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ケンカ

今日は維心が月一回の会合に出掛けて留守だった。

ついて行くことも出来たが、維月は最近結界内で行きたい所が出来たので、そちらへ向かおうと維心を見送った。いつものことなので、維心はまたどこかへ行こうとしているのではないかと疑ったが、維月は尻尾を掴ませないので問い詰める訳にも行かず、気遣わしげに何度も振り返りつつ出て行った。本当は連れて行きたかった維心は、早く帰ろうと心に決めていた。

維月は、結界内の西の端の森へと出掛けて行った。

そこに、維心の宮が隠れるようにもう一つあるのを、最近知ったのだ。北の宮は維心と維月がくつろぐ場に使っているが、ここは誰も使って居ないようだった。維月は回りを木々に囲まれたそこへ辿り着くと、そっと中を伺った…とてもきれいで、まるで寺か神社のような荘厳な、静かな佇まいに身が引き締まる思いがする。

傍を落ちる小さな滝の音も、とても風流な感じだった。

維心様は、なぜにここを教えて下さらなかったのかしら…。

維月はそっと中へと足を踏み入れた。

庭は綺麗に手入れされており、踏みしめる玉砂利の音も心地よい。維月が屋敷へ到着すると、中から女が一人、出て来た。

「…どちら様でいらっしゃいましょう…?」

維月は、頭を下げた。

「私は維月と申しまする。こちらに屋敷あると珍しく、ついお訪ねしてしまいました。」

相手は、驚いたように頭を下げた。

「維月…王妃様!失礼を致しました。我はこちらに仕えまする侍女、律と申します。どうぞ、中へ。」

維月は慌てて手を振った。

「いいえ、よろしいの。私はお庭を見たいだけでありまするから。気になさらないで。」

維月が庭の方へ向かおうとすると、律は言った。

「では、我が主にお知らせして参りまする。お庭へは、そちらの道を行かれれば出られるはず。」

維月は頷いた。

「ありがとう。」

律はそこを慌てて辞して行った。主って、ここの主は維心様のはずなのに。維月は不思議に思いながら、美しく手入れされた庭を見ているうちに、忘れてしまった。


結構長い間、そこを歩いていた気がする。

維月は慌てた。我を忘れるほど庭に夢中になっていたなんて。維心様も帰って来られる時間。維月がその場を離れようとした時、後ろから聞きなれた声が飛んだ。

「…そんなに、我が庭はお気に入られたか?」

維月は驚いて振り返った。間違いなく維心の声だと思ったからだ。

しかし、そこに居たのは、維心にそっくりの、しかし少し年上ではないかという外見の、深い青い瞳の龍だった。これは、きっと維心様の縁戚のかただわ!維月は、咄嗟にそう思った。

「失礼を致しました。」維月は頭を下げた。「ご挨拶も致しませず、申し訳ございませぬ。私は陰の月の維月と申します。」

相手は頷いた。

「我は維明(いめい)。」相手は維心そっくりの声で言った。「なんとの、王妃が供も連れずに一人でこのような所へ。」

維月はばつが悪そうに言った。

「私は元は人でありましたので…王は、私がこのように出掛けるのを、快く思われては居られませぬ。ですが、こちらに宮があるのを最近偶然知ったので、王が会合に出掛けられておる隙にと、参ってしまいました。」

維明は微笑んだ。

「良いでないか?珍しいものには、惹かれるもの。見たいと思うのも道理であろう。が、維心が帰って来るのを感じる…主は帰った方が良いぞ。」

維月はハッとして慌てて飛び上がった。

「それでは、失礼致しまする、維明様!」

維明は頷いた。

「また、参られよ。」

維月は急いで飛び立った。

維明は、それを目を細めて見送った。


維心は、居間に戻ってそこに維月が居るのを見てホッとした。確かに出掛けてはいたようだが、しかし大事なくこうして戻っている。

「今帰った。」

維月は頭を下げた。

「お帰りなさいませ。」

維心は維月を抱き寄せた。

「維月、変わった事はなかったか?おとなしくしておったであろうの。」

維月は頷いた。

「はい。」

維月は維心を見上げた。維明様は、間違いなく維心様の近しい親族であろうに。なぜにご紹介くださるどころか、存在すら教えてくださらなかったのかしら…。

維月がじっと黙って維心を見ているので、維心はその物問いたげな視線に眉を寄せた。

「…維月?どうした、何か聞きたいことでもあるのか。」

維月は頷いた。

「維心様…維心様の縁者とは、瑤姫のみでいらっしゃいまするか?」

維心はびっくりしたように黙ったが、答えた。

「…叔父が、まだ生きておるの。」維心は言った。「実は我よりも歳下の叔父での。我の祖父が死んで、実に800年という時間生まれ出ることがなかった。訳は、話せば長くなるのでまたにするが、我がまだ100歳にも満たない時に生まれたと聞いた。我の縁戚はそれだけよ。」

維月は頷いた。

「きっと、そのかたですわ。」維月は言った。「維明様。私、本日お会いしましたの。でも、維心様より少し年上のような外見でいらしたけど、神は見た目ではわかりませんものね。」

維心は、絶句して維月を見た。維月は、いけなかったのかしらと心配になったが、黙っていた。

「…叔父は、姿を見せたのか。」維心は、やっと言った。「主の前に?」

維月は不思議そうに頷いた。

「はい。お庭をずっと見て、帰ろうとした時に話し掛けて来られました。」維月は言った。「少しお話しただけで、すぐに戻りましたので、お名以上は分かりませんでしたの。でも、とても維心様に似ていらしたから、きっと近しい縁者だと思って…。」

維心はまだ呆然としていた。

「話し掛けたと。」と、視線を落とした。「あちらから…。」

そのまま、じっと考え込んでいる。維月はどうしようかと思った。ただ、維心様の親戚を知らなかったのが妻としてどうよと思ったから、聞いただけだったのに。

「…もう、二度と行ってはならぬ。」維心は、不意に言った。「叔父の屋敷へは行くでない。人も少なであるのに、王妃が行ってはあちらも困ろうほどに。わかったの。」

維月は眉を寄せた。

「でも、あそこのお庭はとてもきれいで。では、共にお連れくださいませ。」

維心は首を振った。

「ならぬ!」維心は強く言った。「叔父は静かに暮らしたいと申したからこそあそこに屋敷を与えておるのだ。我らが押しかけては、それも叶わぬゆえに。良いな!」

維月はふいと横を向いた。

「またそのような…確かな理由もおっしゃらずに命じられまするのね。隠していることは何もないとおっしゃりながら、私に隠していらっしゃるのですわ。維明様はまた来るようにおっしゃって下さいました。維心様の叔父上であられるなら、私も話してみたいのに。」

維心は首を振った。

「そうではない。我を愛しておるなら、我だけで良いであろうが。叔父は関係ない。我の縁戚と話してなんになるのだ。別に支障はあるまい?」

維月は横を向いたまま言った。

「私がそのように申したら、維心様はどうお思いになられるのでしょう。」維月は立ち上がった。「もう、よろしいわ。何と申しても、良いとはおっしゃらないでありましょうから。失礼致しまする。」

維心も立ち上がって維月の腕を掴んだ。

「なぜに主はそのように無理ばかり申す!何が悪いと言うのだ。知らぬでも、今まで何もなかったであろうが。」

維月は維心を睨んだ。

「隠し事などないと申されながら、心を繋いでもご都合のお悪い事は上手に隠してしまっておりまする。維心様はずるいかたですわ。」

維心は眉をひそめた。

「別に隠しておったのではない。知らぬほうが良いと思うておっただけのこと。」

維月は横を向いた。

「…知らぬほうが良いことが、一体どれほどあるのでしょうか。」と、腕を振り払おうとした。「お離しくださいませ!」

維心は手に力を入れた。

「ならぬ!」

維月はキッと維心を見た。

「もう、維心様など知らないから!バカ!」

維心は驚いた。急に素の維月になったからだ。

「な、何を言って…、」

維月はキラキラと光輝いた。維心はハッとした。そうだ、実体がないから、月に帰ることが出来るのだった!

「待て!維月、話を聞くのだ!」

《聞きたくありません!》

光りに戻った維月は、そのまま空へと打ち上がって行った。維心は慌てて窓辺に走り寄った。月に、維月の気がする。

「維月!戻って来い!」

《……。》

答えはない。気の感じからすると、完全に怒っているようだ。どうしたものかと思っていると、北の方角からもう一つの光の玉が打ち上がって行った。十六夜が、維月に気付いて自分も月へ帰って行ったのだ。

こうなると、自分にはどうしようもない。維心は頭を抱えた…確かに、自分は心を繋いでも、どうしてもと思うことは伏せて置くことも出来る。それを維月が知って、自分を信じられなくなるのは道理と言えば道理だった。しかし、叔父のことは…。隠していても、我らの仲に支障はなかったではないか。我は、他に女も居らぬし、居ったこともないのに。しかし維月は、それすらも隠していると思うているのだろうか。

落ち着いたら、十六夜に相談してみようと維心は思った。

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