表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

ビター=甘い?

 ビターオレンジの話題。オレンジデーとか素敵。


 一ヶ月に一度の逢瀬。初めは二十四日(二十三日か)、そして二月からは十四日に。

 これで四回目の逢瀬だった。『逢瀬』というと、何だか艶めいた雰囲気を感じてしまうが、何てことはなく、ただ会っているだけだった。

 そう、先月までは。

「挙動不審よ?」

「そう、かな?」

 クッキーを焼いているオーブンの中を覗きつつ、そわそわと時計を見やる。

 まだ午後四時。母に訝しげに問われるが、何食わぬ顔をして片づけをはじめた。今日は、夜に来るんだよね。うん。

「ニコくん、次はいつ来るの?」

「さぁ。彼も忙しい人だから」

 よく知りもしないが、取り合えずそんな風に嘯いてみた。

 それからそっと、彼の唇が触れた右頬に触れる。とたん、体中の血が一気に巡る速さを変え、熱くなる。何でこんなことを思い出したのか。

 しかも、それはおまじないであって、他に他意はないはずである。そうに決まってる。

 日本人はそんなことしないから、動転しているんだ。彼に他意はない、挨拶程度のものなんだろう。

 でも、何で帰り際にキス……。

 あの後どれだけ呆然としていたんだろう。気付けば母が帰っていて、『あら、ニコくん帰ったのー?』なんて無邪気に問いかけてきた。

 それを思い出して、床を転げまわりたくなってしまう。彼の訪れが楽しみであるような、ないような、そんな感覚だった。

 少しだけ、怖かったのかもしれない。今まで考えないようにしてきたものと、向き合わなければいけない気がして。



 コンコン、と小さな音が響く。鍵をかけていないので、さっと窓を開けると、そこには淡い髪色の彼がいた。

「こんばんは、コトハ」

「こんばんは、ニコ。どーぞ」

 すっと体をよける。今気付いたが、一回の屋根に靴を置いてたんだ。そっか、土足じゃ駄目だもんね。

「こっちは温かいねー」

 こっち、ということは彼はやはりどこか別のところから来ているらしい。

 はっきり聞くのは戸惑われて、しばらく黙ってしまう。小さい頃、サンタさんの正体が知りたくて、母親に色々聞いたことを思い出す。そのとき言われたのだ。

『サンタさんはね、子供に姿見られちゃうと、もう来てくれなくなるのよ。だからね、サンタさんのことをあまり聞いていると、サンタさん嫌がって来なくなっちゃうかも』

 聞いちゃ、駄目な気がする。もう、来てくれなくなるかもしれない。

 それは何だか、嫌だった。

「コトハ?」

「ん? あ、クッキーね、作ったんだ」

 ラッピングされた袋を一つ。それから、一緒に食べようとお皿に盛ったクッキーの山。それを見ると、彼は嬉しそうに笑った。

 その顔は、やっぱりまだ若くって、とてもサンタさんには見えない。

「わぁ。好きなんだー、クッキー」

「サンタさんは好きだって、書いてあったよ」

 くるっと彼がクッキーの山からこちらへと視線を移す。それからまた、嬉しそうに笑ってからわたしを見つめた。

「コトハ、調べたの?」

「う、うん。調べたよ。サンタクロースの起源、とか。色々と」

 嫌がられて、しまっただろうか。やっぱり、何も調べずにいた方がよかったんだろうか。もう、来てくれなくなる?

「でっ、でもねっ」

「そっかー。コトハ、調べてくれたんだ。何か嬉しい。そうやって調べてくれるって、ちょっと照れくさいけど」

 慌てて取り繕おうとしたのに、ニコは笑ったままそう答えた。それに息を一つ吐く。そっか、嫌なわけじゃないんだ。なら少し安心した。どうして、安心したのかは少し分からないけど。

「食べていい?」

「もちろん、どーぞ」

 もう温かいけど、やっぱり紅茶を淹れてきた。夜はまだ冷えるし。

「あ、そういえば、ニコにもこれ」

 彼に貰ったお花は、やっぱり自分には不釣合いな気がして、気が引けた。

 だけど綺麗で、どうにかして保存したくて、結局少し活けた後、半分は押し花に、半分はドライフラワーにした。

 と、言っても、それをするにあたって色々と調べたのは秘密だ。

 特に押し花は難しくって、頭を抱えつつの作業となった。半分に茎を切るとか、花びらを外して組み直すとか……不器用なわたしには難しすぎた。

 キットに頼ったのもいい思い出だ。その前に一個無残にばらばらにしてしまったが。新鮮なうちに思い立ってよかったと思う。

 それから時間もかかったが、栞にしてみた。セットというのは大変便利なものだ。

 差し出した栞は、白いバラが完全にではないが上手く再現されているようにも思う。小さいバラだったので、少し大きめの栞で上手く入った。

「え? あ、この前のバラ?」

「栞にしてみたの。結構大変だったんだけど、面白かったよ」

 苦労はしたけど、どうしても残しておきたかったし、色んな発見ができたから苦ではなかった。

「ドライフラワーもね、どうしたらいいか分かんなかったから、いくつか方法を試したの」

 自然乾燥を少し、シリカゲルでの乾燥を少し。楽しかったし、部屋にバラがあると言うのは新鮮だった。(ただし逆さまに吊ってたんだけど) 見るたびにニコを思い出して、嬉しかった。

 そんなことを言っていると、いきなりぎゅっと抱きしめられる。

「ニコっ?」

「あー、もー。コトハはぁ」

 ほんの少しだけ、呆れたような声。それなのに、声は弾んでいるんだから、器用なものだ。

「すっごく嬉しい。ありがとう」

 綺麗だね、と栞の中のバラを見つつ言う。一体何があったんだろうか、というかそろそろ離してほしい。

「今日言おうかと思ってたけど、何か心の準備できなくなっちゃったから、やっぱり止めるよ。こういうのは、それ相当の準備をしなくちゃいけない気がしてきたから」

 照れるように言ってから、やっと体を離す。わずかに上気した頬を覗きつつ、意味が分からず首を傾げた。どういう意味なんだろう。何を、言うつもりだったんだろうか。

「へ?」

「バラのね、というか色んな話」

 色んな、話。

「ん。でも、これは渡しとくね。ハイ、プレゼントー」

 手のひらに、小さなオレンジ色の容器を乗っけられた。

 え? 何、これ。ツルツルした表面に、クリームとかが入っていそうな印象のそれ。開けて開けて、と急かされるので、仕方なく開けてみた。

「これ、何?」

「これね、ネロリのクリーム。ビターオレンジから取れたアロマ、知らない?」

 知らない。ネロリって何?? ビターオレンジ? それって食べれるの??

「あー、えっと。橙色って知ってるよね? そのダイダイをね、ビターオレンジって言うの。白い花を咲かせるヤツね。で、その花から取られるアロマがネロリって言うんだって」

 容器に鼻を近づけると、確かにいい匂いがする。でも、何で?

「どうして、ネロリのクリーム?」

 気になって聞けば、彼はにこやかな笑顔を崩すこともなく、それもまとめて今度ね、と言った。

 何だかはぐらかされた気分。それでも深く聞く気にはなれず、そっと蓋をした。何だか勿体無くて、使えないし。

「貰っていいの? この前も貰ったばっかりだし、お花」

「いいのー。僕がプレゼントしたいんだから」

 だから、どうして『それ』なんだろう。だけど彼が、あまりに嬉しそうに笑うから、結局何も聞けずじまい。

 しかしそれを、思ったより普通に受け入れていた。今思えば、謎だらけだった去年でさえ、ごく自然に受け入れていた。

 わたしって結構、深く物事を考えないタイプの人間なのかもしれない。それってすごく、危なくない??

「次はね、そうだねぇ。黄色のバラにでもしようかなぁ。チューリップでもいいかなぁ」

「ねぇ、それって花言葉と関係がある?」

 バラの話をすると言った。だから『バラ』に意味があるのかと思ってた。

 だけどよくよく考えてみれば、簡単なことでそれについて話すってことは、何か言いたいことがあるからという意味で。

「さぁ、どうかなー」

「ニコ」

「あ、でも調べちゃ駄目だよ。これはね、僕の口から言わなきゃ、意味がなくなるからね」

 いい子にしてたら、ちゃんと意味を教えてあげるよ。

 耳元で彼は囁く。無邪気な笑顔と、サンタさんのように暖かな言動のせいで忘れがちだが、彼は間違いなく男性であって、わたしとは確実に何かが違うのだ。

 甘くて、少し低めの声にびっくりして体を離すと、不思議そうに首を傾げられた。何か悔しい。

「ニコッ」

「返事はデージーでいいよ」

 調べちゃいけないのに、返事の用意はさせるの?

「返事って、言いたいことって、質問だったの?」

「違うけど、そんなところ」

 じゃぁね、コトハ。また来月。

「え、ちょっと」

 急いで追いかけようとするのに、彼はもう窓から出ていた。追いつこうと、窓から身を乗り出せば、彼が近寄ってきて、また頬にキスを落とされる。

「なっ」

「おまじない。この前と一緒じゃないよ、今回は特別なおまじない」

 そうしてもう一度、今度はわたしの手を持ち上げて、掌にキスを落とす。挨拶、は、手の甲じゃないのっ!?

「じゃあねー」

 何も言えず、彼が屋根から落ちるのを見た。次の瞬間にトナカイが空を走る……なんてことはなく、でも彼の気配は静かに消えて行った。遠くへ、行ってしまう。

「ニコ」

 静かに呼んでも返事は返ってこなくって、その場にへなへなと座り込んだ。なくなったのは栞が一枚と、クッキー。代わりのように置いていかれたのは、つるりとした容器と、わたしの頬の赤み。

「心臓に、悪い」

 一体、何から考えればいいんだろう。花言葉でも探せばいいのか。

 そんなことを思いつつも、花言葉を探す気にはなれなかった。どうしてか、彼の言葉が耳に残って、わたしの行動を妨げる。どうしたらいいというんだ。

「とりあえず、寝よう」

 全てを、忘れてしまえたらいい、なんて思った。目が覚めたら、また十四日の朝で、何の躊躇いもなくクッキーを焼きたい。

 だけど、そうならないということは嫌と言うほど知っていた。

「ニコの馬鹿ー」

 白いバラと、黄色いバラ。そしてチューリップ。……返事はデージー。頬のキスと、掌へのキス。

「一体何」

 彼の伝えたいことって、一体何なのだろう。一ヵ月後が、すごく怖い気がした。



 下に待たせてあるトナカイは、普通に人には見えない仕様。この前の帰りに、酔っ払ったおじさんと鉢合わせてえらい目に会ってしまったから。

「ごめんね、待たせて。帰ろうか」

 よしよし、と一頭だけ借りてきた彼に声をかけて、ソリへと乗り込む。少々季節外れなのは、仕方がない。飛行機なんかに乗っていたら、何時間かかるだろう。それは嫌だ。

「あぁー。焦っちゃったよ、どうしよう」

 肩までの髪がゆらゆら揺れる、可愛い子。

 一年間ずっと頭の中を占めていた、女の子。去年やっと、話す機会があった。そして祖父の言葉に騙されるように、二回目の訪問を果たした。

 本当なら、それで満足するべきだったのに。無邪気に名前を聞かれたから。そして柔らかく呼ぶから。どんどん惹かれていって、気がつけば後戻りなんてできない重症に。

「おじいちゃんに、何て言おう」

 好きな子ができました?

 そんなのとっくにばれている。身を乗り出すようにして見た、一昨年のクリスマス。夜空に向かって叫んでいた女の子が、気になって仕方がなかった。

 その次の年、彼女に会いたいと思った。

「うわぁぁー。もっと時間をかけて、僕のこと知ってもらって、それで好きになってもらえたらいいなぁ、とは思ったけどさ!!

焦りすぎ? 焦りすぎだよね。引かれてたらどうしよう」

 ガタガタ、とソリの中で自己嫌悪に陥る。彼女のあのびっくりした顔。確かに、前のは挨拶程度だが、今回のはそうも言っていられない。

 『掌へのキスは懇願のキス』なんて。

「ただの変態、とか思われてたらどうする? どうしよう……」

 手の中にあるのは美味しいクッキーと、可愛い栞。どうしようもなく緩む頬にはっとして、慌てて表情を引き締める。

 それから頭を抱えてソリの中で体を縮めた。怖いというよりも、どうしようもなく落ち込む。

 花の意味も、全て伝えるのは難しい。きっと、調べられてしまうだろう。白いバラの意味も、黄色いバラの意味も、チューリップの意味も。

 全部。全部、彼女に恋した事実が込められている。

「花言葉で告白とか、寒い? 寒いかな、やっぱり駄目かも。あー、来月どんな顔して会えばいいの?」

 花言葉に想いを託したのは、彼女が気付けばいいと思ったから。本当は、自分の口から言いたいなんて大嘘。気付いてほしかったのだ。反対に、口で言う勇気がないのだ。

「情けない」

 口で伝えなければ意味がない。自分の声で伝えなきゃいけない言葉がある。なのに、臆病な自分はどこまでも予防線を引いて、閉じこもって、嫌な予感に震える。

「でも、会わなきゃ」

 会いたいんだ。どうしても。

「だって」

 だって、どんなことがあったって、どんなに嫌われたって。

「好きに、なっちゃったんだもん」

 だから、諦めるなんてできないんだ。今更。


 初のニコ視点でしめました。ニコニコしてる彼の裏が見えたと思っていただけたら幸いです。

 オレンジの花は、花嫁さんとかの象徴らしいですよ。髪とかに飾るんだってー。ネロリは高いアロマです……。わたしには手が出ないので、実際どんな匂いなのやら。

 スイートオレンジよりもうちょっとフローラル系で甘い感じを想定してますけど、どうなのかは知りません。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ