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花言葉を君に Ⅱ

 第二弾。シリアスなのか何なのかよく分からないですが、苦手な方注意。いや、むしろべた甘苦手な方注意。


 寒い中一人立っていると、涙が独りでに零れてきた。

 未だに少し寒い夜の風は、容赦なくその流れ出る涙を掬い取っていく。涙の流れた痕が、すっと涼しくなった。

 家の前で立って、一人泣いている自分は、さぞかし滑稽なことだろう。そう思うのに、涙は止まらず、ただひたすらに一人を待っていた。淡い髪と、澄んだ瞳を持つ彼を。

 優しい笑顔で、こちらを向いて、名前を呼んでくれるサンタさんを。

「にこぉ……」

 何で泣いているのか、自分でも分からなかった。

 ただ一つの嫌な予感が、胸を締め付けて、どうしようもなくなっていた。待っているのに、彼は来ない。どうして、どうしてだろう。

 聞いちゃいけないことを聞いたから?

 彼の色んなことを知りたいなんて思ったから?

 また会いたいなんて、思っちゃったから?

 家の前で、恥ずかしげも泣いていたわたしの前で、一陣の風が吹いた。

 寒い、とは言ってももう五月。日中は少し汗ばむくらいなのに、そのとき吹いた風は真冬のように凍える寒さだった。

 そして、その風が吹き止む前に、求めて止まない声が聞こえた。

「コトハ? え、どうした――」

 どうしたの? と柔らかい声が聞こえてくる前に、自分の体は勝手に動いていた。

 ふわりと地面に降り立ったはずのトナカイは、空気に溶けるように見えなくなっていた。だけど今はそんなこと関係なかった。

 ただ彼の元に走りよって、ぎゅっと彼の服の裾を掴んだ。

 抱きつくわけには、いかなかった。胸を占める予感が、無邪気に抱きつくなんて行動を許さなかった。

「なっ、ちょっとコトハ。どうしたの? ねぇ、泣いてるの?」

 びっくりしたような彼の声に、ううん、と首を振る。

 しかし彼はため息を吐いて、『泣いてないわけないでしょ』と涙を拭ってくれる。その手が優しくて、また涙が出た。

「コトハ?」

「黄色のっ、バラ」

「ん?」

 言いたいことはたくさんあったのに、出てくるのはそんな言葉で。

 でもそれだけじゃ伝わらないことはきちんと分かっているから、また声を詰まらせながら言葉を吐き出そうとする。

 声が、声が出ない。でも、言わなければいけないことがある。苦しくて、それでも搾り出すように声を出した。

「黄色の、バラのっ。花言葉」

「えっ、調べたのっ?!」

「友達に聞いたの。……もう、会わないってこと、だよね」

 自分で言ったことなのに、手から力が抜けて、握っていたはずの彼の服の裾から手が離れる。ぱたり、と音を立ててその手がわたしの体に当たり、少しの間揺れた。

「え? コトハ? 何、が?」

 焦ったような彼の声に、もう何も言えなかった。

 言ってしまえば、それが現実だと自分自身が認めているようで、すごく嫌だった。あぁなんで、彼の裾を手放してしまったんだろうと、今更ながらに悔いた。

「コトハ。話が見えないんだけど、えっと。話を、聞かせて? 友達が、黄色のバラの花言葉を教えてくれたんだよね? それでなんで僕が。……あ」

 何かに気付いたような声、それから小さな唸り声が続く。

「ねぇ、もしかして。その黄色いバラの花言葉って、『誠意がない』とか『別れよう』とかそういう系統?」

 びくっとして、彼から離れようとする。まさに図星を突かれたからだ。

「あのっ。ニコ。わたし、何が悪かったのか分からないの。自分が、ニコに何か悪いことをしたのかずっと考えたんだけど、でもっ、分かんなくって」

 確かに、悪いことをしたはずなのに、それさえ分からないなんて。

 一週間以上考え続けたのに、何も出てこなかった。確たることは何も分からずに、ただ可能性だけは増えていった。

 色々な可能性。でも、どれもがありえるけど、確かなことは何もなくて。

「サンタさんのこと、色々調べたから? ニコのこと、知りたいって思っちゃっ」

 言い終わる前に、少しは慣れていた距離を縮められる。

 恐れるように体を引く前に、彼はぎゅっとわたしを抱きしめた。逃げようともがくことさえ出来ずに、ただされるがままになっている。

「ごめんね。コトハ。ごめん。ごめんね……本当に、ごめん」

 繰り返される謝罪の言葉が何を意味するのか分からずに首を傾げた。

 一体、何を謝られているのか分からなかった。わたしが、悪いことをしたから黄色いバラを贈りたいって言ったんじゃなかったの?

「違う。そんな意味で送ったんじゃないよ。ごめんね。傷つけたね。一杯、泣かせちゃったね。ごめん、コトハ。

黄色のバラを贈りたいとか、この前言ったからだよね。それが、コトハを追い詰めてたんだね」

 よしよし、と頭を撫でられた。それからゆるゆるとまた抱きしめられて、頭の上で息を吐かれる。

 今気付いたけど、わたしよりニコはずっと大きかったんだ。もっと小さいイメージだったのに、彼はすっぽりとわたしを覆っていた。

「あのね、コトハ。コトハは何も悪くないよ。なーんにも、悪くなんかない。ね、だからまず、顔を上げて?」

 優しい口調は、一ヶ月前と同様で、何も変わってなかった。

 次に会うとき、一体どんな表情で見られるんだろうと不安に思っていたのに、その顔は穏やかだった。その少し苦い笑顔にやっと安心して、彼の顔を見られるようになる。

「うん。ありがとう」

 顔を上げれば、ニコは笑ってお礼を言ってくれる。だけど何も分からずに、恐る恐る訊ねてみた。

「ニコ。あの、わたしは、悪くないの?」

 何としてでも、その証明が欲しかった。

 わたしが何か悪いことをしたから、あんなことを言われたわけじゃないと、そうニコ自身の口で言って欲しかった。

「うん、むしろ悪いのは僕の方だから」

 えっ、と声にならない疑問符が飛ぶ。何を言っていいのかよく理解できず、ただ黙っているわけにもいかなくて首を傾げた。

 彼は、何が言いたいんだろう。

「ごめんね。コトハ。悪いのは、僕だね」

 違うと、言いたかった。たとえ彼がどんなことを言っても、違うと伝えたかった。ニコが、悪いわけじゃない。

 誰も、何も悪くない。それで、いいんじゃないの?

「ちがっ」

「身勝手に花を贈って、誤解させて、泣かせて」

 こんなことなら、想いを込めているなんて言わなければよかった。

 そんなふうに、彼が言った。自嘲気味で、どこか眉を寄せて。

「素直に、言えばよかった」

 ニコの目が、優しく揺らいだ。澄んだ青が細くなって、淡く輝く。

 暗いこの空間で、その青は予想以上に際立っていた。ぼんやりと、分かっていたことが今はっきりと分かった。

 友達として、近くにいて欲しかったんじゃないんだと。もっと近くで、もっと違う関係で、わたしは彼を見ていたのだと。

 サンタさんだから、あんなにドキドキしたわけではない。サンタさんだから、もう会えないかもしれないと思ったとき悲しかったんじゃない。

 ただただ単純に、恐ろしいと思ったのは、わたしが彼を、大切に思っていたからだ。

 友人に対するもの以上の、一般的に恋愛感情というものが私の中にあるとするならば、きっとこの感情なんだろう。

 この感情をこそ、恋というんだろう。

「ニコ」

「コトハが、好きだよ」

 はっきりとした、言葉だった。

 ぽかんとするわたしとは対照的に、彼はその細めた瞳をそのままに言った。隠すことも、照れることさえなく、妙にすっぱりと口にした。

「黄色のバラの意味も、白いバラの意味も、全部君が好きだって言いたかっただけなんだ。君を傷つけるつもりなんてなかったんだよ。言い訳だけど、ごめんね」

 ぎゅっと抱きしめて、それからゆるゆると息を吐く。こんな彼でも、緊張しているらしい。

 すごく余裕そうなのに、ぴったりとくっついた胸からドクドクと心臓が鳴る音がする。

 その速さに、力強さに、言いようもない安心を得た。あぁ、わたしこの人のことが好きなんだなぁと、唐突に感じて、そしてそれで幸せをかみ締めた。

 初めての、感情なのに、戸惑いよりも先に喜びがあった。

「初めて会ったときから、ずっとずっと、気になってたよ。一年間がすごく長かった。ずっと、会いたかった」

 わたしの知らない、一年以上前の話。

 だけど彼の中では鮮やかな、一昨年のクリスマスの話。

「会って、想像してたよりずっと可愛くって、好きになっていってた。頻繁に、会ってるわけじゃないのにどんどん惹かれてった。

止められなくって、悩んで」

 それは、わたしが知らない彼だった。

 いつでも穏やかに笑っている彼からは想像できなくて、でも苦く笑っている彼を見ていたら、そんな彼もいたのかもしれないと思った。

「コトハのことが、好きです。すごくすごく、好きです。臆病になって、君を傷つけちゃうくらい、どうしようもないくらい、好き。

どうやって伝えていいのか、どうやったら伝えられるのか、そんなこと分からないくらい」

 分からないくらい、そのくらい。

「君のことが、大好きです」

 喉から出たのは、答えでも何でもなく、ただの嗚咽だった。

 何故かまた涙が出てきて、声を抑えようと彼の上着に顔を埋めた。

 言葉を尽くしてくれた彼に、何か言いたかったのに、何も出てこなかった。ただ涙が、嗚咽が、とめどなく溢れてきて、それが全て彼に吸い込まれた。

「ニコ」

「うん?」

 優しく問いかけてくれる彼に、わたしが出来ることって何だろうか。

「もう、お花屋さんは開いてないけど、また今度、黄色いバラを贈っていい? わたしから、ニコにも贈って、いい?」

 わたしにも、それくらいはできるだろう。せめて、彼と同じように心を込めて、バラを贈ることくらい。

「うーん。残念だけどね、コトハ。今日はローズデーなんだよ」

「え?」

「だからね、バラは今日貰いたかったんだよねー。いや、まさかコトハからそんなこと言われるなんて思ってなかったから、これはもちろん冗談なんだけど」

 そうやって、冗談めかしに笑った彼が、わたしから離れて後ろから何かを取り出した。

「だから今日は僕だけね。はい、コトハ。まだギリギリ14日だから。僕の気持ちを君に」

 そうやって差し出されたのは、この前くれたものよりもっと色鮮やかな花たち。どの花に、どんな言葉が隠されているのか、わたしはまだ知らない。

 それでも彼がくれたなら、知りたいと思った。彼の心を余すことなく、知りたいと。

「コトハ、大好きだよ」

 だからね、もしね、僕にバラをくれる気があるというなら。来月は、もうバラじゃなくていいから。

「やっぱり、デージーをちょうだい?」

 甘い、甘い笑顔で言われた。

「え、デージー。え??」

 意味が分からないけれど、でも彼が欲しいと言うんだから、きっと理由があるんだろう。今度調べて渡そう。

 きちんと意味を知って、ちゃんとわたしの気持ちだと思って。



 花言葉を、大切なあなたに。

 気持ちを込めて。


 そんな甘々でした。花言葉については5月8日の活動報告をご覧いただければと思います。

 デージーが気になる方は調べてやってください。幾つかある花言葉の中で、一番それっぽいのを。


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