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真心

維心はただ、黙ってそこに浮いていた。十六夜が、維月と涼が出て行ったのを見て、言った。

「ほら、言っただろうが。維月はオレのことを愛してるが、お前のことだって同じように愛してるのさ。他なんかないっての。オレの代わりがないように、お前の代わりだってないんだよ。」

維心は十六夜を見た。

「…主が羨ましい。なぜに維月は、主にはあれほどに正直になんでも話すのだろう。我だって、維月が少しぐらい素のままだって、嫌ったりなどせぬ。それに、どこにも行かぬのに。それに、神の女と違うことをしても我は許して来たのに。なぜに遠慮するのだ…愛しているからこそとはなんだ。」

十六夜は苦笑した。

「オレに訊くなよ。オレはだから、あいつが赤ん坊の時から一緒だからお前と全く同じにはなりえないんだよ。まだよちよち歩きの時から見てるんだぞ?初めて歩いた時には喜んだもんだ。自転車の乗り方を教えたのだってオレだ。ちなみに女の子の日とやらが来た時だって真っ先に相談されたのはオレだった。さすがにそれは美咲に聞けと言ったがな。」

維心は目を丸くしたが、頷いた。

「主が育てたのだったな。分かっている、細かい所までいつも相談して来たのだから、主には何でも言えてもおかしくはないの。」

十六夜は頷いた。

「そんなオレと対等に渡り合ってるんだから、お前は大したもんだよ。ちょっとは誇りな。で、どうする?もう気が済んだか?」

維心は考え込みながら言った。

「もう少し…維月に話しを聞きたい。今度は何を聞けばいいのか分かったので、大丈夫だ。十六夜、すまないがもう少しだけ時間をもらえないか。」

十六夜は呆れたように飛びながら言った。

「はいはい、もう一晩だけだぞ?全く世話の焼けるヤツだ。」と、気を読んで言った。「お、維月と維明が庭に出たな。今日は北だ。」

維心は同じように気を読みながら飛び、言った。

「…まあ、良い。夕方には戻って来るであろうから。叔父上は維月を傷つけたりはせぬからの。」

十六夜はその背を見ながら、やはり少し、今の維月の話を聞いて維心は落ち着いたのだと思ってホッとした。ほんとに龍ってのは、どいつもこいつも世話が焼けるなあ…。


そしてその日の夕刻、今夜も維心と一緒でいいと十六夜が言うのに少し驚きながら、維月は維心の部屋へ帰って来た。維心は維月に手を差し伸べた。

「維月…待っておった。」

維月は頷いた。

「お待たせいたしました、維心様。十六夜があのように聞き分けの良いのが、とても不思議でありましたけれど。」

維心は苦笑しながら、そこの椅子へ維月を促した。十六夜は、我を心配してくれておるのに。しかし、やはり維月の話し方は、涼や十六夜、それに蒼に対するものとは違う。自分には、こうして気を使って話しているのだ…王であるのだから、それは誰でもそうであろうが、維月は自然に話していたので、違和感を感じたことはなかった。しかし、維月にとっては、気を使わねばならなかったのだ。

維月が座った横に、維心も並んで座ると、維月は嬉しそうに微笑んだ。でも、自分からは身を寄せて来ない。最近は身を寄せて来る回数が増えたと喜んでいたが、昼間の維月の話では、維月はいつも寄って来たいようだった。だが、自分のことを考えて、寄り添わないようにしていると…。維心は少し悲しくなった。そんなに気を使わせねばならぬほど、我はよそよそしい態度を取っておるのだろうか…。

維心がじっと維月を見て考え込んでいるので、維月は気遣わしげに維心を見た。

「維心様?いかがなさいましたか?」

維心は、じっと維月を見ながら言った。

「維月…我は、主を愛しておる。なので、主が我に気を使うと、我は悲しい。」

維月は、びっくりしたように維心を見上げた。

「まあ、維心様…私、何かお気に障ることを致しましたでしょうか?」

維心は首を振った。

「何もせぬから、寂しく思う。我を怒らせるとか、我が愛想を尽かすとか、なぜに思うのか。我の想いは、それほどに軽いものであると主は思うのか。これほどに愛しておるものを…我には、これ以上どうしたら主に想いが伝わるのか分からぬ。」

維月はドキドキした。まるで、昼間の涼との話を知っているかのよう…。あんなことを知られたら、恥ずかしくてとてもお傍に居られない。

「あの…どうしてそのように?」

維心は見るからに元気がないように言った。

「主は、我がこうして傍に置いても、なかなかに身を寄せても来ぬだろう。我が引き寄せねば、主はそのまま。我の求めに応じはするが、主は想うてくれておらぬと示されているようぞ。」

維月は慌てた。そんなつもりではなかったのに。

「維心様…愛しておりまするのに。私…確かに気を使っておりました。あまりに神の女からかけ離れ過ぎても、神の王族としてお育ちの維心様が、私など捨ててしまわれるのではないかと思ってしまって…。そうなると、私はとてもつらいから。お傍に置いていただくためには、王の求めに応じる妃でなければならないと思って…。私は何でもはっきり申しますので、維心様には奇異な者と思われるでしょう。今の私をせっかく愛してくださっているものを、己の愚かな行為でなくしたくありませぬ。」

維心は下を向いた。

「…我は主がどんな女でも捨ててしもうたりせぬ。そんな軽い気持ちではない。」

少し拗ねているように、維心は維月と視線を合わせない。維月は困って、維心の顔を覗き込んだ。

「維心様…?」

維心はふいと横を向いた。やはり、拗ねている。維月は困りながらも、拗ねていてさえなんだかかわいらしくて愛おしく感じてしまう自分に、呆れていた。私ったら、本当にこのかたを好きだから…。

維月は維心の頬を両手で挟んだ。

「またそのように拗ねてしまわれて…では、遠慮はしませぬわよ?よろしいの?」

維心はじっと維月の目を見た。

「最初からそう言っておる…結婚当初からぞ。他人行儀は嫌なのだ。主とは真に心を通わせたい。」

維月は考えた。そうは言っても十六夜とは違って、神の王族の維心様だもの、あんまり私が素全開にしたら退くと思うんだけどなあ…。でも、傍にくっついて、ずっと傍に居たいからどこにも行っちゃ駄目と我がまま放題だったら、さすがの維心様も根を上げるかな。龍の宮に帰ったら、やってみよう。

「では、宮へ帰ったらそのように。ここでは十六夜が居りまするゆえ。でも…」と、スッと維月は立ち上がった。維心は驚いて維月を見上げた。「今夜は、二人きりでありまするから。」

維月はいきなり維心の首に抱きつくと、維心に口付けた。維心は突然だったのでびっくりしてふら付き、飛びついて来た維月に押されて広い寝椅子の上に押し倒される状態になった。それでも維月を椅子から落としたらいけないと、維心は維月を抱えて落とさないように庇った。

「維づ…、」

維心が話そうとしているのを維月はまた唇を塞いで留め、維心の胸の、着物の合わせからスッと手を入れた。維心はびっくりしたように身を震わせた。

維月は唇を離すと、まだ驚いている維心を見てニッと笑った。

「…遠慮はしないと申しましたでしょう?」と、維心の髪を手で梳いた。「お覚悟なさってくださいませ…。」

維月は、維心の首筋に唇を寄せた。

二人はそのまま、その広い寝椅子で朝を迎えたのだった。


「…で?」十六夜が、上機嫌で歌をハミングしながら部屋の植木に水をやっている維月に言った。「なんだってお前は機嫌がよくて、維心はあんなに呆けてるんだよ。」

維月は振り返った。

「別に、何も変わらないわよ?ただ、維心様が私が気を使って維心様から離れてるのが嫌だって言うから、ちょっと頑張ってみただけ。」

十六夜は眉を寄せた。

「ちょっと頑張ってみた?ちょっとであんなになるか?」

十六夜は思い出しながら言う。様子はどうかと、維月が帰って来てから維心に聞きに行ったら、維心は庭を眺めて座っていた。それでどうだったと尋ねたら、良い想いをしたと言うから、何事かと聞いてみるものの、維心はお茶を濁すようなことを言うばかりではっきり言わない。しかも、話している間も、ぼーっと何かに気を取られていたり、急に表情を緩めたり、それは締まりのない状態だったのだ。

維月が言った。

「だってね、私が気を使ってるって拗ねるんだもの。だからよ。もう、そうそうあんなことはしないから。」

「だからあんなことってなんだよ。」

維月は困ったように笑ったが、庭を見て言った。

「あ、十六夜!あっちのツツジ咲いているから見に行こうよ!」

維月が出て行く。十六夜はそれを追い掛けた。

「こら、維月!逃げんな!」

維月は庭を駆け出して行った。十六夜はそれを追いながら、まあいいかと思ったのだった。



この話に出て来る「あんなこと」は、本日11:00ムーンライトにアップします。R-18ですので、興味のあるかただけどうぞ。

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