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女王陛下はお見通し〜だからってあいつと婚約なんてありえませんッ〜  作者: 五条葵


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後編

「すごーいッ! これぞ『異国情緒』ってやつですわ。ルーカス様は海外経験も豊富なんですわよね? うらやましいですわッ」


 昼下がりのブレンボン・ストリート。一歩入れば裏社会とはいえ、表通りには観光客向けの店が立ち並ぶ。


 見たこともない果物が積まれた店に、香ばしく焼かれた肉塊がドーンと吊るされた店。


 海を渡った経験のほとんどないナンシーは、いつになくウキウキとした様子で、当たりを見回していた。


「あんまりキョロキョロすんなよ、ナンシー嬢。カモだと思われる」


 一方ルーカスはといえば、父に連れられて宝石の原産国を訪れたことも何度もある。そのせいか彼はナンシーに比べると、随分と冷めていた。


「分かってるわッ! ーーって見て! とっても綺麗だわ」

「おいっ! そっちは……」


 分かっていると行った傍から、店と店の間の細い路地に入っていくナンシー。彼女の目線の先にはいくつものアクセサリーが無造作に置かれた小さな露店があった。


「こんにちは、お兄さん! 素敵なお店ね」

「いらっしゃい! だろ? 掘り出し物ばっかりだぜ」


 ナンシーの挨拶に応えて、店の奥から出てきたのは麻のシャツを軽く腕まくりした店主。

 彼の言葉に笑顔で応えてから、ナンシーはゆっくりと露台を見渡した。


「ねぇ、ルーカス? これ、すっごく安くない?」

「あぁ、掘り出し物とは本当だな。これなら俺でも買える、婚約記念にどうだ?」

「おやっ! お嬢さん達婚約者かい? それはめでてぇや、安くしとくよ」

「で、でも……贅沢は出来ないわ……」


 実際にはこの店の物なら全て買えるくらいの個人資産を持っているナンシー。

 しかし今日はルーカスの言いつけに従って、ギリギリ体裁を保てている中流階級、くらいの身なりをしている。


 身にまとうドレスは2シーズンくらい前の流行りだし、アクセサリーといえばごく地味な髪留めだけ。


 それに合わせた芝居をすれば、ルーカスもそれに合わせるようにポンッとナンシーの肩を手を乗せてみせた。


「でも一生に一度だろ? 金ならなんとか工面するさ」

「そうですよ、お嬢さん。それにこういうアクセサリーは一生モノ。なんならお孫さんの代まで受け継ぐことが出来ますよ」

「お孫さんってーーもうっ! 気が早いわ」


 顔をボンッと赤くしつつ、ナンシーの視線は露台の上を彷徨う。

 その視線が一瞬ある指輪の上で止まったのを、店主は見逃さなかった。


「おやお嬢さん、お目が高い。そのサファイアは掘り出し物の中の掘り出し物です。ちょっと傷がついてしまいましてね、普通の店じゃまずその値段にはなりませんよ」


 ナンシーが視線の先にあるのは、小さなサファイアがはめられた指輪。粒は小さいが深い青色で美しい。台座には蔓草の彫刻が掘られていて、美しい逸品だった。


「そうね……確かに1500リールは安いわね」

「でしょう? こんな機会めったにーー」

「……ただし、正当な方法で仕入れたものなら。ね、ルーカス様?」

「ああ、そうだな」

「は……お嬢さん?」


 突然声音が冷たくなったナンシーに唖然とする店主。そんな彼にナンシーはなおも詰め寄った。


「2週間前、アードン・スクエアの宝石店に強盗が入ったわ。このサファイアの指輪。そこで奪われたものにそっくりなのよね……」

「な、何をおっしゃいます? お嬢さん……」

「それにね、そのルビーのイヤリングは同じ頃にメルディ・ストリートの宝石店から奪われたもの。こっちのエメラルドは1月前にルージエル子爵家から盗まれたと被害届がでているはず。ーー私ね、ここ1月の間に奪われたり、盗まれた宝石は頑張って暗記してきたの」

「宝石に関するナンシーの記憶力は舐めないほうが良いよ? 店主さん?」


 そう言ってニヤリと笑うのはルーカス。


 だが、そこで店主は先程までの慌てっぷりが嘘のように、余裕の笑みを浮かべだした。


「……なるほど、玄人だったか。ーーだったらあんたらはお客様じゃねえな! おい、野郎ども!」


 そう言うと、周囲のあばら家から屈強そうな男たちが数人現れる。彼らは皆、ナタやら包丁やらを手にしていた。


「ほう……ナンシー? 下がってろ!」


 しかしルーカスは慌てない。ナンシーをさっと背中の後ろに隠すと、ステッキの持ち手に手をかける。中から出てきたのは細見のサーベルだった。


「フッ……仕込み杖かよっ」


 誰が言ったか。その言葉を合図に男たちが一斉にルーカスに襲いかかった。


 キーンっと響く高い音。一人で複数人と対峙するルーカスだが、彼は冷静に男達と対峙していた。


 しかし、男達も黙ってやられるつもりはない。

 一瞬の隙の内に、一人の男が大ぶりの包丁を手にナンシーに近寄り、腕をグッと掴んだ。


「おい……この女の命が惜しければ……って痛っ」


 ところが、その瞬間男は腕を抑えて倒れ込む。転がった包丁を大急ぎでナンシーが蹴り飛ばした。


「フンっ 東洋仕込みの護身術よ。」

「ああっ! さすがだナンシー嬢」


 仲間がいかにもか弱そうな娘に倒されたことで、一瞬怯む男たち。そのタイミングを逃さず、ルーカスは残る男たちの武器を次々にはじき飛ばしていった。


 とほぼ同時にドタドタと音がする。


「おや……さすがにここまで騒いだら誰かが通報したようですね。店主さん?」


 そう言いつつ、切っ先を店主へと向けるルーカス。その鋭い刃に店主はお手上げとばかりに両手を上げてうなだれるのだった。






「その……危ないことしてごめんなさい」

「まあ……結果オーライだ……」


 そうして帰りの馬車。そこではなんとも言えない思い空気が漂っていた。


 警官達が露店の奥にあるあばら家に踏み込んでみると、やはりというべきか、大量の盗品が見つかったという。

 彼らは盗品の闇売買をする組織で、なかでもあまり価値のつかないものを、ああして一般客に売りつけていたのだという。


 彼らが捕まったのは良いことだが、さすがに危険なことをした自覚のあるナンシー。

 けど、ルーカスはどこか上の空で、そんな空気をどうにかしようと、ナンシーは腰を上げてルーカスの隣に座り直した。


「本当にごめんなさい。反省してる。……でも、これで陛下の10のご指示は完遂……よね?」

「あ、あぁ……」

「あとは陛下にご報告すれば、婚約は無事解消よ」

「あぁ……そうだな」


 これで婚約を解消出来る。「良かったじゃない?」の意味を込めて微笑むナンシー。

 が、ルーカスは浮かない顔で何やら考えている。


 そうしてまた続く沈黙。


 ところが、そのまま数分たったところで、不意にルーカスがナンシーの視線を捉えた。


「なあナンシー嬢? いっそ……俺にしないか?」

「はっ!? なにを?」


 突然のことにポカンとなるナンシー。そんな彼女の手をルーカスは宝石を手にするように、優しく包んだ。


「ナンシー嬢は仮にこの話が白紙になったとしても、そろそろ婚約者を選ぶ時期だろ?」

「え、えぇ……釣り書の山に囲まれてたわ」

「だったら俺にすると良い! 同業だし、金だってある。我が家は厳格に見えて、意外と自由だからナンシー嬢ものびのび暮らせる……」


 突然スラスラと自分を夫とするメリットを挙げ始めるルーカス。

 段々と彼の真意を理解したナンシーは頬を赤く染める。しかし彼女は鼓動の早さとは裏腹に、努めて冷静な声音を出した。


「そうね……家格も歳も釣り合っている。悪くはないわーーでも、そんな求婚じゃ許さないわよ!」

「……それもそうか」


 ルーカスはナンシーの言葉にポツリと呟く。


 と、突然ルーカスは揺れる馬車の中で席を立ち、ナンシーの足元に跪く。意外とがっしりしている彼は、揺れの中でもビクトもしないようだった。


「ナンシー・ウェルスベル嬢。本当は子供のころから好きだった。俺と結婚しよう」


 そうして告げられる驚きの事実。けど実はそれはナンシーも同様だった。


「フフッ……私もですわ! 私を妻にして下さいっ!  ーーってキャアっ」


 彼女の了承の言葉に、これまで見たこともないような満面の笑みを浮かべたルーカスは、ギュッとナンシーを抱きしめ、彼女の髪を一房掬って口付ける。


 その行為に赤面し、思わず悲鳴を上げるのはナンシー。


 そんな彼女に「心外だ」という顔をしたルーカスは


「おや? もっと恋人らしいキスでも良かったのだけど……」


 などとのたまって、ナンシーに肩をグーで叩かれるのだった。






「ほうほう……で、結局2人は婚約を続けたいと?」


 数日後、王城の謁見の間。ナンシーとルーカスはいつになく緊張した面持ちで女王と向かいあっていた。


「はい。ついてはその……陛下には私達の援護をしていただきたく……」

「お父様達は闇商人以上に厄介ですわ」


「ハッハッハッ! だろうな。ーー無論、私の言い出したことだ。喜んで2人の味方になろう。……が、にしてもやはり私の言ったとおりになったな」


「はい、陛下。さすがのご慧眼で……」


『10つの指示を全てこなす頃には、恋人になっている』


 そういったのは女王自身だが、あまりにも彼女の言う通りとなったルーカスとナンシーは、なんとも微妙な顔になる。

 そんな2人に女王はしたり顔だ。


「ま、それはさておき、2人のご両親には私からも釘を刺しておこうーーところで話は変わるがな、ナンシー?」


 と、不意に真剣な表情になる女王。その視線を受けて、ナンシーとルーカスはピシリと背を伸ばし直した。


「ナンシーは……『幸福になれるダイヤモンド』など興味はないかい?」


「陛下っ! 恐れながら申し上げます。宝石に纏わるそういった逸話はたいてい後付け。これ以上ナンシーを危なそうなことに……」

「とっても面白そうですわッ!」


 明らかにまずい雰囲気に女王を止めようとするルーカス。しかしその努力も虚しく、ナンシーは目をキラキラとさせて、声を弾ませた。


「であろう、ナンシー? それにな、実際に手にした者が『幸福になった』という噂も多い。おかげで貴族連中が高値で奪いあっているそうだ……血も流れたという」

「そんな……」

「それが今度、フレイド侯爵家でのチャリティーに出品されるという。次は何が起こるかのう?」


 そう言って女王はニヤリと笑う。その表情にルーカスは小さく諦めの息をついた。


「かしこまりました。フレイド侯爵家のチャリティーと言えば1週間後でしたね」

「私達で解決してきますわっ!」


 曲がったことが嫌いなナンシーと、そんな彼女を放っておけないルーカス。

『紅玉の姫君』と『蒼玉の紳士』。2人の活躍はまだまだ続きそうなのだった。

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