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あわてんぼうの

 『サンタさんシリーズ』移動させました。

 雪の全くちらつく様子のない本日、十二月二十三日の深夜。そろそろ寝ようとしていたわたしの目の前に一人の男が現れた。

 ……いや、窓から普通に入ってきた。あまりにも自然すぎて、何も言うことができない。まるで自分の家に帰ってきたかのような自然さだ。

 間違いなく不審者であるにもかかわらず、悲鳴を上げようとも思えなかった。

 何と言うか、今にも『ただいまー』と口に出しそうで、そうされてしまえば思わず、『おかえり』と返してしまいそうだ。

「あのー」

「こんばんは。お嬢さん」

 真っ白な髪に、明るい蒼い眼。そしてサンタクロースの目に痛いほど派手な赤い服。ふわふわのファーがついていて、絵本から抜け出してきたみたい。

 ご丁寧に大きな白い袋まで担いでいる。どこからどう見ても、サンタクロースの格好。

 が、サンタクロースには見えない。ふわふわの白い髭もないし、なんせ彼は若い。ついでに言うと、恰幅もよろしくない。

 細い、というかまぁ、標準。だけど絶対サンタさんに相応しくない容姿だ。もっとふっくらしてこそのサンタクロースじゃないだろうか。

「まさにクリスマス日和ですね」

 日和? クリスマス日和って具体的にどんな日を指すんだろう。

 ホワイトクリスマスのことを言うんなら、今日はクリスマス日和には当てはまらないと思う。

 肝心なのはそんなことではないだろう、と自分自身につっこみつつ、サンタというには細すぎ、若すぎの男を見た。でも格好はサンタなのだ。間違いなく。

 絵本で見た、日本のどこにもこの季節飾られている、一般的なサンタクロースの格好。疑うべくもなく。

「よい子のあなたにプレゼントを」

 男がそう言いつつ、後ろに置いた白い袋を探る。そこでようやくわたしは、今、自分のおかれている状況と、今日の日にちを思い出した。

 えっとー、クリスマス……??

「今、二十三日の十一時五十分なんですけど」

 ゴソゴソと白い袋を漁っていた男の手が止まる。

 そしてちらりとこちらを振り向いた。日本人とは違う雰囲気を纏っている彼の、綺麗な蒼い瞳としばらく見つめ合う。

 チッチッと時計の秒針の音だけが響いたあと、彼はにっこりと笑った。サンタさんの柔和な笑顔だということは認めよう。

 穏やかで、優しくて、紳士的なサンタさん。ただしすごく若い。

「お嬢さん、さっきの言葉をもう一度言っていただけますか?」

 酔っている様子はない。『よい子のあなたに』とも言った。そして明日はクリスマスイブだ。

 サンタのふりをして子どもにプレゼントを届けるバイトさん、とかかもしれない。今日初めてで、日にち間違えちゃったという可能性だってある。

 そう思いつつ、彼の瞳に見入る。カラーコンタクト? それともそれっぽい北欧系の方を雇った?

 日本人ではないのだろうけど、ここまで澄んでいる目って珍しいと思う。すごく、素敵な色。空の色でも、海の色でもない、ただただ澄んだ蒼。

「今日は二十三日で、今、十一時五十分過ぎなんですけど」

「ウソっ!!」

 あ、やっぱり間違えてたんだ。この人。

 しかもわたしはプレゼントをもらうような年でもないので、届け先も間違えたことになる。バイト代、ちゃんと出るかな、こんなので。

「二十四日の深夜では……」

 首を横へ振った。確かに、町中がクリスマスモードなので、たとえ今日が二十四日だったとしても違和感はないだろう。

 間違えるのも、まぁ、少し無理はあるにしてはないとも言い切れない。

 が、いくらサンタのふりをするバイトだからといって、人の家に勝手に入ってくるのはいかがなものだろうか。

 せめて玄関から入るとか、ノックするとか最低限のマナーを守って欲しいと思う。――問題はそこではない気もするが。

 つっこみどころがありすぎて、どこからどうつっこんでいいのか分からない。いや、つっこまなくてもいいのかもしれないけれど。

「どうしよう……。初仕事でこの失敗」

 蒼い目が揺らめいた。不安そうに光をはじく。悪いことを言ってしまったような罪悪感に襲われた。何故だかこちらが凄くひどいことを言ったみたい。

 ただ、正しいことを言っただけなんだけど、すごく罪悪感。ごめんなさい、余計なことを言ってしまって。

「サンタ失格? もしかして向いてない? せっかく挨拶からプレゼントを渡すときの言葉まで考えて練習してきたのに?」

 今、サンタって。サンタって言った。若い男が、髭もない赤いサンタ服を着た男が自らサンタと名乗った。

 やっぱり酔っているのかもしれない。もしかしたらクリスマスイブのイブだからって浮かれているのかも。

 不審者……。警察に連絡したほうがいい感じ?? いや、でも、悪い人には見えないし。イケメンだからって、騙されちゃいけない、気もするけど。

「えっと」

「おじいちゃんに何を言われるか。一日早くて、しかも髭は途中で取れるし、お腹の詰め物は忘れてくるし」

 あ、髭とか最初はつけてたんだ。詰め物、してくるつもりだったんだね、この人。

「あなた、サンタクロースなの?」

 ためしに聞いてみる。すると彼はぱっと顔を輝かせた。サンタというよりは、まだそれを信じている子どもみたいな顔をする。

 彼はそのままわたしの肩を掴んで前後に揺らしながら、『信じてくれるの??』と聞いてくる。

 いや、心の底から信じているわけでもないんだけど、と言い損ねた。

「サンタクロースって言うか、その跡継ぎなんだ」

 聞いてもないのに語りだす。

 自慢げに、誇らしげに。何かちょっと可愛いなぁ、この自称サンタクロースさん。

「今日ちゃんとプレゼントを届けることができたら見事合格。来年から僕がサンタクロース」

「代替わりって、あるんだ。サンタなのに」

 まだちょっと信じていない。だけどこの人が嘘をついているようにも見えず、返答に困ってしまった。

「なのにっ! 二十三日に来るとか、どれだけバカなサンタ? 本当に向いてんのかな、この仕事」

 その言葉を聞いて、そのまじめに眉を寄せている姿を見て、いけないと分かっているのに思わず笑ってしまった。

 クスリ、と響いてしまう。彼はそれを見て眉を寄せて、“やっぱり似合わないかな?”と改めて自分の服装を見た。

 バイトの人が少しサイズの違うサンタ服を着たような姿だったのを、今更思い出したらしい。

「ううん。そういうことじゃなくって、『あわてんぼうのサンタクロース』っていうクリスマスソングのフレーズが浮かんできて」

 日付を間違えて来たサンタさん。あなたにぴったりの歌だと思う。

 小さい頃、大好きだった歌。そのサンタさんに、そっくりだと思った。クリスマス前に来るなんて、なんておっちょこちょいなんだろう。

「あー、まさに僕の状態だね、確かに」

 面映そうに、彼は頬をかいた。白い肌が少しだけ桃色に染まっている。そこでようやく思い出した。

 本来、一番最初に聞いておかなければいけないことを。

「でも、どうして初仕事でわたしのところへ来たの? やっぱり間違えた?」

 彼が首を振る。少し長いらしい白い髪が揺れる。

「ほら、サンタって小さい子のところへ行くのが普通でしょ? 何ももう信じていなさそうなわたしのところに来なくったっていいと思って」

「それはね!」

 彼がニコッと笑う。無邪気な笑顔に一歩後ずさり、どうぞ、と手のひらを向け続きを促す。

 彼の口から一体どんな答えが出るのか、気になる。何故新人サンタクロースの彼がわたしを選んだのか。

「お嬢さん、去年そこの窓から叫んだでしょ。『サンタがいるんなら、大学合格させろー!』って、しかも大声で。

おじいちゃんのそりから見てて、大学合格はあげられないけど、他のものをあげたいなぁって」

 にっこにっこと彼は嬉しそうに顔を赤く染めながら、こちらへ向かって語る。思い出した、いや、正しく言えば、忘れたことなどなかった。

 去年、受験生だったわたしは重苦しい『何か』に嫌気が差して、窓を開けて叫んだのだ。

 勉強しても成果は出ないし、センターは近づくだけだし、失敗は許されないという重責にがんじがらめにされていたし。

 なのに世界規模でクリスマス気分。一人だけ取り残されている気がして、イライラしたのだ。とっても。

 それで、叫んだ。逃げたしたかったのか、泣きたかったのか、部屋が冷えるのもかまわず窓を大きく広げて叫んだ。

 かぁっと一番恥ずかしい記憶がフラッシュバックして、頭に血が上る。

 今更それを持ち出されるとは思っていなかった。(近所中の人が窓を開けてこちらを見た姿は、まだ記憶に新しい)

 というか、クリスマスが近づくにつれ、色んな人に言われていた。恥ずかしい、恥ずかしい思い出。忘れたくて、忘れられない思い出。

「本当にこの子、頑張ってるんだなぁって思ったら、今年のクリスマスが待ち遠しくて、待ち遠しくて」

「なっ。見てたの?! あのもうどうにでもなれー、って叫んでたわたしを?」

 しかもおじいちゃんのそりって、おじいさん(本物)も見てたってことか。あの醜態を。

「うん。それで今年、お嬢さんにプレゼントを渡そうと思ったんだ」

 ハイ、これ。

 白い大きな袋から少し大きめの箱を一つ取り出す。

 緑のチェックの箱に、赤いリボンが結ばれている。押し付けられるように渡されて、思わず受け取ってしまった。

「いいの? もらって」

「どうぞー。あ、今ちょうど二十四日になったし、二十数時間早いけど、クリスマスプレゼントには変わりないよ、きっと。メリークリスマス!」

 ずっしりと重い箱の中身は全く見当もつかない。しゅるりと音を立てて光沢のあるリボンを外し、箱を開けた。

 ふわふわとした綿のようなものに埋もれていたのは一冊の本だった。曰く。

「『コレさえあれば合格できる! 受験必須テキスト』?」

 テキストだった。中を開いてみる。

 一年前に勉強したような気もする公式の山、練習問題の山、山、山……。カラーで化学の無機、有機なんかも説明してある。

 あー、うん、随分分かりやすそう。うん。去年なら喜んでいたかもしれない。

「お嬢さんにぴったりだよ」

 嬉しそうな彼に、どうやらわたしは本当のことを告げねばならぬらしい。

 受験したのは、去年だということを。(確かに試験自体は今年だったが、気分的にはもう去年の話だ)

「あの、非常に言いにくいんだけど、一応合格したから、必要ないんだけど」

「……」

「……」

 長い沈黙がある。彼がぽかんとしていた。そしてそれからゆっくりと瞬きをして、両手を打ち合わせる。

「あ、そっか。去年のクリスマスに合格させろってことは、こっちでは今年の春には試験があったんだ」

 うんうん、と納得する。

 もう去年のように勉強はしたくない。一生分の勉強をした気がするから。いや、間違いなくしたね! 一生分。

「って、ことは。これ、お嬢さんに必要ないってこと……?!」

 どよん、と落ち込む。

 あ、これもしかして浪人生のふりをしてまで喜ばなきゃいけなかったかも。

 一年間この日を楽しみにしていたサンタさんは、どうやら他の事は全く考えていなかったらしい。

「――あわてんぼうのサンタクロースは、もう一度来るために、一度戻ります」

 これも、歌どおり、なのか。

「あ、えっと。で、でも嬉しい! ありがとう、サンタさん」

 とってつけたような言葉だったのに、彼はとても嬉しそうな顔をして、再び『また来るね』と笑った。

 来年は、本物のサンタさんとして出会えればいいな、と思いつつ、彼の赤いサンタ服を掴む。

「向いてると思うよ、サンタクロース」 

 優しい、人の幸せを考えられる彼なら、世界中の子どもたちを幸せにできるんではないだろうかと、柄にもなくサンタを信じていた頃のように笑ってしまった。

「来年は、二十四日に来るよ。今度はもっと喜ばれるようなプレゼントを持って。ううん、もっと……」

 彼が窓から出つつ何か言いかけた。しかし、それに気付かずに、カーテンを開けたときに見えた白い物体に目を奪われた。大きな粒の、真っ白いもの。

「雪……」

「言ったでしょ。クリスマス日和ですねって」

 彼が笑っていると向こうのほうからシャンシャンシャン、と鐘の音がした。それと同時に白い軌跡を描いて何かがこちらへ向かってくる。

「お休み、お嬢さん。あなたにステキなことが訪れますように」

 最後に見たのは、恰幅のよい、真っ白なお髭を蓄えたおじいさんに何か言われている、サンタクロースに見えない来年本物のサンタクロースさんだった。




 All My Love On Christmas!


 全ての人にとってよいクリスマスでありますように。

 毎月14日あたりに更新できればいいなぁと思ってます。

 『あわてんぼうのサンタクロース』のところ、少しだけ修正してみましたが……。うーん、どうやって直せばいいのか、謎。

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