企て
維月は、どこかの森の中で泣いていた。維心だって同じように苦しんでいたに違いないはず。だから、人助けの為なんだもの、我慢しなければ。でも、妃を迎えるだなんだって騒がしい宮に居るのは無理だから、しばらくは蒼の所へでも行こう。でもでも、今は泣きたい。
「維心様…!」
維月がおいおい泣いていると、近付く人影があった。
維月は回りを気遣う余裕などなかった。
宮を出された氷璃と凛は、軍神数人と合流した。
「それで、どうだ?」
凛は頷いた。
「やはり、龍王は噂に聞いていた通り、正妃を溺愛しておりまする。弱味は正妃であるのは、まず間違いないかと。」
今や甲冑を身に付け、とても儚げとは言えない風情の凛を見て、氷璃はフッと笑った。
「…堕ちぬ男などなかったというに、主、斬られるところであったとか。通用せぬ男も居るということが分かったのではないか?」
凛は赤い顔をして下を向いた。氷璃は、傍らの軍神を見た。
「印。して、妃には追い付いたか。」
印は頷いた。
「は。飛び立って行くのを見てすぐに追い掛けましてございます。」と、西を指した。「あちらの方角の森に、たった一人で居りまする。」
氷璃は緊張した面持ちで言った。
「主の力の見せどころぞ。空間を操る力、月のエネルギー体に使えるか分からぬが、やってみよ。」
印は頭を下げた。
「…我の見たところ、あの妃であるなら大丈夫であるように思いまする。陽の月の方は無理でありましょう…気が強過ぎる。」
「龍王を動かすならあの妃よ。」氷璃は言った。「どうしても捕えて帰ろうぞ。」
印が先導して、龍王妃が居るという森へと、飛んだ。
その森は、どこかの庭から繋がった森で、とても静かな場所だった。
その横には、隠れるように屋敷があったが、結界は張ってあるものの、無人のようだった。三人が慎重に歩を進めて行くと、奥の広く生えたコケの上で、女が一人、月を見上げて座っていた。
ただぼーっとしているような様に、放心状態であるのかと氷璃は思った。
「やれ。」
氷璃は、小声で印に命じた。印は、女の前に進み出て、手を翳した。
「お覚悟を。」
相手は、驚いて振り返った。すぐに、何かが自分を捕える感覚がする…気で掴まれているようだ。慌てて月へ帰ろうと光に戻ろうとしたが、戻れない。何かが自分を押さえ付けているよう…。
「ああ…!」
維月は胸を押さえた。息が詰まるような感覚…自分は呼吸をしなくても生きられるのに。何かが私を、何かに篭めようとしている…!
維月は苦しさにもがいた。息苦しいなんて、何十年ぶりのことなのか。溺れる…死ぬことは無いのに。でも、死んで行く感じ…。
維月は、力を無くし、気を失って倒れた。凛が言った。
「月なんて、たわいもない。」
氷璃がフンと鼻を鳴らした。
「妬みか?主らしくないの。」
凛はまた赤くなった。三人が、倒れた何かの膜に包まれたような維月に歩み寄って行く最中、いきなり大きな気が三人を捕えて吹き飛ばした。
「…なんだ?!」
氷璃が見ると、そこには、龍王が立っていた。
「維心殿…?!」
相手は青い目を光らせて言った。
「我は維心ではない。」龍王そっくりの、相手は言った。「我は維明。維心の叔父よ。我の甥の妃に何をしてくれたのか。」
維月は、ぴくりとも動かない。維明は、三人を振り返った。
「…術を解け。」
氷璃が、その強大な気に冷や汗を流しながらもフフンと笑った。
「断る。これは連れ帰る。助けてほしくば、力を貸すが良い。」
維明は、手を翳した。その手に刀が呼び出される。
「ならば術者を殺せば良いの。」維明は力の流れを読んだ。「そやつか。」
維明は印を見て言うが早いか、一瞬にしてその首を落とした。
氷璃は愕然とした…全く、見えなかった。
「は…。」
維月が、微かに息を漏らした。膜が消えて無くなっている。維明はホッとして、他の二人を見た。
「主らも死ぬが良いわ。維月に仇成す者、生かしておくわけにはいかぬ。」
激しい怒りと闘気が痛い程に二人に向けられる。凛はガクガクと震えた。
「お待ちくださいませ!」凛は言って、維明の足元に身を投げ出した。「どうか、我らは王族のものでありまする!」
維明は、冷たく凛を見た。
「だから何ぞ。」維明はためらいも無く刀を降り下ろした。「目障りぞ!」
「維明様…!」
目を開けた維月が、必死に這って維明の足を引っ張った。維明は驚いてそちらを見て、刀は凛の肩をかすめただけで止まった。
「維月!主をその様な目に合わせた輩ぞ!」
「きっと訳があるのでございます…!どうか…!」
氷璃が、その隙に飛び上がった。
「逃さぬ!」
維明は気を上空に放った。それをもろに受けた氷璃は、気を失ってその場に落ちて来た。
「ああ…!」
維月が言って目をつぶると、維明は言った。
「殺してはおらぬ。」と、凛を見た。「主もぞ!」
維明は気を当てた。凛は肩を押さえたまま、その場に倒れた。
維明は維月を抱き寄せた。
「おお維月…主が来たのを感じて、気を探っておったものを。あのような術から守ることも出来ぬとは…。」
「維明様…。」
維月はまた、気を失った。
「維月…。」
維明は維月に口付けた。そして抱き上げると、二人の賊を気でがんじがらめにして持ち上げ、龍の宮へと飛び立った。
維心は、義心から報告を受けていた。
「では、やはりあやつは北の果てを統治しておるのではないのだな。」
義心は頷いた。
「はい。あちらは二大勢力が台頭し、常に争っている状態で、今は戦闘状態にありまする。氷璃の軍がもう一方の方に侵攻しておる最中、しかし、相手方もかなりの力を持ち、膠着状態でありました。凛は、女の軍神で、あれは仮の姿…恐らく宮に留まるために、最初の日には具合が悪くなったふりをしたのでしょう。」
維心は頷いた。
「その様な輩のために、維月に辛い思いをさせたかと思うと虫酸が走る。恐らく北の果てを統治した後、こちらを狙って来るつもりであったのは氷璃であろう。」維心はフッと笑った。「返り討ちにしてやるがの。」
その顔に、義心は寒気を覚えた。
十六夜が言った。
「じゃあ、早く維月に知らせてやらねぇと。あいつ一人で、どれ程辛い気持ちでいるか…。」
維心は視線を落とした。維月が我を想って泣いておるなんて…。
「探さねば。維月を…、」
維心は義心に命じようとして、止まった。十六夜が目を上げた。
「何てこった、維明だ。」十六夜は立ち上がった。「維明の闘気だ!」
あんな穏やかな維明が、尋常でないほど怒っている。十六夜は悟って、窓際に駆け出した。
「維月に何かあったんだ!間違いねぇ!」
維心も飛んだ。
「維月の気が傍にある!」と、十六夜を追い越して窓から出た。「弱っておる!死する程ぞ!」
義心も共に飛び出した。
三人は急いでそこへ向かった。




