帰還
北の地から来た四人は、ついに帰還することになった。
見送りに出た維心と維月、それに洪達臣下と、軍神達は、揃って出発口に並んだ。
「大変におご迷惑をお掛け致した。」氷璃が言った。「我らは、北の地へ帰還する。あちらも我のせいでかなり荒れておる様子。帰ってから、この100年を取り戻さねばならぬ。もうあのような霧に憑かれることのないように、我ら月に助言を乞うてやって行きたいことと思うておる。維心殿、維月殿、どうかまた、我らの地へもご訪問頂きたい。歓迎し申す。」
維心は頷いた。
「そちらが落ち着いた頃に、一度参らせて頂こう。妃は、人の世の温泉とやらに行ったことがあるようであるが、主らは知らぬの。」
理久が驚いた顔をした。
「ほう。まったく知らなんだ。月は結界を抜けて来るゆえ、我らには気取れぬ。しかし、温泉であるなら我が宮には露天風呂がたくさんあるゆえ。お待ちしており申す。」
維月が嬉しそうに言った。
「まあ…」と維心を見て、「維心様、またお連れくださいませ。」
維心は微笑して頷いた。
「また参ろうぞ。主は風呂が好きであるゆえの。」
そして、氷璃、氷輝、理久、凛は、軍神達を引き連れて、龍の軍神達に先導されながら、龍の宮を飛び立った。
維心はそれを見送りながら、言った。
「ほんに…引っ掻き回してくれたものよ。しかし、新たな友も出来たの。」
維月は頷いた。
「はい。それに、此度のことで、維心様をどれほどに愛しておるのか再認識したように思いまする。」
維心は驚いて維月を見た。
「なんと申した?」
維月は、言い方が悪かったのかと考えた。
「ええっと、維心様が妃を娶られると聞いた時、本当につらかったのですわ。でも、認めなければならなくて…でも、維心様のお心から出たものでないのだからと自分に言い聞かせておりましたの…。」
維心は維月を抱き上げた。
「そうではない。その前であるぞ。我をどれほどに愛しているかと申したか?」
維月は頷いた。
「はい。」
維心は、居間へ向けて歩き出した。維月は言った。
「あの、私居間までなら歩きまするし。」
降ろして欲しいの、と維月は維心の腕をとんとんと叩いた。維心は腕に力を入れた。
「抱いて参る。」
維心は言い出したら聞かない。仕方なく揺られていると、維心は維月をじっと見た。
「維月…それで、どれほどに愛しておるのだ。」
維月はえ、と維心を見た。
「それは…ご存知でありまするでしょう。」
維心は首を振った。
「わからぬ。我は主を愛しておるが、主はどれほど我を愛しておるのだ。」
維月は困った。なんと言えば伝わるものか。
「ええっと…なんと申したらよいのかわかりませぬ…。」
居間へ到着した。維心はいつもの定位置に座り、維月を自分の横に座らせた。
「再認識したと申したではないか。」
維月は横を向いた。
「だから本当に愛しているのだとわかったという事でありまするわ。説明など…難しゅうございます。」
維心は維月をこちらへ向かせた。
「またそのような…人の言葉で良いではないか。主は我の前ではそうやって何も言わぬ癖に、別の者の前では話す。申せ。」…と、何かに思い立ったような顔をして、維心は立ち上がった。そして離れて立ち、維月を見た。「見よ。維月…我の姿が良いのではないのか?」
維月はびっくりしたように維心を見た。見送りに行ったため正装の着物に身を包んだ維心は、いつもより格段に凛々しく美しい姿だった。王として生きて来たので、威厳もあり、物腰も洗練されている。維月はポッと赤くなって、慌てて袖で口元を隠して横を向いた…改めて見ると、いつもこうなる。維心様は、それを知っていてこんなことをされるのだわ。
「維心様…ずるいですわ…。」
維心はじっと維月を見た。
「こちらを見よ。」維心は言った。「さあ維月、申せ。」
維月は維心から目を逸らせなくて、困った。ますます赤くなる。維月は仕方なく言った。
「…私、維心様が他のかたと過ごすと思ったら、とても耐えられなかったのですの。だって、とても愛しているんですもの。でも、王妃としてとどまりたかった…それでもお傍に居たくて。だから、その時は宮から離れていようって思ったの。でも…悲しくて悲しくて、本当につらかった…。でも維心様が妃を迎えられないって聞いて、本当に嬉しかったのです。傍にいるとホッとして、幸せってこういうことかなって。だから…。」
維心は黙ってそれを聞いていて、先を促した。
「だから?」
維月は、立ち上がった。
「維心様のお傍に居たいのですわ!」維月は維心に飛びついた。維心は予想していたことだったようで、それを受け止めた。「愛しているんですの…維心様…。」
維月は維心に口付けた。維心はそれに応えて、満足げに頷いた。
「そう、素直にならねばの、維月よ…。さすれば我も、どれほどに主を愛してるのかその身に示そうほどに…。」と、抱き上げた。「愛しておるであろうが。これほどにの。我は主のもの。この龍王の我にここまで言わしめるのは、主しか居らぬ。維月…愛している…我を受けよ。」
維心は奥の間へと歩き出す。維月はえ、と言った。
「でも維心様、まだ…」
維心は首を振った。
「午前中であるのは知っておる。だがの、維月、我が欲するのは主だけであるし、我が求めるのも主だけ。ならば欲っしている時に応じるのは主の務めぞ。そうは思わぬか?ん?」
維月は困ったが、確かにその通りだ。でも、維心様の求めに全て応じていたら、私奥の間から出れないのだけれど…。
そうは思いながらも、維月は今日ぐらいは仕方がないか、と頷いた。
維心は子供のように嬉しそうに維月を抱いて、足取りも軽く奥の間へと入った。維月が思った通り、その日は奥の間から出ることがなく、次の日からはこうは行かないから…と密かに思っていたのだった。
十六夜が迎えに来て、月の宮で密かに月の正装を作っていたのを知り、維月に着せたのを見て維心がまた維月に見とれてボウッとなっていたのは、それから数カ月後の話であった。




