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花も敵わぬ

 相変わらず甘々なので、苦手な方注意。デージーの花言葉は色々とあるのですが、わたしはお話に出てきたものを推してます。

 素敵だと思っているのですが。


 大学というのは随分と自由なものだと思う。裏を返せば、帰属性が薄いとでもいうのだろうか。

 小・中・高と自立心のカケラもなく育ってきたわたしには、少々居辛い場所だ。何せ決まった教室さえない。

 いつもどこへいればいいんだろうと考えてしまう。

 授業はいいんだけど、空コマがね。二期生になってもそれは変わらず、ただふらふらと図書館や学生サロンを漂っていた。

「授業、終わった」

 やっと終わっても、取っている授業が違えば教室も違う。

 友人にメールを送るか迷うが、結局止めた。一緒に帰ろうというためだけのメールというのは、何だか少し幼い印象を持ってしまう。

 大学生なのだから、という意識は一年のときから変わっていない。

 むしろ少し強くなってきた。大学生なのだからこうしなきゃ。大学生だからこうあるべきだ……などなど、仕様もないと言ってしまえばそれまでだが、結構切実な悩みだった。

 何より、大人っぽくいることが求められている気がして、微妙に落ち着かない。

「高校のときの気楽さはどこ行った」

 一人で怪しい独り言を呟きつつ(一人で言うから独り言なのだという当然のつっこみは聞かなかったことにして)、校門に向かう。

 いつも使用しているのは正門ではない方のもので、人通りが少ないのがお気に入りの理由だった。

 今日は寄るところもあるし、やることもあるからなるべく急いで帰らなくては。何せ今日は十四日なのだから。

 使う人もいないのにときどきいらっしゃる守衛さんに挨拶をし、門から出ようとした瞬間携帯が震えた。

 学校に居るときは常にマナーモードなのだが、授業が終わるとバイブだけ入れているのだ。

 と、いうのもマナーモードにしっぱなしでメールが届いても気付かず、休講の情報を何度か逃したからだ。あとで知ったときの衝撃は結構なものがある。

 それ以来、こまめなメール確認と、バイブは必須だった。

 どこに仕舞ったかな、とポケットや鞄を探る。やっとの思いで取り出した携帯を開けば、ここ一ヶ月で随分と見慣れた登録名が見える。

 と同時にメールを開いた。緊張で震える手に、『何度目だ』とつっこむ。

「ニコ」

 メールの送り主はまさしく彼。

 目を走らせれば、話している言葉同様正しい日本語が並んでいる。いや、わたしよりよほど文章を練るのが上手かもしれない。少し落ち込む……。

『大学前で待ってるよ。正面の門ね。授業終わったらメールしてくれると嬉しいな』

 慌てて方向転換するとともに、携帯電話の電話帳から彼の電話番号を呼び出す。

 わたしからの初めての電話がこんな形でなされようとは。それでも、普通だったら迷ってしまっていたかもしれないから、こんな形であってよかったと思う。

 迷う時間なんて、ないほうがいいのかもしれない。

『もしもし? コトハ、授業終わった?』

「うん。今そっち向かってるから」

『あ。そうなん……』

 声は聞こえる。聞こえる、がかろうじて聞こえる程度だ。

 はっきりとは聞こえずに、ニコの電話の後ろのほうで明るい声がいくつも聞こえた。おおよそ何が起こっているのか分かるような気もする。だって黄色い声がほとんどだし。

「ニコ」

『うん?』

「大学、入っていいからさ。目の前の大きな建物の方に歩いて来れる?」

 この大学は、図書館が一般に開放されているので『入るだけ』なら誰でもできる。

 まぁ、まれに止められることもあるらしいが。留学生が少ない学校なので、彼のような容姿は目立つからどうなのか分からない。

 それでもそこに彼がいれば目立つのは必須だと思うし、声もかけられるだろう。何だかそれは、少しだけ面白くないようなそうじゃないような。いや、面白くないんだけど。

『えーっと、図書館のこと?』

「分かる?」

『うん。コトハの通ってる大学ってことで、この前調べたから』

 にへら、と笑う彼の表情が浮かんだ。少しだけ照れたように、それでも嬉しそうに。

 そんな表情を出すとき、決まって彼はこんな柔らかくて温かい声を出す。出会って半年もすれば、これくらい分かるようになっていた。

 もっとも、会う数はすごく少ないんだけど。

「あ」

『見えたね』

 向こうの方で彼の髪が見えた。淡い色の髪は、夕方の日の中でも十分に明るく見える。

 それもそうか、暗い場所でも目立つんだから。そう思いつつ、携帯を耳に押し付けたまま彼の元へ走った。

「『いつまで耳に携帯つけてるの?』」

 声が二重になって届く。目の前にいる彼の声と、電話越しの彼の声は少しだけ違って聞こえた。

 目の前にいる彼にふわりと笑われて、慌てて携帯を耳から離して切った。それを確かめて、目の前の彼も携帯電話を仕舞う。

「走ってこなくてもよかったのに」

「ううん。待たせるの、苦手だから」

 彼がここに来るとは思っていなかった。手を髪に当て、意味もなく前髪をすく。

 そわそわと服の裾をいじって、非常に落ち着きがなくなってきた。一体何のために来たんだろう。

「ニコ、どうして、きたの?」

「来ちゃダメだった?」

「そうじゃないけど。夜、来るのかと思ってたから」

 いつものように窓から入ってくるのかと思っていた。回数が増えて、それ以外の登場の仕方も何回かあったけど。

「彼氏が彼女に会いに来るのに、理由がいる?」

 小首を傾げられ、ぐっと黙った後に顔へ熱が集まる。

 『彼氏』って、彼のことで合ってるんだろうか。実感が湧かないから、こういう言葉は素直に恥ずかしいと思う。好きなのは事実だけど。

 事実なんだけど。何と言うか、彼と自分の間には何か隔たりがある気がしてならない。

 恋愛感情かと聞かれればそうなのだが、何と言うか……自分の感情は幼い気がしていた。

「いらない、と思う」

「思うなら、そういうこと聞かない」

 リュックを背負って、小さなバッグを持っての通学。それはいつもどおりの道のりなのに、彼がいるというだけで景色がいつもと違って見えた。

 歩行者専用の通路に埋められた木々も、隣を走る自転車も。

 いつもは煩わしいと思っていた、排気ガスを吐き出す車でさえ全てが優しく、鮮やかに映る。

 そう思った瞬間、手を握られた。バッグを持っている手とは違う手を引き寄せられて、指を絡められる。

 力を入れられず、咄嗟に振り払うように手を引いた。しかし彼はそれを許してくれず、絡めた手を逆に強く握られる。

「いや?」

「いや、じゃないけど」

「けど、何?」

 けど、の後が続かず黙り込む。

 慣れていないの、と訴えれば、そうかと小さく頷かれた。

「ニコは、慣れてるの?」

「慣れては、ないけど。コトハに触りたいとは思うね」

 こういうとき、彼との違いを感じる。別に自分は彼と触れ合いたいと思ったことはなかった。

 ただそばに入れれば幸せで、一緒に話すだけで安心できるし嬉しい。だって、彼はサンタさんなんだし。

 サンタさんと手を繋ぐなんて、想像したことさえ出来なかった。

「触りたいの?」

「もちろん。大好きだから」

 ずるいんだと思う。この人は間違いなくずるい。わたしがそう言われれば、黙る他ないと知っているかのようだ。

 意趣返しに絡めた指に力を込めるが、それさえ彼を喜ばせるものでしかない。

「ねぇ、ニコ」

「ん?」

 穏やかに返事を返してくれる彼が好きです。

 緩く目を細めて、その視線だけでわたしを大事にしてくれる彼が大好き。

「あの、ね。花屋さんに、寄っていいかな」

 だから、わたしも彼と同じだけの『好き』を渡してあげたいと思う。

 できれば、彼が喜ぶ方法で。

 わたしが、精一杯頑張れる方法で。

 でも、わたしにはそれがどんなことか見当もつかないから、やはり彼に助けてもらう。

「花屋?」

「今日、夜に来ると思ってたの。だから、夕方買えばいいかなって」

 花を、贈ろうと思っていた。先月できなかったことを、今月はやろうと。

 同じことをするのは学習能力がないことなのかもしれないし、正直彼にとって嬉しくもなんともないことなのかもしれないけど。

「あの、デージーをね。贈りたいなぁって、ニコっ?!」

 ふわりと体が宙に浮いた。驚いて彼を見れば、ニコニコと笑ってこちらを見ている。

 何と彼はわたしを(本体+リュック+バッグという重荷を)軽々と抱き上げていた。その速さに目を白黒させて彼を見つめる。

「えっ。何?」

「コトハー。もう、大好き!!」

 そのまま小さな子供をあやすように回される。ただでさえ目立つわたしたちは、一気に注目の的だ。

 微笑ましいと見守る目が少し、公衆の面前で何をやっているんだと白い目が半分、バカップルなんて……という僻みを含んだ目が残り。

 そんな視線を受けていた。

「ニコ。止めて! 恥ずかしいから、とりあえず下ろして!」

 何とか脱出を試みたものの、高さと回されている速さについていけずにぐったりとする。

 しばらくすると彼も体力の限界が見えてきたらしい。小さなため息の後、静かに下ろされた。

「ねぇ、コトハ」

「何」

「コトハは少し警戒した方がいい。可愛すぎて、そのうち攫われちゃうよ」

「大丈夫だよ。そんな人いないから」

 攫われるって、わたしは小学生の女の子か何かか? しかも可愛すぎてとか。ニコ、可哀想に。目がよくないんだ。

「で、デージー買いに行くの?」

「ニコさえ、嫌でなければ」

「嫌なわけないでしょ」

 そう言ってから、ニコは少し考え込む仕草をする。あごに手を当てて、小首を傾げて。

 本当にサンタさんらしくない、可愛らしい仕草だった。それから何かに気付いたように、今度はわたしの顔を覗き込む。

「あのさ、コトハ。デージーの花言葉、知ってる?」

「知ってる、よ」

 オドオドとほんの少し身構えて答えた。顔にどんどんと血が集まっていくのが分かる。

 見る間に真っ赤になっているだろう自分自身の顔を思い浮かべ、少しでいいからコントロールが聞いて欲しいと願う。

「何か、聞いていい?」

「デージーの花言葉は」

 あなたが欲しいといった花に込められた想いは。

「無邪気、純粋、平和、希望」

 彼の顔が少しだけ、気付かない程度に沈んだ。

 これは彼が欲しかった言葉じゃない。それは分かった。

「たくさんあったけどね。わたしが一番贈りたいなって思った言葉は」

 どれもあの可愛らしい花に似つかわしい、明るいイメージの言葉ばかり。だけど、本当はそれだけじゃない。

「『あなたと、同じ気持ちです』」

 やっと出た言葉は、思いの外震えていて情けなかった。

 それでも、その言葉が出た瞬間、彼の表情に花が咲いた。どんなに明るい花も敵わないくらい、すごく明るくて優しい笑顔。

「コトハ」

 ふわっと再び抱き上げられた。

 今度はそんなに思いっきり高いわけじゃなくって、回されるわけでもない。ただ目線が彼に近くなって、彼がいつも見ているらしい視界が目に入った。

 いつもより眺めのよい町並みは、彼の目に映っているというそれだけの事実で鮮やかに輝く。こんな世界を、彼はいつも見ているんだ。

 こんな世界の中で、わたしを見つけたんだ。

 それはとても不思議で、ありえないくらいの偶然で、とてもとても幸せなことだ。

「ありがとう」

「それ、わたしの言葉だよ」

「ううん。ありがとう。ありがとう、コトハ」

 彼の声が震えた。

 わたしの出した言葉よりずっと震えていて、泣いているのかと思ってしまうくらいだった。何がそんなに彼の心を振るわせたのか分からなかったが、とりあえず彼の肩に手をおいた。

 その肩もわずかに震えている。

「ずっとね、好きだった」

「うん」

「友達でね、いいと思ってたんだけど」

「うん」

 他の返事が思い当たらず、ただただ頷くことしかできない。

「それでもやっぱり好きで、でも怖かったんだ。もし、君の顔から笑顔がなくなったらどうしようって。どうすればいいんだろうって。ずっと、悩んでた」

「ごめんね」

 ごめんね。心配かけたね。笑顔がなくなるなんてこと、あるわけないのに。

「謝られることじゃないんだ」

 君が、大好きだよ。

「うん。わたしも」

 恥ずかしいのは事実だ。慣れないのはもっと事実。

 逃げ出したくなることだってあるし、顔が赤くなるのだって止められない。正直付き合ってる実感なんて皆無に等しいし、未だに触れたいとは思わない。

 それでも、彼が好きだとは思うんだ。柔らかなその髪も、澄んだ瞳も。わたしを呼ぶ声も。優しい手も。

 いくら幼い感情とはいえ、拙い方法でしか伝えられないとはいえ、わたしは間違いなく、彼に恋をしていた。

 笑われてしまうかもしれないけど、馬鹿にされるかもしれないけど。

 彼が好きだ。

「あー。不味いな」

「え?」

「今日、何の日か知ってる?」

 彼が口元を手で多い、目線を逸らしつつこちらに聞いてくる。

 え、今月も何かの記念日なの? 毎月あるものなの? またお花関係ですか?

「デージーの日、とか」

「そうだよねー。コトハは知らないよねぇ」

 トンと足が地に付いた。それでも感覚としては今だ中を彷徨っているよう。

 ふわふわと、まるで現実感がない。何の日か、なんてすでにどうでもよくって、ただ彼が包んでいた我が身がすごく熱いことに気がつく。

 自分の体が自分のものではないみたいで、ちょっと違和感があった。

 それでもこの熱は、確かに彼からのものだと思うとどうしても『嫌だ』とはっきり確信できない。恋というものは、こんなに厄介なものなのだろうか。

「今日はね」

「うん」

 ちょっと声を潜めた彼に、わたしも釣られて声を潜めて彼に近づく。

 小さな声を聞き取ろうとして彼の口元に耳を寄せれば、あっという間に顎を捕まえられた。『顎を』です。何故?

「ニコ?」

「今日は、キスデーだね」

 恋人が公衆の面前でキスをしても許される日だよ。

 そう言って彼は、理解が追いつかないわたしの唇の端、ギリギリにキスをした。

 ほんの少しずれたその感触は、わたしの思考を停止させるには十分で思わず彼を見つめたままフリーズした。

 一時停止も、ここまでくれば素晴らしい出来だと思う。時間が止まったと言っても過言ではなかった。少なくともわたしには、それくらいの衝撃だった。

「コトハー?」

 彼の呼びかけにも答えることができない。

 何デーだって言った? ニコは今、なんて。

「あー。真っ赤でも可愛いね」

「なっ。ニっ。今っ」

 自分がどうやって声を出しているのかさえ不思議だ。

 よくもまぁ、息が止まらないものだと思う。いっそ、息が止まってもよかったけど。止まってしまえと思っているけど。

「分かった? あんまり可愛いと」

 攫われちゃうよ?

 そう言って彼は、今度こそわたしの唇へ小さくキスを落として笑った。

 柔らかい、触れているのかどうかさえ不確かなその感触だったが、わたしの腰を砕けさせるには十分な威力があった。

「うわっ。コトハ」

 慌てて腰を救う彼だったが、わたしにしてみれば正直そんなことどうでもよかった。そんなことよりよほど大事なことが胸を占めて、何も考えられなくなる。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃ、ない」

 かろうじて答えられるけど、自分が自分じゃないみたいだ。唇が熱い。今絶対火傷してる。間違いない。そのうち腫れ上がってきそうだ。

「いや、だった?」

 心配そうに聞いてくる彼を見て、首を傾げてしまう。『嫌』だったろうか。

 不快だった? すごく嫌だった? 泣いてしまいたかった??

「ううん」

 そうじゃなかった。

「びっくりしたけど」

 びっくしただけだった。

「実感湧かなくって、何かよく分からないうちに終わっちゃった」

 誤魔化すように笑い返すと、ニコはそうかぁと小さく笑った。その笑顔はちょっと照れくさそうで、それでもすごく嬉しそうだった。

 たったそれだけのことで、このキスも意味があったんじゃないだろうかと思えるんだから、わたしも案外現金で単純なのかもしれない。

 そう思って、彼に笑いかけた。


 こんなのほほんカップルがいたら可愛いだろうなぁと勝手に思いを馳せてます。この人たちに、困難とか試練が降りかかるなんて想像できない。


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