表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

訪問者

維明は、維月をそれは喜んで迎えた。白桃は美しくなり、メロンも収穫できるところまで来ていたからだ。

それを見て、維月もとても喜んだ。大好物ばかりが目の前でなっていて、いくらでも食べていいと言われているのだ。

「まあ、維明様…とても一日では食べきれませぬわ。こんなに良い桃が出来るなんて。」

維明は頷いた。

「この木はの、良い気を発しておるものばかりを選んで植えたのであるぞ。そして我が気を注いで育てたゆえの。」

その大きな桃は、とてもきれいで、洗うとビロードのような皮が捨てるのがもったいほどだった。

「ありがとうございます。とてもうれしい…。」

維月は維明と寄り添いながら、果樹園を飛び回って楽しんだ。維明もとても嬉しそうで、二人は日が暮れるまでそうやって、庭で楽しんで、そして夜を共に過ごし、また次の日迎えに来た十六夜と共に、維明に見送られてそこを飛び立って行ったのだった。

帰りにまた一日寄ると、十六夜は維明に言い置いていた。


一方、龍の宮では、客を迎えていた。

洪が出迎えたその王は、ここよりずっと北の地の、一帯を統べる王だという。そこまでは維心の統治も広がっておらず、この辺りの神とはまた違った雰囲気だった。

急いで知らされた維心が気の進まぬ様子で玉座に就くと、相手は言った。

「初めてお目に掛かる。我はここよりずっと北、海を越えて向こうの大きな島を統治する王、氷璃(ひょうり)。これは妹の、(りん)。」

維心は頷いた。

「初めてお目に掛かる。我はこの辺りの王を束ねておる、龍族の王、維心。」

氷璃は頷いた。

「あちらに居ても、お噂は聞いており申す。我らの地のことは、ご存知であられるか。」

維心は頷いた。

「知っておる。だが、そちらからこちらへ出て参ることもないし、我も干渉せずに置こうと決めておったゆえの。此度は、一体どうなさったのだ。」

氷璃は、維心を見た。

「我が自ら参ったのは、維心殿に提案があるゆえのこと。お聞きいただけるであろうか。」

維心は眉を上げた。

「…我が聞けることであれば、なんなりと。」

氷璃は、グッと拳を握りしめた。

「どうか、我らと連携して、我らの地の安定にもお力をお貸し頂きたい。」氷璃は、頭を下げた。「こちらには、関係のないことと思われるかもしれませぬが、我らが抑えようとしている相手は、我らの北の地だけでなく、その後はこちらへも手を伸ばそうと考えておる由。それを掴んだゆえ、我はここまで出て参った。」

維心は、眉を寄せた。

「…我らに、戦をせよと?」

氷璃は、首を振った。

「そうではありませぬ。維心殿に、我の縁戚になって頂きたいのでございます。さすれば、大きな牽制になりまする。」

維心は険しい顔をした。

「…まさか…、」

「我が妹を」と、氷璃は、凛を指した。「どうか維心殿の妃に。」

維心は首を振った。

「…それは出来ぬ。我には正妃がおる。月よ。主らでは敵う相手ではない。」

氷璃はそれでも言った。

「正妃でなくても良い。名ばかりでも構いませぬ。ただ、維心殿の妃として周知させていただければ良いのです。」

維心は黙った。気持ちは分かる…だが、そのようなことをしては…いくら名ばかりと言っても、一度は通わねばならない。それが礼儀であるからだ。維月のことを考えると、とても出来そうにない…。

凛が、ふらついた。

「凛!」

氷璃が、慌てて支えた。

「…大丈夫でございます、お兄様…少し、「気」を使い過ぎてしまって…。」

ここまで来るのに、女の身では重労働であったろう。洪が、慌てて言った。

「王、ここはとにかく保留に致しまして、お二人をお部屋へご案内してもよろしいでしょうか。長旅でお疲れのご様子。」

維心は黙ったまま頷いた。洪は二人を慌てて促した。

「さあ、こちらへ。とにもかくにもお疲れを取って、それからお話しをということで。」

「世話を掛ける。急いだので、一気にここまで飛んだのだ。」

氷璃は、気遣わしげに凛の手を取って支えた。

洪は頷いた。

「さもありましょう。ささ、こちらへ。」

出て行く背を見送りながら、維心はどうやって断れば良いのか考えた。このままでは、本当に名ばかりでも、妃を迎えることになってしまう…北の果てからこんな所まで、わざわざ王が連れて来た妹とあっては…。


一方維月と十六夜は、そんなことは知らず、旅行を楽しんで戻って来ていた。帰りに維明の所に寄る約束であったので、一日早く切り上げて、二人はあの屋敷の前に降り立った。

その気配を感じた維明が、いつもの穏やかな様子とはうって変わった慌てた様子で二人に歩み寄って来た。

「まあ維明様…いかがなされたのですか?何やら慌てておられるご様子…。」

維明は、維月に言った。

「主らが発ってすぐに、ここに洪がやって来た。あやつは我が宮へ行ってから、たびたびここへいろいろな報告に参るのであるが、此度ばかりは主、早く宮へ帰らねばならぬぞ。」

維月は驚いて維明を見た。

「何かあったのでございまするか?」

維明は頷いた。

「北の果ての大きな島を知っておるか。」

維月と十六夜は顔を見合わせた。

「…北海道のことか?」

十六夜が言う。維明は眉をしかめた。

「蝦夷ではないのか?今は北海道というのか。そこの神の王が、妹を連れて宮へ来ておる。なんでも、向こうでは覇権争いが起こっておるようで、敵方はあちらを制覇したのちはこちらへも手を伸ばそうとしておるとのこと。ゆえに、維心に手を貸して欲しいと。」

維月は険しい顔をした。

「…戦でありまするか?」

維明は首を振った。

「それならば別に、我も手伝えば良いのであるから、勝算は十分にあるしまだよかったのだ。しかし、あの王は、あちらを牽制するべく、妹を維心に妃に迎えて欲しいと連れて参ったのだ。」

維月は口を押えた。妃?!

「…維心の後ろ盾があるぞと、相手に牽制して、戦が起こらないようにしようと思っているんだな。」

十六夜が言うのに、維明は頷いた。

「その通りだ。将維ではと維心は食い下がっているようだが、それでは意味がない。将維はまだ皇子であるから、軍を動かす力はない。維心が娶ってこそ、効力がある。維心が譲位しようと言い出して、臣下達が必死に抑えている。それに、同じ王でも、維心ほどの名が轟いた王でなければ意味がない。だから、氷璃殿…あちらの王だが…も、なんとしても維心に娶らせようとしておるのだ。帰らせるにも、こちらへ来るのに疲れてしもうて妹君にすぐに飛び立つのは無理であるし、維心も此度ばかりは難儀しておる。」

維月は小刻みに震えていた。それは…王としては…きっと、受けなければならないのだわ。私が居るから…。

「維月…。」

十六夜が気遣わしげに言った。維月は、ハッとして十六夜を見た。

「…宮へ。帰りましょう、十六夜。」

十六夜は頷いた。

「そうだな。維明、また来るよ。」

維明は頷いた。

「待っておる。」

二人は維明に見送られて、龍の宮へと飛んだ。


維心は、空を見上げた。今回ばかりは万策尽きたかもしれぬ。維月に、何と言って説明すれば良い…。

維心が沈んで、維月が好きな庭の花を見つめていると、傍に気配がした。

「維心様。」

維心は振り返った。そこには、黒髪の、儚げな美しい女が立っていた。

「…凛殿。」

維心は言って、視線を逸らした。凛は、これほど儚げでありながら、気を受け止めるだけの力は持っているのだという。それは、傍に立っても分かる。凛は、寂しげに言った。

「維心様…そのように、塞ぎ込んでしまわないでくださいませ。私は、名ばかりの妃でもよろしいのでございます。ただ、あの地の神達や軍神達の命を、無駄に散らさずに済むのでしたら…。」

維心は黙って花を見つめた。名ばかりと言っても、一日は通う必要があるではないか。

「…主は、それでよいのか?我は正妃をそれは愛しておる。主のことを想うことは終生ないであろう。居ることすら忘れるかもしれぬ。それでも、妃としてここに留まると申すか。」

凛は頷いた。

「はい。私は、他の神の命を守る義務がございます。王族として生まれたのですから…。」

維心はため息を付いた。

「主らの民は、我が民ではない。」維心は言った。「なので我にはそちらまで守る義務はない。こちらへ侵攻して参ったら、我が討ってしもうたら良いだけのこと。我が主を妃にしても、我は援軍を送るかどうか分からぬぞ。我のことをよく知る神なら、皆そんなことは分かっておるはず。牽制にはならぬ。」

凛は、維心を見上げた。

「しかし、月の宮は守られると聞いておりまする。あちらには、龍も多数いると…。」

「正妃の実家であるからだ。我が建て、与えた宮。正妃を我が元に置くための結納の代わりと領地と共に譲り渡したもの。守ってもおかしくはないであろう。」

維心が言うのに、凛は袖口で口を押えた。

「…では、本当に、その王妃様を…」

「愛しておる。」維心は言った。「我が命懸けて失いたくないもの。だが、それが今脅かされておる。我にとり、ほんに迷惑極まりないのだ。これは氷璃殿にも申した。」

凛は下を向いた。維心は、きつい言い方だとは分かっていた。だが、優しくなど出来ようか。維月がこれを見たら、何としよう。留守にしていて、本当によかった…。

維心が油断したその隙に、凛は維心に抱きついた。維心はびっくりして思わず刀に手を掛けた。斬らねば!だが、そんなことをしたら…しかし維月が…。


十六夜と維月は、上空からそれを見ていた。

「…全く、困ったもんだなあ。」十六夜が言った。「あいつは王なだけじゃなくて女に好かれるからよ…。しかも自覚がねぇだろう。刀に手を掛けてやがるし、ちょっと行ってくらあ。お前はここに居ろ。」

維月は黙って頷いた。無表情で、何を思っているのか分からなかったが、十六夜はとにかく惨事を防ぐために、そこへ舞い降りた。

「…維心、斬るなよ。後始末が大変だからよ。」

維心はビクッとして振り返った。少し上に、十六夜が浮いていた。凛も驚いたようにその姿を見た。その隙に、維心が凛を突き飛ばした。

「十六夜!なぜに…まだ、一日あるのでなかったか。」

「維明に聞いたんだ。」十六夜は答えた。「だから慌てて帰って来たのさ。」

維心はハッとして上を見た。維月が、無言でそこに浮いていた。

「維月…」維心は、刀を抜いた。「やはり、我は…、」

十六夜が慌ててその腕を気で押さえた。

「こら待て!維心!斬っちゃ駄目だと言ってるだろうが!後始末が大変なんだ!事態をややこしくするな!」

「主には分からぬ!」維心は十六夜の気に抵抗して腕を振ろうとした。「我は何より失いたくないものがあるのだ!他は知らぬ!」

騒ぎを聞きつけた洪が仰天して軍神を呼び、義心が慌てて飛んで来た。洪が叫ぶ。

「王!お気を確かに!侍女達!早く凛様を中へお連れするのだ!」

十六夜が苦労して押さえつける中、驚いて立てなくなっていた凛は侍女達に引きずられるようにその場から連れ出された。義心が叫ぶ。

「王!お待ちを!お命じ頂きましたこと、調べて参りましてございます!ご報告いたしまするゆえ!」

維心は義心を見た。

「…義心か。戻ったか。」

義心はホッとしたように頷いた。

「は!北の果てから戻りましてございまする。」

維心は刀を鞘へ収めた。

「…我の居間へ。」

十六夜がホッとして維月を見上げると、そこに、維月は居なかった。

「…維月?」十六夜は気を探った。「どこ行った?維月!返事しろ!」

維心も回りを見回した。

「…維月。」嫌な予感がする。どこへ行った。「維月!」

《私には、反対できませぬ。》

維月の念が、届いた。維心と十六夜は耳を澄ませた。

「維月!いいからとにかく戻って来い!」

十六夜の言葉に、維月は答えた。

《十六夜、私、たくさんの命が掛かってるのに、反対出来ないの…。しばらく頭を冷やすから、娶るならその間に済ませてしまってって維心様に伝えて。その後のことは、それから考える…。今は混乱してしまって、どうしたらいいか分からないの。》

十六夜は叫んだ。

「バカ、何処へ行くつもりだ?維明んとこか?炎嘉?明維と晃維のとこ?行先だけでも知らせて行け!」

維月の声は、自信なさげに応えた。

《わからない…とにかく、あの、ほとぼりが覚めたら、蒼の所へ行くから…。》

十六夜はいらだたしげに回りを見回した。

「維月!オレを連れて行け!一人で行くな!維月!」

《……。》

念が途切れた。十六夜は傍の岩を叩いた。岩は真っ二つになった。

「くそっ!全くあいつ、どうせどこかで泣く癖によ!泣きたい時に隠れる癖だけ小さい時から直ってねぇんだから!」

維心は、苦しいほどに胸が痛かった。維月が悲しんでいる…でも、王妃の務めだと理解しようとしている…。いつもなら、有無を言わさず宮を出ると言っていたものを。そんな辛い思いをしても、我の傍に、居たいのか。維心は涙ぐんだ。

「…我が妃を、苦しめる者は何人(なんびと)でも許さぬ。」維心は言った。「すぐに、宮から氷璃と凛を出せ。」

洪は慌てて言った。

「王!戦になりまする!あちらからこちらへ攻め入って来るやも…」

維心は洪を睨んだ。

「出せ!我の命ぞ!我は龍族の王。誰にも指図は受けぬ!我は我のしたようにする!逆らう者は斬る!」

洪は、ついぞ見なかった維心の激しい様子に、腰を抜かしてへたり込んだ。

「は、は、ははー!申し訳ございませぬ!」

洪は、他の臣下に手を貸されながら、その場を去った。

維心は、義心と十六夜を伴って居間へと急いだ。

そう、我は龍王。なぜに他の地の平和など考えねばならぬ。来るなら、迎え撃ってくれるわ!誰を殺しても、我の維月を、苦しませはせぬ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ