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幸福に

前方から、何かが飛んで来る。

「叔父上!」

維心が叫んだ。腕に維月を抱き、背後には気を失った氷璃と凛を気で縛って引きずっている。

「維月…!」

十六夜が維月を見た。維月は、力をほとんど失って、ぐったりと気を失っていた。

「くそ…!何をしやがった!」

維明は言った。

「とにかく早く宮に参らねば。こんな場所では落ち着かぬ。話は維月を宮に連れ帰ってからぞ。」

維心は維月を撫でた。

「維月…我のせいで…。」

維明は頷いた。

「維月は主の名を呼びながら、子供のように泣いておったわ。我の庭近くの森での。抱いてやるが良い。」

維心はそんな維月を想って涙ぐんだ。そして維明から維月を受け取ると、抱き締めて宮へと飛んだ。維月…もう二度とこのような思いはさせぬゆえ…。

維心は何度も繰り返しそう呟いて、維月に頬を擦り寄せた。愛しているのだ。維月も我を…。


宮に到着すると、奥の間に寝かせてはと言う侍女達を無視し、維心は維月を抱いて広いいつもの寝椅子に座った。もう二度と手離さぬ。傍に置く…。

そんな維心を十六夜は苦笑して見て、自分も椅子に腰掛けた。維明もそれに倣い、義心は膝を付いた。維明が、口を開いた。

「あの賊は、繋いだの?」

義心は頭を下げて言った。

「は、王のご指示通り地下牢最下層へ繋ぐよう指示致しました。」

十六夜は思い出して身震いした。

「また女もか?相変わらず容赦ないな。」

維心は険しい顔で言った。

「維月をこのような目に合わせた輩ぞ!殺してやりたいぐらいであるのに。」

維明は頷いた。

「我は殺そうとしたが、維月が目を覚まして息も絶え絶えに殺すなと申すゆえ…。一人は首を落とした。維月に変な術を掛けておったゆえな。なので維月はもう大丈夫ぞ。」

維心は維月を撫でた。

「…何か分かった事は?」

維明はまた頷いた。

「どうやら維月が主の弱点だと知り、術を使ってさらおうとした。主に、力添えさせるつもりであったのだ。」

「やはりの。」維心はふんと鼻を鳴らした。「義心の報告を先に聞いておったなら。叔父上…感謝する。維月を守ってもらって…。」

維明は微笑んだ。

「我でも役に立ったの。維月も、我の結界横に来たゆえに…良い判断であったわ。誰も居らぬと、賊も油断したのだろうて。」

十六夜は苦笑した。

「きっと維心に似てる維明に、無意識に会いに行ったんだろうよ。でもこいつ、小さい頃から泣く時は隠れるんでな。探すのに苦労したもんだ。だから、森で泣いてたんだろう。」と、維明を見た。「それにしても維明、お前もやっぱり闘神だな。維心と同じだ。あの闘気は。」

維明は、視線を落とした。

「…維月が苦しむのを見て、我を忘れてしもうた。刀など使う事もなかったのに…気が付いたら簡単に一人殺しておったわ。我も抑えが利かぬの。維月が絡むと…。」

維月はまだ気を失っている。維明は、気遣わしげに言った。

「…一向に気が回復せぬな。どうしたものか…。」

維心も心配そうに維月を見た。

「…もう気付いても良い頃ぞ。何か他に術を?」

十六夜は、維月の額に手を置いた。

「いや、術は掛かってねぇよ。」と、月を見た。「変な術で、この維月のエネルギー体を捕まえようとしたんだろう。だが、オレ達は地上に降りて来た思念だ。本体から離されて長く生きられねぇ。人の体の時はそっちを使ってたからよかったが、これはまんま月でそんなよりしろもないから、月から分断されると消えちまうんだ。今の維月は、まだ月から分断されたまま…つまり月から気を補充出来ない。元より維月は命の気を普通の神みたいに補充したことがないから、やり方を知らねぇし、このままだと人で言う餓死するって状態だ。」

維心は慌てた。

「早く言わぬか!」維心はすぐに維月に自分の気を分け始めた。「分断されたままとは、どうすれば良い?こうして我が補充すれば良いか?」

十六夜は考え込んだ。

「…気が回復したら、月に帰ってみる。戻らなかったら、碧黎に訊くしかないな。」

「ん…。」

維月が目を開いた。維心がその顔を覗き込んだ。

「維月…?」

維月は維心を見て、みるみる目を潤ませた。

「…維心様…。」

維心も涙ぐんだ。

「おお維月…なんと辛い思いをさせてしまったことか…。もう大丈夫であるぞ。我は主だけのもの。このような事、二度と起こらぬゆえな。あやつらの嘘、義心が調べて参った。そうでなくとも、我は決してあのような話は受けぬと約す。決して違えぬ…。」

維月は頷いて維心に抱き付いた。

「はい、維心様…。」

維心は維月をしっかりと抱き締めた。我のこの力は、維月を守るための力。全てが言うがままになるこの権力も、それに使わずして何であろう…。他の神など知らぬ。もう他の神を助けるために維月を悲しませたりせぬ。我が妃は維月ただ一人ぞ。

十六夜が維月の髪を撫でた。

「さあ維月、一回月へ帰ろう。お前、月と繋がりを切られたままになってるんだ。人みたいに何か食べるか、誰かに気をもらわなきゃ消えちまう。」

維月は十六夜を見た。

「月に…。」

維月は維心を見て、身を擦り寄せた。離れたくない…。今は傍に居たい…。維心はその様子を見て、維月に頬を擦り寄せた。

「十六夜…気は我が補充するゆえ。明日まで待てぬか?まだ…離しとうない。」

十六夜はそれを見て、苦笑して頷いた。

「そうだな。今夜はゆっくりするといい。オレも碧黎に、その間に聞いとくよ。」

維月はホッとしたように微笑んだ。維心もその様子を見て微笑む。そして、維月を抱いて立ち上がった。

「では、もう休もうぞ。あれらの取り調べは明日行う。義心、逃すでないぞ。」

義心は頭を下げた。

「は!」

維明が立ち上がった。

「我も帰る。明日また、参るゆえ。」

維心は頷いた。

「叔父上、お世話になり申した。」

維明は頷くと、居間を出て行った。義心もすぐに立ち去り、十六夜は窓から月へと飛び立って行った。


次の日、維明が真っ先にやって来た。

「維月、気分はどうか?」

維明は先に維月を見て言った。維月は頭を下げた。

「はい、維心様に気を分けて頂いておりますので、大丈夫でございます。」

維明はホッとしたように頷いた。

「それは良かった。」と、傍らの侍女が持つ厨子の、蓋を取った。「朝採って参った。主が好きなものばかりであろう?」

維月は目を輝かせた。

「まあ維明様…!とても嬉しい…!」

維月は駆け寄って、まだ朝露に濡れているブドウに触れた。

「種がどうのと主は言っておったの。なので、種は作らぬようにした。」

維月は微笑んだ。

「はい。早速頂きまするわ。」

侍女が頷いて頭を下げた。ここの侍女達は、全て皮をむいてくれるし、物凄く食べやすくして持って来てくれる。ブドウも、考えたら前に巨砲を買って帰った時、わざわざ種まで取って持って来てくれたのには驚いた。普通の食事の時も、カニがあれば身を綺麗に抜き取ってくれる。至れり尽せりで、いつも感動するのだ。

維心が、複雑な気持ちでそれを見ていた。叔父は、維月の喜ぶ顔だけを見ようと思っている。他は本当に望まない。自分と同じ命でありながら…。維心は、自分も維月を喜ばせることが出来るはずなのにと、焦っていた。

「お気遣い、感謝致す。」維心は言って、維月の肩を抱いた。「さあ、では、あの果物の準備を待とうぞ。そのうちに十六夜も来るであろうし、そうしたらあれらの処分を話し合わねばの。」

維月は頷いた。

「…維心様…もしや命までも?」

維心は険しい顔をした。

「本来なら、既に殺しておる状態。ただ、話は聞いてみるがの。義心が調べて参った事を考え合わせると、同情の余地はないの。我らを利用しようとしておった。我は我が民を、危険に晒す訳には行かぬ。あやつらを生かして帰して、こちらへ軍を立て直して侵攻して参ったらなんとする。我に敵は居らぬが、軍神達に犠牲が出ぬとは言えぬ。我は皆を守る義務があるのだ。」

維明も頷いた。

「我とて、ここまで来たからには維心を助けて出陣するがの、さすがに軍神達を全て守り切るのは難しかろう。王とは、民全てを守らねばならぬのだ。己の感情だけで生かしたり殺したり出来ぬものなのよ。」

維月は頷いた。確かにそうなのだろう。神の世は、未だに力社会で殺し合いもある。特に維心は、全て守る王だから…。

「はい。私は口出し致しませぬ。ただ、皆にいいようになるよう、願っておりまする。維心様、どうかお命を危険晒すようなことはなさらないで。」

戦にならないようにして欲しいという事だ。維心はフッと笑って頷いた。

「我には敵は居らぬと言ったであろう。」

維月は頷いた。

「どうしてもとなれば、私も参りまするから。」

維明が仰天して維月を見た。

「何を言う!主は刀も握ったことがないであろうが!」

維心が苦笑して首を振った。

「こやつは我と対等に立ち合うことが出来る。叔父上も一度相手をしてみたら良い。」と、維月を愛おしげに見た。「戦の折は連れて参れと無理に約さされておっての…我を守ると言って聞かぬのだ。」

維月は恥ずかしげに微笑んだ。

「…死する時も共と約しておりますので…。」

維心は頷くと、維月に頬を擦り寄せた。

「よいよい、わかっておる。我らはずっと共よの。その時は共に連れて参ろうぞ。」

維明は、その様子にため息を付いて微笑んだ。そうか…維心はだから幸福であるのだな。

侍女が、メロンと桃、それにブドウを皿に入れて持って来る。思った通り、ブドウは皮をむいてあった。桃はきれいに切られ、メロンは珍しく皮を付けたまま、切り込みを入れて盛られてあった。そのほうがメロンらしくて綺麗と維月は思った。

「まあ!おいしそう~!」

維月は手を叩いて喜んで、早速フォークを手にした。

維心と維明は、それを愛おしげに見つめていた。


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