相似
龍の宮で、氷璃と理久、凛、氷輝は、一週間ほど過ごした。
結界外に留まっていた軍神達は結界内に入り、軍宿舎の隣にある客の供の控えの間に収まり、王達を待っていた。
改めて話してみると、氷璃は明るく快活な神で、炎嘉に通ずる所があった。理久は、物静かで穏やかで、それでいて芯の強い神で、凛は兄と同じで明るく快活な、維月のような性格の神であることが分かった。軍神をしていたというから、それなりに強い性格であろうとは思っていたが、維月を苦しめた神が、まさか維月と同じような性質の女であったとは皮肉なものと思っていた。
維月は元より、根に持つ性格ではなかったので、事情が事情であったし、すぐに凛と仲良くなって、よく二人で庭を散策していた。気が合ったようで、庭を共に駆け回っている姿は、まるで維月が二人であった。
凛は、本当に理久が好きなようで、理久の姿を見ると途端におとなしくなる。どうやら理久は、それを分かっているようで、いつも気を使うでないと言っていた。子供の頃を知っているなら、今更であるのだろう。
たまに維月と理久と凛の三人で庭を歩いていることがあったが、維心は気に留めていなかった。理久と凛の関係が崩れることはないと思っていたからだ。
しかし、そこに氷璃が加わると様相は変わった。
氷璃は炎嘉のようと思っていたが、思った通り宮には8人の妃が居るらしい。正妃は氷輝を生んだ際に死しておらず、それから一気に増えたのだと理久から聞いた。ちなみに理久にはまだ、妃が居ないのだという。
なぜかそこに自分と炎嘉を見て、維心は落ち着かなかった。前世の炎嘉は手が早かった…同じだとすると、氷璃は寂しいがゆえに正妃にするような女を探しているとしてもおかしくはない。
理久でさえ、たまにふと維月に見とれている時がある。維月の気は、例え想う女が居ても抗うことが出来ない乞うような癒しの気。陰の月にしかないあの気に、維月が望むと望まざるとも関わらず、神の男は惹き付けられてしまうのだ。
今日も、維心は謁見から急いで帰って来て、庭をふと見た。
遠く維月が、凛と一緒に何かを見て話している。目に付く場所に維月が居たので、ほっとしてそれを見ていると、そこに、見えていなかった理久と氷璃が脇の木の影からちらちらと見え隠れした。維心は、いきなり踏み込んで行くのもどうしたものかと、気を集中してその会話を聞いた。
「…まあお兄様ったら…維月殿はたくさんの神に望まれておるのだと、十六夜様から聞きましたわ。あのように遠い地まで、お越しになることは無理でありまする。」
理久も頷いた。
「そうよ、氷璃。諦めよ。神の男ならば誰でも見逃せぬものであるかも知れぬが、龍王妃であるうえに月の妃とあれば、とても我らで太刀打ち出来るものではないぞ。」
それを聞いた凛が、頬を膨らませた。
「まあ、理久様…まるで仕方なく我をと言った風情でありまする。」
理久は困ったように微笑んだ。
「そうではないのだ。凛よ、そのように言うでないぞ。」
維月がまた、困ったような顔をした。
「私は、誰をも受け入れるつもりはありませぬ。元は人であったと申しましたでしょう?私が龍王妃であるのは、別にそうなりたかったわけではありませぬ。」
三人が、驚いたように維月を見た。維月は続けた。
「人にとって、神の世など全くの別世界でありまする。そこに来て、たまたま知り合ったのが維心様でありました。維心様が龍で、王であるのは知っておりましたが、神の世の龍がどの位置で、そしてその王がどれほどの力を持っているかなんて、私には分かりませんでしたの。だから、もしも維心様に乞われていても、慕わしくなかったらお断りしておりましたわ。」
氷璃は仰天して言った。
「龍王の求めを?」
維月は苦笑した。
「ですから、分からないのでありまする。神の王の宮がどんなものか知らなかったから、ここへ来てこの宮を見て、こんなものだと思いました。他の神の宮も知りませぬもの。そうしたら、最大の宮だったのでありまする。接する神も、皆維心様のご友人であったりするので、とても気の強いかたばかり。神の王とはこんなものと思っておりました。なので、己の好き嫌いで嫁ぐ嫁がないは決めておるのでありまする。私がここへ来たのは、維心様を愛していたから。別に龍王が力があるとか、宮が大きいとか、そんな理由ではありませぬの。だって、知らなかったのですもの。ただ、維心様を愛しているからなのですわ。」と少し赤くなった。「ですから、他のかたは考えられませんの…とても愛しておりまするから。申し訳ありませぬ。」
氷璃は、ため息を付いた。
「確かに、そんな理由であればそうであろうの。しかしこの気では、維心殿も大変であろうて。」
理久は頷いた。
「常、誰かに取られるかもと思うておらねばならぬとは。気がもめるであろうの。」
維月は下を向いた。
「維心様には、ご苦労をおかけしてしまって…。」
凛が、ふふと笑った。
「でも維月殿のお気持ちも分かりまするわ。維心様はとても凛々しいかた。あのお姿には、我も見とれましたもの。」
維月は嬉しそうに笑った。
「まあ凛殿、本当にそうでしょう?私もあのお姿には、未だに見とれますの。いつまで見ていても飽きないのですわ。ふふふっ。」
女二人がきゃっきゃとはしゃぐ中、維心が罰が悪そうに声を掛けて来た。
「…邪魔をするの。」
維月がびっくりして、声を上げた。
「きゃー!」
維心が、顔をしかめた。
「我が妃が夫の姿を見て悲鳴を上げるとは何事ぞ。」
維月は真っ赤になって言った。
「維心様…今の…今の話…どこまで…、」
維心は下を向いた。
「最初から。我は結界の内のことは皆見えておると言っておるであろう。いい加減慣れぬか。」
維月は顔を両手で抑えて隠した。ああ、また維心様に呆れられる…。
「失礼致しまする!」
維月はさっと飛び立った。維心はそれを見て慌てた。
「こら維月!」と、三人を振り返った。「騒がせたの。いつものことであるから。主らはゆっくりいたせ。」
維心はすぐにそれを追って飛び立った。見ていると、すぐに追いついて維月を捕まえて、そのまま奥の宮へ降りて行く。二人はそのまま、居間へと入って行った。
理久が笑った。
「維月殿は、凛に似ておるのう。そうは思わぬか、氷璃よ。」
氷璃は頷いた。
「確かにの。ほんに維心殿も大変そうであるわ。理久、主もこれを娶れば同じ運命ぞ。本当に良いのか。」
理久は凛を見て、微笑みながら頷いた。
「子供の頃に覚悟を決めたわ。我は凛を、一生懸けて守らねばの。のう、凛よ。」
凛は嬉しそうに理久に身を寄せた。
「はい、凛様。」
三人は、夕暮れの中もう現れた月を見上げて、北の地へと思いを馳せた。
一方維心は、じたばたとする維月を捕まえて居間へ戻っていた。
「おとなしくせぬか。もう今更であるから、分かっておるわ。恥ずかしいと申すなら、なぜに皆の前でそのようなことを申す。我は恥ずかしいなどとは思わぬがの。我を愛しておるならそれで良いではないか。我だって主を愛しておるのだから、片恋ではないであろう?」
維月は顔を半分隠しながら、維心を見上げた。
「だって…維心様、私ったら人だから。友になってしまうと、どうしてもああなってしまうのですわ。凛は私と話し方や感じかたが似ておって、ついつい…。」
維心は頷いた。
「分かっておるよ。良い。我は主が我を愛しておると何度も申してくれて、嬉しい。」維心は維月を抱き締めて、頬を擦り寄せた。「だがの、姿は我にどうにも出来ぬことで、生まれた時からの事であるから、そこを良いと言われてもの。複雑よの。我には己の外見のことは良く分からぬし。」
維月はまあ!と維心を見上げた。
「まあ維心様!そこも良いと言ったのであって、そこだけではありませぬ。でも、お姿を見ると未だに私はボウッとしてしまうことがありまする…特にその瞳を見ておると、吸い込まれるような…。」
維月は言葉を切った。維心が維月をじっと見つめていたからだ。そして、急に赤くなった。維心はそれを見て、苦笑した。
「…またか。維月よ、いつも見ておるではないか。」と、ふふんと笑って維月を抱き上げた。「しかし、そうなった維月は従順よの。さあ、では奥の間へ。」
いつもなら、まだ早いと言う時間。しかし維月は、何も言わずに頷いた。
維心は嬉々として、維月を連れて奥の間へと入った。




