、腹に留まりおったのよ…実に800年もの間な。なので待てず、いくらなんでも死するだろうと考えて、全く同じ命を、今度は知能はあるが知識を与えず普通の赤子と同じように作った。それが維心、地の王よ。」

維心は下を向いた。だから、我は母上を殺した…。維月が維心の手を握った。維心はそれを見て、維月に身を寄せた。

「…ま、維心の母親は人だったろう。だから、どっちにしても命はなかったよな。」

碧黎は頷いた。

「そうよ。生きておっても、あれは死する運命であったしの。張維が助けておらねばそこで死んでおったろう。なので、どうせならとそこへ宿したのであるが、維心は己を責めておったようだの。張維は、息子に父親殺しをさせた罪で、死してからも黄泉の番人を責務として与えられておるであろうが。心女とは会って幸せにはしておるがな。」

十六夜は驚いたように眉を上げた。

「え、あれは罰なのか?」

碧黎はまた頷いた。

「そうだ。死すれば、普通は責務などない。あやつはわざと維心を煽って己を殺させたからの。そんなことをせずとも、後100年程で死ねたものを。お陰で維心は変な汚名を背負って戦わねばならなくなったしの。」

「我は」維明は言った。「もう、老いが来るの?」

碧黎は顎に手をやった。

「…本来なら、生まれることもないはずであった。であるのに、主はその力で自力で出たの。本当を言うと、もう死なせるつもりでおったが、主はもったいない程の良い性質を持ち、維心を影から助ける存在だと思った。ゆえにここまで生かした。決めさせてやろうぞ。死にたいのなら、ここで寿命を定める。すぐにも老いが来るだろう。維心と共に逝くと言うのなら、こやつが死ぬ時、主の寿命も切ろうぞ。主は、どうしたい?」

維明は、維心を見た。こちらを気遣わしげに見ている。維月も、じっとこちらを見ている…維明は言った。

「維心と共に。我はまだ、やり残した事がある。」

碧黎は言った。

「分かった。そのように定める。」

十六夜が口を出した。

「…またえらく素直だな。気持ちの悪い。」

碧黎は心外な、という顔をした。

「…我とて責任は感じてるのだ。」

「ふーん、意外だな。」十六夜は遠慮なく言った。「神を神とも思ってないようなヤツだと思ってた。」

碧黎は十六夜に向き直った。

「あのな、我は個として主らと向き合うようになって、さすがにもう少し考えて世を作って行けばよかったかもしれぬと思うたのよ。用済みになれば寿命を切って黄泉に送って、また次に要る者を生み出すような形は、なので止めにしておるではないか。維心だって、地を平定させたのだから後は十六夜に代わらせて黄泉へと思うておったのだぞ?だが、維心の気持ちを考えると、やっと維月を得たのに、ここで送ってしもうたらさすがにのと思い直すまでになったのだ。我とて、少しは成長しておるのだ。鬼のように言いよって。」

維月が、眉を寄せて十六夜に言った。

「そうよ、十六夜。碧黎様もいろいろと考えて下さるようになって、私達何度も助けて頂いたじゃない。子供だからって言ってくださって。」

碧黎は微笑んで維月を見た。

「おお、やはり娘はかわいいよの。どれ、こっちへ来ぬか。」

維心が眉を寄せて維月をグッと抱いた。

「…何を言っておる。我の妃をどうするつもりよ。」

碧黎は呆れたように維心を見た。

「いくら我でも、子にどうのという感情は起こらぬわ。そもそも元はこんな体ではないからの。主らが思う婚姻の行為は、したいと思わぬのだ。なので主が心配しておるようなことは起こらぬ。しろと言われれば出来るがの。十六夜と同じよ。」と十六夜を見た。「子を成せと言われれば、維月ならば可能よの。他は恐らく無理であるが。」

十六夜はじっと碧黎を見た。

「維月は維心の子を生んだのに?」

碧黎はうーんという顔をした。

「そこがよく分からぬのだ。あれは人の体であったし、生めたもかもしれぬ。今はエネルギー体であるし、維月が生もうと強く願えば生めるのであろうが、わからぬの。」と、維月を見た。「一度維心と、もう一人ぐらい成してみると良いの。さすれば分かる。我だって知らぬことぐらいあるのだ。」

十六夜が慌てて手を振った。

「もういいだろう!生み過ぎなんだよ。どうなるか分からねぇのに、怖くてそんなこと許せるはずがねぇだろうが。六人居れば十分だ。」

「主が決めるでないぞ。我らの子であるのに。」と、維心が不満そうに言った。「だが、我ももう良い。そろそろ維月と二人でゆっくりと暮らしたいのだ。維月は自分で子育てしよるから、子が小さいうちは我と一緒の時間が減るのよ。乳母に任せよと言うに。」

維月は困ったように維心を見た。

「まあ、維心様…でも、だから皆仲が良いでしょう?子は親が育てなければと思うておりまするから。また生まれたら、育てまするわ。」

維心はため息を付いた。

「ああ、そうよの。主の好きにするとよい。我は何も言わぬ。」

十六夜が不満げに言った。

「だから、もう生むなって。いっそのこと、オレともう一人作るか?蒼一人じゃ寂しいとは思ってたんだよな。恒辺りに宿らせることにしてさ。」

維月は考え込むような顔をした。

「…そうね。あの子なら蒼の力になれそうだし。確かに蒼一人が不死じゃかわいそうよね。」

維心が首を振った。

「駄目だ!そうなると一年は里帰りして戻って来ぬであろう?絶対に無理だ!」

十六夜が立ち上がった。

「お前、自分は六人も作っといてなんだよ!」

維心が維月の前に立ちはだかった。

「それとこれとは別なのだ!離れておるのは耐えられぬと言っておるであろうが!」

維月が呆然とそれを見ている。

碧黎が呆れたようにまだ言い合いを続ける二人を見て、それから維月に笑い掛けると、スッと消えた。帰って行ったらしい。帰れる者はいいが、維明は目の前で言い合いというものを見たのは初めてだったので、面食らっていた。しかも、維心があのように遠慮なく言い合っているとは。

目が合った維月が、維明を見て、困ったように笑顔を作った。

維明はそれを見て、ソッと維月に手を差し出し、維月はスッと二人を寄けてソッとその手を取ると、二人で月の宮の庭へと歩いて行った。

それに気付いた維心が、背後で言っている。

「見よ!主がうるさいゆえに、叔父上と維月が出て行ってしもうたではないか。」

「うるさいのはお前だろ!」

背後にそんな声を感じながら、二人は笑いながら庭を散策したのだった。


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