浄化
青銀の髪に金茶の瞳の、感じたことのないしかし強大な気を放つ人型が来たのは、それから半時ほど経った時だった。着物ではなく、人の服を着ている…しかし、絶対に人ではなかった。
「維月は侍女に連れてかれちまった。」その男は、維心に言った。「何でも、着物を変えなきゃならねぇんだと。」
維心は頷いた。
「王妃であるからの。それで、十六夜。」と、振り返り、指した。「こちらが理久、こちらが氷輝だ。北の地を二分しておる王と、皇子よ。」
十六夜はじっと二人を見た。
「…ふーん。こっちは氷璃の子だな。しかしこいつら、なんか清々しい気だな。」
維心は眉を上げた。
「分かるのか。」
十六夜は手を振った。
「オレの本業はそういうのを見つけて消すことなんでぇ。だから、汚れてるか汚れてないかは見たら分かるに決まってるだろ。」
維心は二人に向き直った。
「これは十六夜、二人居る月の一人だ。陽の月と行って、霧や闇を消す力を持っている。他にもいろいろやっているが、意識していない所で力を使っているらしい。」
氷輝は驚いて、じっと十六夜を見た。
「月…。」
十六夜はその視線に、居心地悪そうに横を向いた。
「何でぇ、動物園にでも来たみたいな目で見やがって。どうせイメージじゃねぇんだろ?お前らって、月になんか美しいイメージ持ってるからなあ。しかも女が多い。だがな、オレは男なんだよ。」
氷輝は赤くなった。どうしてばれたんだろう。氷輝がどう答えたものか困っていると、鈴を振るような声が聞こえた。
「お待たせを。侍女達があれこれ申しまして…。」
氷輝は、声のほうを見て、固まった。そこには、美しい水色の着物に身を包み、髪を結い上げ、頭には維心と同じ形の細工ものを付け、たくさんの簪と、額飾りと、そして美しく化粧をした女が進み出て来ていたのだ。維心も振り返りざまに息を飲んだが、手を差し出した。
「維月。」そして手を取って、理久と氷輝を振り返った。「我が正妃、維月よ。二人居る月の片割れ、陰の月だ。」
維月は何も言わずに軽く頭を下げた。公式に人前でガンガン喋るなと言われているからだ。理久は固まってしまっている。氷輝は維月を見て思った…やっぱり月だ…。このイメージだったのに。
十六夜が苦笑した。
「維月のほうが月に戻らねぇのに、なんで皆の月のイメージは維月なんだろうな。」
維心が即座に言った。
「維月がこんなに美しいからよ。」
十六夜は絶句した。維月がびっくりして慌てて維心をたしなめた。「まあ、維心様…お客様がいらっしゃるのに…。」
維心は眉をしかめた。
「真実ぞ。なぜに悪い。」
維明が微笑んだ。
「ほんに維月は美しい。普段なかなかにこんな姿をしてくれぬのが口惜しいことよ。」
十六夜は頷きながら、しかし言った。
「見た目にコロッと騙されてるようじゃ、お前らもまだまだだぞ?維月は本当に怖いんだからな。」
維月は十六夜をちょっと睨んだ。維心が大真面目に頷いた。
「わかっておる。いつなり、怒らせぬよう、どれほどに考えておることか。」
維月は膨れた。
「もう!維心様までそのような。」
その時、義心が慌てて駈け込んで来た。
「王。」
維心は膝を付く義心を見た。
「どうだ?」
義心は顔を上げた。
「はい。ようやく落ち着いたようでございます。何かをされるのでありましたら、今ではないかと。」
維心は頷いて、立ち上がった。
「では、理久殿、氷輝殿。二人を繋いでおる牢へ参ろうぞ。」
二人は頷いて、維心について謁見の間を出た。
後ろからは、軍神達が付いて来る。まだ完全に信用されている訳ではないのか…とその時、理久は思った。
霧に憑かれている状態で最下層、言わば黒い霧の好むような負の残留思念が渦巻く牢に、しばらく置いていたこともあって、二人は状態が悪化し、黒い霧の精神への浸潤は進んでいて錯乱状態であった。
義心がそんな二人を霧ごと膜に封じ、今二人は縛られたような形で、最上部の牢の中に倒れていた。維心が十六夜に言った。
「かなり浸潤が進んでしもうたようだ。どうだ?」
十六夜はじっと二人を見た。
「…ああ、だが、浄化出来ねぇことはねぇよ。ただ、記憶がどこまで無事に残るか分からねぇ。見ての通り結構来てるだろう?100年持ってたにしては、そんなに霧が深くなかったんだろうな。あんな所に入れられてた割には、まだ救いがある。」
維心は頷いた。
「北の果てには霧はないらしい。こっちから持って行ってしもうたものを、向こうで僅かな負の念に憑りつかれてしもうたのだ。何とかしてやらねばな。」
十六夜は頷いて、維月に手を差し出した。
「維月、霧を抑えてくれ。」
維月は頷いて、片手で十六夜の手を取ると、もう片手をすっと前に上げた。青白い光が現れて、それは二人の回りを包んだ。
「…これでこの外には逃げられないわよ?」
十六夜は頷いた。
「じゃ、浄化させてもらおうか。」
十六夜が前に手を上げた。真っ白な光が十六夜から流れ出て、二人を包んで、そして中へと入り込んで行く。
「ああ…!」
凛の方が胸を押さえて叫んだ。氷璃ものたうち回っている。理久と氷輝は、それを固唾を飲んで見守った。
「…出て来るわよ。」
「わかってる。」
維月が言うのに、十六夜が答えた。二人の体から、十六夜の浄化の光に追われた黒い霧が流れ出て来た。飛び出そうとするのを、維月の青白い光が抑え、十六夜の白い光が消して行く。
氷輝は、その霧を見て身震いした…あれだ!100年前に纏わりつかれた、忘れもしない姿…!
「うわああ!」
氷璃が叫んだ。凛は気を失っている。
「父上!」
「氷璃!」
こちらから、理久と氷輝が叫んだ。氷璃も、床に倒れて気を失った。
霧は、呆気なく浄化の光の前に消え去って行った。
「…結構深かったから、引っぺがすのが大変だったんだよ。」十六夜が言った。「しかし、あんなものを長く飼ってたのに、よくあの程度で済んでたな。北の地ってのは、どれだけ平和なんでぇ。」
維心が義心に命じた。
「客間へ戻せ。だが見張りは付けよ。」と、理久と氷輝を見た。「記憶がどこまで無事なのか分からぬぞ。霧に意識をかなり浸潤されておったゆえ。」と、凛を指した。「我が妃を手にかけようとしたゆえ、斬った。肩の傷は残るであろう。」
二人の目の前で、凛と氷璃は気で持ち上げられて運ばれて行く。理久が頷いた。
「最早命も無いものと思うておったのに…よくぞ命があったもの。何を忘れておっても構わぬと思うておる。」
維心が、それを不思議そうに見た。氷輝が、維心に言った。
「伯母上は、理久殿と婚姻の約束をしておったのでありまする。それが、100年前のあの時から、伯母上があのように変わってしまわれたので…今まで、遂げられずにおりました。」
維月が扇で口元を隠した。
「まあ…100年も…。」
理久はこちらを向いて、微笑んだ。
「心の病と思うておったのです。しかし、あのような事になっておったとは。これで、凛が元に戻ることがあるならば…。」
維月は微笑み返した。
「きっと、元に戻られまするわ。」
理久は赤くなった。
「ああ…あの、なんと申したものか…。維月殿、感謝し申す。」
維心がスッと眉を寄せた。十六夜が呆れたように肩を竦めた。
「浄化したのはオレなんだけどな~。やっぱ維月かよ。」
維心が慌てて維月を引っ張った。
「我が妃は月で、この気は特殊であるから、主らもこれに惹かれるかもしれぬが、触れてはならぬぞ。我が妃を狙うなら、討つ。」
理久は驚いて首を振った。
「そのような。我らには高嶺の花でありまする。」と、氷輝を見た。「氷璃が気になるの…。」
維心は頷いた。
「行って来るがよい。見張りは居るが、今は治療の方をやらせておるゆえ。気が付くのも時間の問題ぞ。さすれば我らも様子を見に参ろうほどに。」
理久と氷輝は頭を下げた。
「感謝し申す。では、失礼する。」
二人は軍神に先導され、歩き去ったのだった。




