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維明

「…我はの、維心にとっては祖父である王の子として、最後の妃の腹に宿ったのだ。その時、維心の父の張維はもう王座に就こうとしておった。つまり、我は張維の弟、そのまま生まれておれば、第二王位継承者であった。」

維月はそれを聞いて、頷いた。維明は続けた。

「我は、腹の中で目が覚めた。実ははっきりと覚えておる…何もかもが分かるのだ。そこが母の腹の中で、自分の気が半端ならざるほど強く、そのまま生まれれば、おそらくその気で母を殺してしまうことも。」

二人は驚いて維明を見つめた。

「…では、そんなことまで、全て見えていらしたのですか?まだ、お腹の中であるのに…。」

維明は頷いた。

「そうだ。それほどに、どうした訳か我の気は強かった。なので、我は己で己の成長を止め、眠りにつくことにした…母の寿命が尽きる時、我は生まれ出ようと思うての。自分のせいで母を殺す訳には行かぬと思うたからぞ。そして、母は、思いの外長生きした。900歳を過ぎておったからの。もちろん生み出す力はなく、我は自力で生まれ出た。そして、その時の世では張維兄上は殺され、維心が王だった。我は赤子の間だけ宮で過ごし、すぐにここへ来た…我の気は、強過ぎての。誰を殺してもおかしくはなかったからだ。聞けば、我が腹の中で眠りについておる間、維心が宿り、その母の気を食ろうて生まれたとのこと…」と、ため息を付いた。「…あれの今は、おそらく我のせいよ。我が生まれなんだがため、維心が生まれた。同じように強大な気を持って。あれは、腹の中でも何も分からなかっただろう…なぜなら、我のように出て来ぬ可能性があったからだ。維心は己の母を殺したことを、悔いておったからの。知らぬでしたことであるのに。我は知っておったから出てこなんだだけだ。」

十六夜は、眉をひそめた。

「つまり、お前は誰かが自分を作ったと言ってるのか。で、お前が出て来ねぇから、維心を作ったと。」

維明は頷いた。

「そうだ。主らの父の話を、我は聞いておるぞ。あれが維心が生み出されるように仕向けたのであろうが。つまり、その前に我が居ったのだ。だが、精巧に作り過ぎて我は最初から知能もあったゆえに、腹から出なかった。ゆえに、維心は、最初は何もわからぬようにして作った、と言っておるのだ。あれが長い間ああやって王座につながれておるのも、我のせい。我は、そう思うと、どうしたらいいのかわからなくなる…が、せめて、ここで誰にも気取られずに、ただ維心を見守って生きていようと思うておったのだ。維心より、少し老いた姿にしておるのは、あまりに似ておるせいよ。お互いに落ち着かぬのでな。本当は、維心と全く同じような年恰好であるのだ。」

維月は、維明を見つめた。このかたは、維心様と同じように力を持っていらっしゃるのに、これほどまでに穏やかで…つまり、それはじっと800年待ったその心と、連動しているのだろう。

「維明様…。」

維明は、息を付いた。

「…ほんに、これほどに続けて話したのは、生まれて初めてぞ。」維明は言って、維月を見つめ返した。「維月…また、参るが良い。我は休む。実は、気を全部補充してしまうと、維心と同じぐらいの気になってしもうて、皆に気取られるので、いつも半分以下しか補充しておらぬ。なので長くこうしていると、疲れるのだ。」

維月は、気遣わしげに立ち上がろうとする維明に手を貸した。

「維明様…お連れ致しまする。」

維明は微笑んだ。

「すまぬの。」

十六夜が、そんなことまでして、気遣っているのかと思っている中、維月はそのまま奥の間の方へ維明を連れて入って行った。そこには和室でありながら奥に板の間があり、そこに背の低い、広い寝台が置かれてあった。

「さあ、袿をこれへ。」維月は、慣れた様子で袿を取り、傍の衣桁へ掛けた。「横になってくださいませ。ゆっくりなさらねば…。」

維月が掛け布団を維明に掛けると、維明はスッと維月を手を引いて、維月に頬を擦り寄せた。

「世話を掛ける。では、またの。」

維月はほんのり赤くなった。

「は、はい、維明様。」

維明は微笑み、目を閉じた。


十六夜と共に律に見送られて屋敷を出ると、敷地を出た所で維心が立っていた。維月は驚いて口を押さえた。

「い、維心様…。」

維心は、無表情で言った。

「…ならぬと言うたのに。」怒っているようだ。「何を話して参った。」

十六夜が横から言った。

「あのな維心、別に話してもよかったんじゃねぇのか?維明のことぐらい。あいつはお前に気を使って、気だって半分以下しか補充してないじゃねぇか。今だって、ちょっと長く話しただけで疲れたと奥へ休みに行ってしまってよ、あれじゃなんのために生きてるのか…」

維心は、キッと十六夜を見た。

「…そうよ!」その目は、少し悲しげに光っていた。「叔父上は、いつだって我を気づかってばかりなのだ。我にそっくりの気、我にそっくりの姿での。わざわざ少し老いた感じにしておるのも、我と同じになってしまうため。誰にも会わずに過ごすのも、他の神達を思って、己の気に触れて、死するものが出てはならぬと…」維心は、下を向いた。「我より、ずっと王よ。時になぜに我が生まれたのかと、思う時もあったわ。だが、維月を得て、我は己の生にやっと意味を感じるようになって…。だから、維月を叔父上に会わせとうはなかった。叔父上が維月を見て、何を感じるか分かるからだ。きっと維月を望むだろう。叔父上は、それを我慢してこれ以上に苦しむのか、それとも、我からついに奪おうと考えるのか…我には分からぬ。どちらに転んでも、我は少しも幸福ではないゆえ。なので我は、ずっと維月に、叔父上の存在だけは気取られぬようにと思うておったのだ!」

維月も十六夜も、言葉を失った。何より維明のことが分かるのは、維心なのだ。自分自身のようなもの。おそらく将維よりも、ずっと維心なのだろう。

十六夜は、維心が維月の事を、自分に言わなかった理由が分からなかったと言っていたが、今は分かると言った。あれは、維月を目の前にして、維月を望む気持ちが湧いたからではなかったか。それで、維心の気持ちを察して、わかったと言ったのではないのか…。

維明は、維月にまた来いと言っていた。だからと言って、ものにしようとしているような気は感じなかった。維月と過ごしたい…。ただ、それだけなのではないだろうか。

維月が、維心の手を取って、言った。

「維心様…そのようにお考えであったのですね。どうして、そう言ってはくださらなかったのですか?黙っておられては、わかりませぬのに。何十年も傍に居て、話して欲しかったのに…そうしたら、私ももっと考えて行動出来たのではないですか?」

維心は、維月を引き寄せた。

「…すまぬ。我は、主に知られるのが怖くて…叔父上はあのように出来たかたであるから。同じように我にそっくりであるのに…。主が、我より、叔父上をと望むのではないかと、そればかり…。」

維月は微笑んだ。

「まあ、維心様。維明様は呆れておられたのですわ、私が王妃らしくないと。」と、十六夜を見た。「ね?私が川に入っていたから、十六夜が教育がなってないと叱られたのですわ。だから、私はそれを聞いて、維心様が維明様に私のことを言わないのは、私がこんなだから、きっと恥ずかしいのだと思って…少し、落ち込みましたの。」

十六夜が頷いた。

「確かに言ってたな。カニを追い掛け回して、水苔で何度も滑ってたから、心臓が縮んだとさ。たった一人であんなことをするなんてとオレが言われたんでぇ。オレは維月の親じゃねぇっての。」

維心は首を振った。

「そのような!我は恥ずかしいからいわなんだのではないぞ。確かに公にするのはちと困るかもしれぬが、内々で済んでおるのであるから良いのだ。宮の池で釣りをした時も怒らなんだであろう?鯉は池に返せと言いはしたが。」

十六夜が維月を見た。

「お前、あの錦鯉釣ったのか!」

維月が小さくなって下を向いた。

「だってね、とてもコロコロとして太っていたから。つい。」

十六夜はため息を付いた。

「人の世ではン千万だぞ。なんてことしやがる。」

維心が、維月を庇った。

「大丈夫よ、死んではおらぬし。釣り上げた瞬間に我がそれを見つけての。針は抜いて、元に戻したゆえ。」

維月はつくづく、退屈だったとはいえいろいろして来て、維心をそれは驚かせて困らせたと反省した。それでも、こんなに大事にしてくれるなんて。

「申し訳ありませぬ、維心様。私、意地になってしまっておりました。」

維月は頭を下げた。維心は微笑んだ。

「もう、良いのだ。さ、共に宮へ帰ろうぞ。十六夜、良いか?」

十六夜はホッとしたように頷いた。

「ああ。オレは昨日月で一緒だったしな。やっぱり本体で一緒なのが、一番ホッとする…めちゃくちゃ寝た感じで気が完全に回復してるしよ。」

維月はそうそう!という顔をした。

「そうなの!眠りが深くてすっきりした感じ。やっぱり時々は戻らなきゃいけないのね。覚えておこう。」

維心は維月を抱き上げて眉を寄せた。

「そうたびたびあのように出て行かれては困るの。月では我は手を出せぬから。」

維月は困ったように言った。

「いえ、そうではなくて、里帰りの時に月に戻ったりってことですわ。やっぱり月が私たちの本体ですので…。」

維心はホッと息を付くと、飛び上がった。

「では、里帰りの時にいたせ。我の傍からあのように離れてはならぬ。」と、十六夜を見降ろした。「ではな、十六夜。」

十六夜は頷いて、維心と維月を見送った。そして、少し考えて、また維明の屋敷の中へと歩いて行った。


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