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雨が降っても

 7日に上げたかったんです。すみません。でも書き出したの7日って言う……。せめて9日に上げたかったんですけどね!! 10日になってしまった。そして14日分はまだ考えてない。


 七夕だというのに、晴れていない。それはすごく、空しい。

 家の窓から外を見て、溜息を吐いた。折角の七夕なのに、何だってこんなに酷い雨なんだろう。ちょっと落ち込む。落ち込むにもほどがある。

「折角、織姫様と彦星様が会える日なのに、ね」

 窓を開けて、そのひんやりとした風を迎え入れる。

 ここ最近すっかり暑くなっていたが、雨だと気温が低くなる。むっとするような湿気もなく、実に心地よい風が辺りを包んだ。

 それとともに、雨特有の匂いがして、何だか余計悲しくなった。雨がそんなに嫌いなほうではないが、今日ばかりは流石に凹んでしまった。

 この雨さえなければ、二人は会えるのに。

 一年に一回しか会えないならば、せめて今日は晴れて欲しかった。梅雨の時期にこんなことを思うのも、無茶なのかもしれないけれど。

 そう思うのは、自分が月に一度しか彼に会えないからだろうか。

 彼らに同情しているのかもしれない。少なくとも自分は、一ヶ月に一度彼に会える。

 メールだって、電話だってできる。

 まぁ、わたしからすることは少ないから、ニコがもっぱらしてきてくれるんだけど。

「会いたい、ね」

 携帯に話しかけて、ちょっとだけ苦笑した。

 あと一週間もすれば十四日だ。何をそんなに急いているのやら。

 声を聞きたいなら電話すればいい。何だったら会いに行こうか? と聞かれたこともあったっけ。

 それは嬉しかったけど、遠慮しておいた。彼には彼の、あっちでの生活があるんだから。サンタさんの延長線上のこの場所に、日常生活を送っている彼を引きずり込みたくはない。

「ニコ」

「どうしたの? コトハ」

 試しに呼んでみて、返事がして、幻聴かと思って……。

 次の瞬間に窓の方へ振り向いた。そこにいたのは、びしょぬれの彼。びっくりして、口が開いて、しばらく声さえ出なかった。

 それからしばらく彼を見つめて、そしてやっと吐き出すように声を出す。

「ど、して。ここに、いるの?」

 ぽたり、ぽたりと彼の淡い髪から雫が落ちる。

 その雫を掬うように手を伸ばして、彼の髪に触れた。ヒンヤリと冷たい感覚がして、初めて彼の体を心配するに至る。

「コト……」

「待ってて!」

 部屋に入れようと手を引っ張れば、『部屋が汚れちゃうから』と笑って辞退されてしまう。

 それでも無理やり入れようともがけば、そっと手を握られて放される。

「部屋、汚れるから。ここでいいよ。すぐ帰るし」

「タオル持ってくるから。お願い、入って」

 すでに彼の腕にしがみつくまでになっていて、自分自身の服もしっとりと濡れ始めていた。

 しかしそんなことはどうでもよく、彼の腕をひたすらに掴む。放してしまえばすぐさま帰ってしまうだろうと簡単に想像できた。

「ニコ、お願い。入ってて」

「でも」

「お願い」

 目に力を入れて、彼の瞳を見つめる。

 あまりに力がすごかったのか、彼は一度肩を揺らして靴を脱いだ。

 床に足を置く寸前、やはり躊躇したがわたしはその躊躇さえ許せなくて闇雲に彼を引っ張り込む。

 彼が入ったことを確認してから窓を閉め、それから足早に部屋から出てタオルを取りに出る。

 足が絡まって、階段を危なげに降りてからタオルを掴む。それから台所にいた母にホットミルクを頼んで、また階段を上った。

「ニコっ!」

「あー、ごめんね。濡らしちゃって」

 タオルを手渡せば、申し訳なさそうに眉を寄せてニコは受け取る。

 しかし彼が拭いたのは彼自身ではなく、少ししか濡れていないはずのわたしの服や髪だった。慌てて離れれば、『まだ濡れてるよ?』と笑われた。

「わたしはいいから! ニコは自分を拭いて」

「別に平気だよ。コトハが風邪引かないか心配なだけだから」

 勝手に心配させて、と彼が小さく笑った。

 いつの間にかわたしも確かに濡れていて、ぽたりと髪から頬に落ちた。柔らかいタオルで水分を吸い取られると、濡れてたんだと分かった。

「でも。ニコの方が酷いけど」

「あー。急に降ってきちゃったんだよね」

「朝から降ってた!」

「えーっと、あっちは晴れてたんだよ」

 苦く笑って、彼は『着替えておいで』と頭を撫でてくれる。

 その手はすごく冷たくて、思わず握り締めて抱きしめた。折角、拭いてくれたのにね。冷たい体に精一杯腕を伸ばしてしがみつく。

 少しでも体温が移ればいいのに。

「コトハ。本当に風邪引くから、離れて」

「いやっ」

 ぎゅっと力を込めて、拒絶の意思を示す。

 子供っぽいその仕草にニコは呆れたように溜息を吐いた。少しだけ自分の行動を後悔したが、止めるつもりはなかった。

「コトハ。お願い」

 ニコが少し苦い口調で言って、わたしの肩を掴む。

 それからゆっくりと引き剥がされて、わたしの両腕は宙に浮かんだ。何か、悪いことをしてしまっただろうか。折角拭いてくれたのに、また濡れたから?

「拭くから、ちょっと待ってね」

「お父さんのでよかったら、服もって来るけど……多分、身長は変わらないし」

 ただし、お父さんが着るので、あくまで『お父さん』の服です。

 決して若者が着るデザインではありません。あしからず。いや、そこまでオジサンっぽくはないと思うけど。

 頑張れば若い人が着ても……無理か。

「えっと、脱衣所。こっちだから。お風呂も入って」

「コトハも入るの?」

「入るわけないでしょ」

 階段を下りて少し奥に入ったところ。

 玄関からは分かりにくいそこに脱衣所はあって、そこから母に向かって『お湯のスイッチ入ってるー?』と聞いた。

 すると『入ってるわよ』と聞こえて、少し安心した。

「えっと」

 脱衣所に入って、かごを用意する。それからお風呂に入ってシャワーの掴みを回した。

「これね、右に回すとシャワーなの。左に回すとこっちから出るから気をつけてね」

 そう言いつつ、お風呂の蛇口を示した。

 お湯はすぐ出るから、と言いつつ後ろを振り向けば、彼は苦労しながら上のシャツを脱いでいた。まだわたし、ここにいるんだけどな。

 ニコ、分かってるのかな。

「濡れたやつはこれに入れといてね。洗濯しとくから。えっと、あるものは好きに使っていいから! タオルここに出てるからね。ごゆっくりっ」

 慌てて外へでて、それからお父さんの服何かないかなぁ、と考える。

 そのとき台所から母が出てきて、『ホットミルクはー?』と聞いてきた。あ、忘れてた。

「ニコに今、お風呂入ってもらってるから。あと、お父さんの服何かない? ニコの服濡れちゃって」

「あらー。この雨の中来たの? ニコ君、なかなか情熱的ねぇ。泊まってもらえば?

そしたらお父さんのパジャマ、大きいの買ってるから入るでしょう? お洋服も乾くし。晩御飯、何か足した方がいいかしらー」

 お母さん、それ問題じゃないし。

 一番の問題は、チャイムが鳴ってないのに娘の彼氏がこの家の中にいることだろう? 違うの??

 この人の順応性の高さに眩暈を感じつつ、溜息を吐いた。とりあえず、ホットミルクはまたあとでチンしてもらうとして、パジャマだ、パジャマ。

「ねぇ。ことちゃん」

「何?」

「下着、どうしようかしらねー」

 ぶっと噴出したのはわたしで、思わず母の顔を凝視してしまった。

「えっ、えぇっ」

「あら、いやね。ことちゃん考えてなかったの? お洋服のことは考えてたのに」

「だ、だって!」

「さすがにお父さんのを貸してあげるわけにいかないでしょう? この辺で買って来れるところってあるかしら。あ、お父さんの下着って買い足してないかしらね」

 ちょっと待っててね、という母を見送り、ぐるぐる回っている頭の中の単語たちを整理し始める。

 一気にことが起こりすぎて動揺しているらしい。確かに、今日は彼が来る日ではないから当然か。

 ざーっと遠くの方で水を使う音がする。

 時々途切れたり、再開したり、床に水が当たって跳ねる音がしたり。何だか心臓に悪い音ばかりだった。

 否応にも彼がそこにいて、シャワーを使っていると言う事実が分かった。

「暑い、熱いー」

 気温が暑いのか、はたまた顔が熱いのか。

 座り込んで、脱衣所の扉に頭を持たせかけ、一人で声を上げた。会いたいとは思ったけど、思ったんだけど。

 確かにそれはそうだから、文句何て言える立場じゃないんだけど。

「何か恥ずかしい」

「ことちゃん、あったわよ。よかったわね。じゃ、これ。ニコくんに渡してね」

 手渡されたのは、まだ袋に入っている下着一式。

 え、コレをわたしにどうしろと言うんですか。そう思って母を見上げれば、母は頬に手を当てて目を細めた。

 目じりにしわがよって、笑顔の形になる。

「やぁね。恥ずかしがってるの? 手渡してあげてね。さてー。お夕飯もう一品増やしますか。ニコ君、日本食大丈夫かしら。お肉とかの方がいいかしらね、若いから」

 そんなことを言って、母は足早に去って行った。

 それを見計らって、ゆっくりと立ち上がった。そしてコンコンとノックして、彼が出ていないことを確認する。

 それからそっと中へ入り、お風呂場の扉をノックした。

「あの、ニコ?」

「何ー?」

 篭った声が聞こえる。

「あの、ね」

 下着ここにあるから、使ってねって言えと。わたしに。そんなこと、この口から出てくるとは思えないんだけど。

「大丈夫? えっと、使い勝手とか、悪かったら言ってね。だから、あの」

 だんだんと小さくなる声、何がいいたいのか分からない口調。

 動揺しまくって震える声。

「あの、ね。えっと……だから」

「コトハ?」

「下着っ、使ってないやつここに置いとくから。使ってね! パジャマも」

 ばたんと脱衣所の扉を閉めて、部屋に逃げ帰る。

 手早く着替えてしまおうとシャツを脱ぎ、簡単な着替えを終えた。そんなに大層な服を着ていないし、少ししか濡れてなかったから大丈夫。

 髪が少し濡れてるけど、大丈夫。うん。

 震える手で着替え終った服を下に持って行き、洗濯機の中に放り込もうとしてはたと気付く。洗濯機、脱衣所の中だ。

 今ちょうど、お風呂から上がったくらいだろう。

 入るわけにはいかないし、でも濡れた服を持ち続けるわけにもいかないし。そう思いつつ脱衣所の前でウロウロする。

 相当の不審人物である自覚はあったが、チラチラ動く影を見て入るわけにもいかなくなった。屈んだりする彼の陰を見て、そっと視線を外した。

 とりあえず部屋に帰ろうとした瞬間、後ろで脱衣所の扉が開いて肩が上がった。むしろ体全体で飛び上がった。

「ニ、ニコ」

「それ、洗濯するの?」

「うん」

 ついでに彼のものも一緒にしてしまおうと思って、彼が持っていたかごに手をかける。

 しかし彼は離さずに、にっこりと笑ってこちらを向いた。

「洗ってもらうのは少し気が引けるから、ビニール袋とかある? もって帰るから。あと、パジャマありがとう」

「パジャマは、お母さんが見つけてきてくれて。あと、洗濯はするから! すぐ乾くよ」

 無理やり彼からかごを奪おうとする。しかし彼も手は離さず、ただいつもどおりの笑顔を向けていた。

「一緒に洗えばすぐだし」

「コトハは、嫌じゃないの?」

 何が? と首を傾げた。何が嫌なの? あ、洗濯すること?

 でも洗濯は、洗濯機がしてくれるし。ついでに乾かしてくれるし。何も面倒なことじゃないから大丈夫なんだけど。

 そう思って彼を見れば、顔が赤かった。

「あの、だから。洗濯物、触るの」

 触るの??

「へっ、あっ。や! あの!! 嫌とかそういうんじゃなくって」

 言っている意味が分かって赤面した後、何とか取り繕うとするのに言葉が出てこなくてしどろもどろになってしまう。

「ごめんね、コトハ。折角のサマー・バレンタインだから会いに来たのに、迷惑ばかりかけて」

 相手が申し訳なさそうに肩を落とすので、今度こそかごを無理やり取り上げて、洗濯機に中のものを放り込んだ。

 それから自分のシャツも入れて、洗剤箱に手を伸ばす。

 ……色物とか白物とか、分けた方がいいのは承知の上です。でも確かめる勇気はないんです。見たところ、真っ白なものはないのでよしとする。

「ニコ。あのね」

 恥ずかしい。すごく、恥ずかしい。

 お風呂上りの彼はほんのりと桃色の頬をしていて、お父さんのパジャマから伸びる手足は長い。

 薄い生地のそれは彼の体の線をはっきりと映し出していて、思わず目をそむけた。

 広く開いた襟首から覗く首元は、すごく色気があって顔が赤くなる。すっと伸びた筋とか、鎖骨とか。その辺りが彼の『男性』の印象を強くしていた。

「会いにきてくれて、すごく、嬉しかったの」

 落ち込む彼を慰める言葉など、わたしは知らない。

 今この色んな恥ずかしさを、彼に伝える術も持たない。

 自分がどれだけ動揺しているかは、言葉の震えや顔の赤みで気付くだろう。だけど、これだけは口で伝えなくては。

「声が聞きたいと思った。話がしたいと思った。ニコの笑顔が見たいって、そう思ったよ。だから、迷惑とかじゃなくって、本当に嬉しくて……だから、謝ってほしいわけじゃないんだよ」

 ありがとう、とゆっくりと言葉を出した。

 聞き取って欲しくて、伝わって欲しくて、精一杯を口に出した。拙いけれど、言っておかなければいけないと思ったんだ。

 雨の中、寒い中、わたしのために来てくれたんだから。

「コトハ」

 引き寄せられた胸は温かくて、ほんのりと自分が使っているのと同じものの香りがした。未だ湿った髪に手を伸ばせば、さらりとした感触がした。

「ごめん、好きすぎて我慢できなかった。十四日なんて、遠すぎる」

 強めに抱きしめられた。薄い布地が少し恨めしくなる。

 彼の体温がこんなに近く感じられるのは初めてで、幸せよりも動揺が先にたつ。

 お湯に当たったばかりの肌は温かいというよりむしろ熱くて、不快ではないけれどドキドキする。

「一週間後に、会いに来るから」

「泊まっていく? ってお母さんが」

「ありがたいけど、やめとくよ。服乾いたら帰る」

 それまでは、傍にいさせてくれる? 一ヶ月に一回しか会えないけど、それでもそのときは絶対会いに来るから。

「雨が降っても、雪が降っても。何が起こっても、一ヶ月に一回は絶対に会いに来るから」

 そう言ったニコは、いつもの穏やかな笑みではない真剣な顔をしていた。

「それ以上離れているのは、僕が耐えられない」

 そう言った彼の声は、今までのどの言葉より甘く響いた気がした。

 二度目のキスは、ちょっとだけ長くて。

 前のものより少しだけ、本当に少しだけ、慣れたような気がした。


 ニコは紳士です。ゆえに、ときどき彼の行動は裏にどんな意味があるのか勘ぐりたくなります。こんな人ですみません……。


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