毎日
ひと月の間、維月と維心、そして維明は月の宮に滞在し、そしてそれぞれの宮へと帰って行った。十六夜も、やっとホッとしたといった感じだった…維明が、思いの外すっきりとした顔をして、楽しそうに庭の手入れの毎日に戻っていたからだ。相変わらず時々に十六夜と月から話し、そして維心が維月に、時々には一日だけ維明の屋敷を訪ねることを許したので、維月に時々でも会えることがわかっているからだ。
しかし、落ち着いた十六夜とはうらはらに、龍の宮では維月が落ち着かなかった。
今日も、月の宮で約束した通り、維月は維心にべったりとくっついて、傍に居た。
すぐに根を上げるかと思ったのに、維心は特に困る様子もなく、むしろ嬉しそうに、それが当然のように維月を離さず一緒にいる。
いつもなら月に一回の神の王の会合に行くのも、特に何も言わずにすんなり送り出していた維月が、維心が行こうとして居間を出ようとするのを引き留めたことがあった。
「維心様…行ってしまわれたら、寂しゅうございます。」
維月が素直にそう言うと、維心は維月を見て嬉しそうに微笑んだ。
「維月…すぐに戻るゆえ。我は行かぬ訳には行かぬのだ。出席せねば、何かを決める決議を委任することになるからの。我の票は重い。誰かに好きにさせる訳には行かぬであろう?」
維月は首を振った。
「維心様は、素直に言えとおっしゃったから言っておるのでございます。私はただ、維心様がお傍に居ないのは寂しいのでございまする。」
維心は困ったように維月を抱き寄せながら、少し考えて、頷いた。
「わかった。」と、侍女を呼んだ。「洪をここへ。」
維月はびっくりした。何があっても維月を置いて会合に出掛けていた維心が、すんなりわかったと言った。維心は嘘はつかない。わかったと言ったからには、本当にわかったのだ。
維月が呆然としていると、洪が慌ててやって来た。
「王、何事でしょうか?もうお出かけの時間ではありませぬか?」
維心は洪に言った。
「会合の場を、我が宮へ変えよ。すぐに連絡を入れ、こちらへ皆を移せ。」
洪は仰天した。
「今からでございまするか?!王、皆あちらへ向かっておるでしょう。それに、こちらは何の準備も…、」
維心は強い口調で言った。
「二度も言わせるな。ここへ来させよ!手配いたせ!」
洪は維心の形相に驚いて慌てて頭を下げた。
「は、ははー!」
そして、転がるようにそこを出て走って言った。締めた戸の向こうで、洪の声が言っている。
「会合の間を設えよ!使いを出せ!此度の会合はこの宮で行う!」
途端に宮が大騒ぎになった。遠方から来る神は、泊ることもあるし、それに会合が終わってから宴席を設けなければならない。軍神達も守りに配置せねばならないし、義心もいきなり大忙しだった。
維月がただただその大騒ぎ加減に茫然としていると、侍女がやって来て維月に言った。
「王妃様、今夜のお着物をお選びくださいませ。」
「え?着物?」
侍女は頷いた。
「宴席には、王妃様もお出にならねばなりませぬ。今から急ぎ仕立てまするので、生地をお選びください。」
侍女は必死だった。今から仕立てるって、夜まで何時間かしら。
「あの、私、この間のでいいわよ?一回しか着てないし。」
維心が、後ろから言った。
「何を言う。我の正妃が同じ着物を着て公の場に出るなど。あれは普段着にせよ。」
維月は維心を振り返った。普段着って、あんな重いもの普段着に出来るはずないじゃないの…。
とにかく、どうしてもと言うならば急がなければならない。維月はサッと見て、手近な生地を指した。
「では、あれで。」
侍女は頭を下げると、その生地を持って急いで走り出て行った。維月は困っていた。自分のわがままがここまで波及するなんて。というか、維心様はちょっと困って、それでも出て行かれると思ったのに…。
そんな維月の気持ちを知らない維心は、機嫌よく維月の肩を抱くと、居間の定位置の椅子へと歩いた。
「さ、維月。皆が集まって準備が出来るまで、ここで待とうぞ。」
維心に寄り添いながら、維月は忘れていたと思った。維心は王だ。どんな我がままも通すことが出来る…しかも、回りの迷惑とか考えないのだ。臣下は従って当たり前だと思っているからだ。しかも地の王なので、全ての神の王に、そんな無理を通してしまうのだ。会合の場は、何か月も前から決まっているのだと聞く。神の世に多大な迷惑を掛けてしまったことに、維月は申し訳なさでいっぱいだった。
しかし、維心はとても幸せそうだった…維月のワガママも、聞いてやることが出来たと思っているからだ。維月は、皆に迷惑が掛からない我がままに限定して言うようにしようと、その時心に決めたのだった。
そんなこんなで、どんなに維月が好き勝手くっついていても、維心は困る様子はなかった。むしろ今日は離れていようと思っても、維心がくっついて来るのでやっぱり一緒だった。維心様ってこんなに一緒に居ても私に飽きないのかしら…。維月は、じっと維心を見上げた。
維心はそれに気付いて、維月に問いかけるような視線を向けた。「…ん?なんだ、維月?」
維心が近い。思えば、ここ数か月はずっとこうして傍で維心を見ている。維月は言った。
「…維心様は…これほど私を一緒に居て、私に飽きたりなさらないのですか?」
維心は眉を寄せた。
「…飽きるとはどういうことか?我はそんな軽い気持ちではないと言っておるであろう。維月…主は、飽きるのか?」
維心は急に不安げな顔をした。維月は慌てて首を振った。維心様の容姿ひとつを取っても、飽きるなんてものではないし。
「そのような…飽きるはずなどありませぬ。またそのようなお顔をなさって…」
維月が唇を寄せると、維心はフッと微笑んだ。
「ほんに主は…素直になるとそのように何度も求めよってからに…。」
維心はすぐに機嫌を直して、維月に口付けた。維月はホッとしたが、ほんとにどうしたらいいのかしら。ちょっとずつ前の状態に戻して行かないと、生活に支障をきたしそうだし。何しろ維心様ったら、宮の会合にはこのまま行くって言うし。ちょっと出られている時に庭を散策していても、必死なぐらい探し回るし。前は、またか、ってぐらいで気楽に探していらしたのに…今は、居ないはずはないって感じなんだもの…。
維月は、ソッとため息をついた。ちょっと十六夜に相談してみようかな…。
いいタイミングでやって来た十六夜は、維月に手を差し伸べた。
「さて、維月。今回は旅行に行こうや。その前に一日維明の所に行って、そんで一週間ぐらい出かけよう。蒼に言って、予約してもらったんだ。」
維月は、十六夜に駆け寄った。
「まあ、どこに行くの?私川魚とか釣って、その場で焼いて食べるヤツやりたいなあ。」
十六夜は眉を寄せた。
「高原なんかいいかと思って、蒜山のほう通って行く所の温泉に予約入れたけどな。途中でそんな所あるか探してみるか。」と、維月を抱き寄せた。「お前って昔から具体的にやりたいこと言うから分かりやすいのな。夕飯はバイキングじゃこの前落ち着かなかったから、部屋で会席にしたぞ。」
維月は頷いた。
「うん。」
維心が、居心地悪げにそれを見ている。十六夜は言った。
「お、維心。悪いな、一週間と一日維月を連れて出るぞ。」
維心は仕方なく頷いた。
「わかった。怪我をさせるのでない。」
十六夜は手を振った。
「何を言ってる、オレ達はエネルギー体だぞ。怪我しても、すぐ治っちまうよ。」
維月は、十六夜から離れて、維心に近付いた。
「維心様、行って参りまする。」
維心は、名残り惜しげに維月に口付けた。
「早よう帰れ。待っておるゆえに…。」
維月は微笑んで、頷いた。
「はい。すぐでございまするから。」
維心は維月を抱き締めた。
「…我には、一年にも思える…。」
十六夜は呆れたように言った。
「あのなあ、お前ら結婚何年でぇ。もう6、70年ぐらいになるんじゃねぇのか。毎日毎日ベタベタと、よく飽きねぇな。感心すらぁ。」
維心はキッと十六夜を見た。
「飽きると申すな。維月が本気にしたらどうする。我は飽きたりなどせぬ。」
十六夜は驚いた。なんだか前より維心の執着度が上がってるような気がする…。気のせいか?
「わかった。とにかく行って来るから、お前は待ってろ。維月、行くぞ。」
維月は頷いて、十六夜の手を取った。
「では、維心様。」
維心は、頷いた。
「気を付けて参れ。」
十六夜と維月は、手を繋いで飛び上がって行った。
維心はもう、喪失感と戦っていた。ここのところは、離れることもなく一緒に居たので、余計につらい気がする…。
今日は早く寝ようと心に決めた。




