その7:完敗
爆弾騒ぎから二日目の夜、星空のようにきらめくウォルガレンの滝の前にかかった橋の
上で、レッシュはボーッと滝を眺めていた。
延々と流れ落ちてくる水流が地面にぶつかり、はじけてはレッシュの下を通り下流へと
流れていく――そんな流れを何度も見やり、時折口から漏れるため息に、我ながら嫌気が
差す。
「なんだ、ここにいたのか」
背後から現れたハンターが、レッシュに声をかける。レッシュは振り向きもせず、不機
嫌そうに返答した。
「ここ以外に、心を癒せそうな場所があるのかしら?」
「いや、ないな。間違いなくここが最高の場所だ」
レッシュの隣に陣取ったハンターが、顎に手をやりうつむく。しばらく無言のまま時が
過ぎ、先に口を開いたのはハンターだった。
「今考えれば、最初から不自然なことばかりだった。本当に爆弾を仕掛けたのならレスチ
アがオートエーガンに姿を現す必要などない。解除も難しいものはほとんどなく、クイズ
もおれたちの得意分野が多かったしな。レスチアは爆弾もどきを発見して欲しかった。そ
して最後には失敗して爆弾でないことを知って欲しかった」
「全ては王都の命令で動いている、わたしの監視をなくすため……」
ハンターは黙って頷いた。レッシュは両手で頭を抱え、小声でうめくようにぼやいた。
「自警団にみっちりと説教されたよ。人騒がせにもほどがあるってね。この分だと王都に
も連絡が行くだろう」
「だれしも失敗はあるさ」
「失敗程度ならね。でも完敗ってのは初めてなんだ」
橋の欄干に頭からもたれかかり、レッシュは大きく息を吐いた。横から見える顔色は、
少し青ざめているようだ。
「まったく、敏腕盗賊のレッシュともあろうものが、尾行を見抜かれるなんて情けない」
「ああ、まったくだ……泣けてくるよ」
いつものセリフが聞こえてこなかったことで、ハンターは想像以上にレッシュが落ち込
んでいることにようやく気がついていた。
レッシュはハンターと目を合わせないまま、欄干に顎を乗せて呆然と滝を見つめるだけ
だ。心なしか潤んだ瞳で、かすかに体を震わせている。
「まあ、そのなんだ……」
ハンターは頭をかきながら、独り言のように淡々とつぶやいた。
「今回の事件で良かった点もある。これから先、滝の警備はさらに厳重になっていくだろ
うし、レスチアだってマスカーレイドに来るだけで、尾行とまでは行かなくともチェック
されるだろう。なにより、本当の爆弾だったら今頃ウォルガレンの滝はなくなってたかも
しれないんだ。そう考えれば……」
「気休めだな……」
「気休めでも、いま一番レッシュが欲しているものだろ? 行動を非難せずに肯定してく
れる人は」
フッという短い笑いと共に、レッシュが顔を起こしてハンターを見た。先ほどまで真っ
青だった表情に、わずかだが赤みが差してきている。
「さすがはハンターだ。よく分かってる」
フーッと細長い息を吐き、レッシュは大きく背伸びをした。
「くよくよしてもしかたがないか……」
「そういうことだ。大事なのはウォルガレンの滝を護りきること。その点に関して言えば、
今回は成功ってことになる」
「物は言いようだな」
「なに言ってんだ。言いくるめは盗賊の得意分野だろ?」
「盗賊って呼ぶな」
レッシュの言葉で、二人に笑みが戻ってくる。ハンターはレッシュの頭に手をのせ、髪
の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「な、なにすんだ!」
あたふたと髪を元に戻そうとするレッシュを笑い飛ばしながら、ハンターはくるりと向
きを変えた。
「さっ、行くぞ。オートエーガンでニオがお待ちかねだ」
「ニオが?」
「いいから来い」
ずんずんと進んでいくハンターの後を、レッシュは慌てて追いかけていった。