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女王陛下はお見通し〜だからってあいつと婚約なんてありえませんッ〜  作者: 五条葵


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前編

「あ〜あ、誰かさんのせいで今日の夜会。ずうッと注目されっ放しになるのが目に見えてるわ……」

「言っておくが俺のせいじゃないーーだいたい『紅玉の姫君』は噂なんてなくたって注目の的だろ?」

「その二つ名っ! 次言ったらはっ倒すわよ『蒼玉の紳士』様」

「フンっ。こちらこそ、次その小洒落た言葉を口にしたらただじゃおかねえからな!」


 ライセル王国の王都ローグス。中でも大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街を走る馬車のなかでは、夜会服で着飾った男女が睨み合っていた。


 片やナンシー・ウェルスベル。彼女はルビーで特に有名なウェルスベル装身具店の娘。

 卵色のふんわりした髪を揺らし、燃えるような赤い瞳がどこか人を引き付ける。

 自由な両親のもと、しかしその愛をたっぷりと受けて育った彼女は、愛嬌あふれる可愛らしさと元気の良さで『紅玉の姫君』なんて呼ばれている。


 もう片やルーカス・プライス。サファイアで知られる宝石店、プライス商会の御曹司だ。

 艷やかな黒髪に、どこか冷たさもある青い瞳は全てを見通すよう。

 常人離れした美貌と、常に落ち着いた物腰で女性陣を虜にする彼。その2つ名は『蒼玉の紳士』だとか……


 そんな2人が女王陛下の命で婚約することになったーーそんな噂がライセル中に広まったのは一昨日。


 しかし馬車の中の2人の表情は、とても婚約したてとは思えないものなのだった。






 ことの始まりはこうだ。


 ライセル王国で2大宝石商と言われるウェルスベル家とプライス家。

 堅実な商い、そして幅広い品揃えで知られる彼らだが、それ以上に有名なのは創業以来の2家の仲の悪さだった。


 中でも、生まれてこの方ライバル同士であった2代目ーーナンシーとルーカスの父親同士ーーの険悪さは異常。


 道で出会えば睨み合い。うっかり同じ場所に招待しようものなら5分で大喧嘩。

 そうしてついに、両家の当主はよりにもよって、王国の最高権力者たる女王の誕生日パーティーで、派手な喧嘩をやらかしてしまった。


 もちろん、女王は怒り心頭だ。


「お前達! 仲が悪いのもいい加減にしろ!」


 ハッと過ちに気づく両者。ーーが時すでに遅かった。


「罰としてそなた達には仲直りを命じる……そうじゃ! そなた達には妙齢の息子娘がおろう? 彼らを結婚させれば良い!」


 そして妙案とばかりに告げる女王。


 両家の当主は数秒固まってから、「それはあんまりです!」「横暴過ぎます!」と言い募るが女王は取り合わなかった。


「結婚が成立するまでそなた達は城内出禁だからな、そのつもりでーー」

 そんなことを言い残し、会場の奥へ消える女王。残されたのは絶望に顔を歪めた中年男が2人だった。






 そしてその翌日。王城の謁見の間。そこには人騒がせな両親に代わり謝罪に訪れた、ナンシーとルーカスの姿があった。


「陛下! あんまりですわっーー商家に政略婚はつきものとはいえ、なんでこんなやつとッ」

「私だって彼女と結婚なんてありえません」


「黙れっ! ーー元々はお前達の父親が私の誕生日パーティーで騒ぎを起こすからいけないのであろう? 国賓も大勢いたというのに……」


「そ、それは……」

「申し訳もなく……」


 女王の言葉に勢いを失って、下を向く2人。

 すると、女王もさすがに可哀想になったのか、少し声音を優しくした。


「ま、やつらの仲の悪さは遠く東の果てまで響き渡ると言うし、お客様がたも笑ってはいたが……とはいえけじめはつけてもらわんとならん」


「で、でも陛下ッ!」

「でしたらやりようは他にもーー」


「いいや。そなた達には結婚してもらう。昔から家同士の仲直りには婚姻が一番と相場が決まっておるのだ」


「けど陛下ッ」

「ですが陛下ーー」


 ところでこの2人、女王陛下相手にちょっと不敬では? と思われるかもしれない。


 だが、これには理由がある。

 実はこの2人、社交界デビューのずっと前から女王のお気に入りだったのだ。


 顔を合わせば喧嘩をするウェルスベル家とプライス家の現当主。

 それを嫌った女王は、その子供であるナンシーとルーカスを、名代として昔から城に呼びつけていた。


 まあ……この2人とてたいがい仲は悪いのだが、親同士に比べれば可愛いもの。


 そうして昔から、女王の無茶振りに答え続けてきたナンシーとルーカス。

 彼らにとって女王はちょっとやっかいで、でも大好きな親戚のおばちゃんポジションなのだった。


 ただ、それはそれとして結婚相手を勝手に決められるのはあまりに心外。そう言い募る2人に女王陛下はニヤリ、と悪い笑みを浮かべて見せた。


「まあ……今の時代、無理やり結婚というのもあれだしのーーそこでこんなものを作ってきた」


 そう言って女王が不意に取り出したのは、1枚の紙片。

 女王は訝しげな顔をする2人を玉座に呼び寄せ、その紙を大きく広げて見せる。

 そこには10個の指示が箇条書きとなっていた。


「これは……ナンシー・ルーカス仲直り計画!?」

「まさかとは思いますが……陛下がこれを……?」


 ナンシーは驚愕の声を。ルーカスは呆れたような声を上げる。

 一方女王は「フフン!」と笑ってから、紙を丁寧に折り直し、ルーカスに渡した。


「もちろん! 私が公務の合間を縫って一生懸命考えたんじゃ。これを1つ残らず遂行して、なお結婚など考えられん、というなら……まあ結婚について見直しても良い」

「ほ、本当ですか! 女王陛下ッ!」

「もちろん。けどきっとこの通りに行動すれば、そなた達は自ずと仲直り。いや、むしろ恋仲となるにちがいないがの……」


 それから女王は、ポンッと手を叩いてみせた。


「さてっ、私はそろそろ時間だ。計画の実行期間は今日から一月。それまでに全て出来なければ、そなた達には有無を言わさず結婚してもらう。良いな?」


 そういう彼女の横顔はさっきまでの近所のおばちゃんの顔から、王の顔に戻っている。

 こういう時の彼女には何を言っても勝てない。


「かしこまりました、陛下」

「ご配慮痛み入ります」


 大きく礼を取る2人に見送られて、謁見の間を出ていく女王。

 彼女が完全に部屋から出たあと、2人の紳士淑女は背中合わせで特大のため息を吐いたのだった。






 と、そんな訳で一月の間に、女王から出された10個の指示を終わらせなければならなくなったナンシーとルーカス。

 今日の2人はその1つ目、『大きな夜会に2人で出席し、素敵なワルツで社交界の噂となること』を遂行するべく馬車に揺られているのだった。


 馬車は夕暮れの貴族街を抜け、やがて大きな屋敷の門をくぐる。馬車が止まると、今まで険しかったナンシーの表情は途端に愛らしい笑顔へ変化した。


「さ、ルーカス様。お手並み拝見といこうじゃない? きっちりエスコートしてくださらないと承知しないわよ?」

「分かっているさナンシー嬢。それより君こそ表情と声音を一致させたまえ」

「なんですってぇ!」


 ルーカスのこれみよがしなため息に、怒りをあらわにするナンシー。

 しかし馬車のドアが開かれたことで、2人の言い争いは一旦お開きとなったのだった。






 馬車の中では険悪だった2人だが、外面を取り繕うのは得意な方だ。


 もはや興味を隠すつもりもないらしい人々の視線を真正面から笑顔で受け、そして頃合いを見て、主催者たる伯爵の元へ向かう。


 そこでの振る舞いもまた堂々たるもので、夜会の出席者達は皆一様に


「『紅玉の姫君』は今日もお美しい……」

「さすがは『蒼玉の紳士』様。一度で良いから彼にエスコートしていただきたいわ……」


 と噂しあった。


 招待客がほぼ揃い、伯爵の音頭で乾杯をした後はダンスの時間だ。

 軽やかなメロディーが流れ始めると、ルーカスはそっとナンシーの腕を引き、広間の中央近くへ彼女を誘った。


「ちょっと! こんな真ん中で踊るの?」

「噂になるんだろ? 当然だ。それにナンシー嬢はダンスが上手い。真ん中で踊ったって問題ないだろう?」

「そ……それは……お褒めいただき光栄ですッ! ルーカス様こそ噂通り、私をリードしてくださいね!」


 急な褒め言葉に顔を赤くするナンシー。ルーカスはその表情を隠すようにスッと身体を動かすと、それから足を止めて礼をとる。


 ナンシーがそれに応えると、ルーカスの手が腰に回り、2人はワルツのメロディーにのって、ステップを踏み始めるのだった。






「お噂通りの腕前ですのね、ルーカス様」

「それはそれは……ナンシー嬢も素晴らしい腕前ですよ」


 これまでそれなりの人数と踊ってきたナンシーだが、そんな彼女から見てもルーカスのリードは上手い。

 面白みにかける、という人もいるかもしれないが、強引さがなくスムーズな足さばきは、ナンシーにとってはとても踊りやすいものだった。


 上手なリードで踊れば、女性側の疲労は減る。

 そのおかげか2曲続けてワルツを踊っても、ナンシーの息は上がっていない。

 むしろ「もう1曲くらい踊っても良いかしら?」とすら思ってしまう程だった。


 が、その思いとは裏腹に、2曲目のワルツが終わったところで、ルーカスはおもむろにナンシーをダンスの輪から連れ出す。


「あら? ルーカス様? 私はもう1曲ぐらい踊れましてよ?」

「そう思っているうちに休憩するべきだ。ーーそれに3曲続けて踊ったら、婚約を解消する時に面倒になる」


 小声で囁かれた言葉に、ナンシーはハッとする。

 社交界において3曲連続で同じ人と踊るのは、夫や婚約者といったごく親しい人とのみ、というのが暗黙のルール。

『婚約してるらしい……』で関係をうやむやにしておきたい2人にとってこれ以上はまずい、というルーカスの言葉はもっともだ。


 ナンシーはそんな基本的なことすら忘れるほど、ルーカスとのダンスに夢中になっていたのだった。


「分かったらちょっと休憩するぞ。食事をもらってくるから良い子で待ってろ」


 そう言いつつ、壁際にしつらえられた席にナンシーを座らせるルーカス。


 何もかも彼の調子なことに苛立ちを感じつつも、それが不思議と心地よいナンシー。

 彼女が我に帰ったのは、ルーカスが軽食の乗った皿を手に戻ってきた時だった。






「あなた……よく分かってるのね。普通こういう時、殿方は甘いのものをお皿に盛ってくるのに……」


 ルーカスがシャンパンのグラスと共にナンシーに渡してくれた皿。そこにはチーズやハムといったお酒に合う軽食類が彩りよく盛られていた。


「自分は塩っぱいものの方が好みなのに、イメージのせいで食べられないって女王陛下に愚痴ってたろ? それを覚えてただけさ」


 彼の言う通り、どちらかと言えばお酒に会うような塩辛いものが好きなナンシー。

 ただ『可愛い姫君』のイメージ上、こうした場所では甘いケーキやフルーツを食べさせられるのがお決まりとなっていたのだが、ルーカスは彼女が以前思わず口走った愚痴を覚えていたようだった。


「それから……甘いものの気分ならこっちを食べると良い。このダークチョコのかかったオレンジなんて好みだろ?」

「け、結構ですわ! ルーカス様こそ私にかこつけて大好きな甘味を思う存分食べたいのでしょう? 邪魔をしたりはしませんわ」

「おや? 覚えていていただいたとは……」


 ちなみに甘いものより、蒸留酒をストレートで……みたいな顔をしているルーカスは、実は大の甘党だったりする。


 彼はパートナーへの貢物と見せて、好物の甘味をもう一つの皿にしっかりとのせて戻ってきたのだった。


「だが本当にこっちも食べて良いんだぞ? このチーズケーキなんか甘さ控えめでとても旨いーー」

「ーーっ。折角ですし、いただきますわっ!」


 思わず、といった調子で彼が示した一口大のチーズケーキにフォークを伸ばすナンシー。

 食べてみると、確かにそれは甘さ控えめで、代わりにチーズとレモンの風味はしっかりと主張する。ナンシー好みのチーズケーキだった。


「な? 旨いだろ?」

「え、えぇ……さすが甘味が大好物なだけありますわね。ーーそうだわ! 礼というわけでもありませんが、私もチーズケーキなら美味しいお店を知ってますの。今度ご一緒しません?」

「おいおい……どういう風の吹き回しだ?」


 ルーカスから見れば、顔を合わすごとにキャンキャンとつっかかってくるナンシー。

 そんな彼女が、このままでは婚約しないといけないとはいえ、自分からデートに誘ってくるとはーー


「明日は嵐か? 季節外れの大雪か?」


 と揶揄するルーカスだが、ナンシーは意外にも反論せず、やや下を向いてボソリと呟いた。


「だって……さっきからルーカス様ばっかり……」

「ん?」

「だってさっきから! ルーカス様のお世話になってばっかりですもの! これじゃ不公平ですわッ!」


 馬車が伯爵邸についてから、伯爵への挨拶、ダンス、そして今に至るまでルーカスのエスコートは完璧だった。なんなら少し過保護に感じるほど。


 正真正銘のライバルからそんな風に扱われるのはナンシーに取ってむず痒く、どこか『負けた』気分にさえなるのだった。


「いや……エスコートは俺の役目だろ」

「でも……それに、2つ目のご指示は『一緒に食事』でしょう? カフェでお茶、でも許されるのでは?」

「ま。一理あるか」


 夜会での振る舞いに勝ちも負けもない、と苦笑いだったルーカスだが、続く言葉にはなるほどと頷く。


 確かに食事を一緒にするよりは、お茶のほうが敷居は低い。それにナンシーの言うチーズケーキも内心気になってはいた。


「よしっ! じゃあそのチーズケーキとやら、ご紹介いただこうか?」

「望むところですわ」


 ニコリと笑うルーカスに、ナンシーは挑戦的な目を向けたのだった。






 こんな風にして、順調に女王陛下から出された『仲良し計画』をこなしていった2人。


 ナンシーおすすめのカフェでお茶をしたり、はたまたルーカスがナンシーにドレスをプレゼントしたり……端から見れば完全に仲の良い婚約者だが、2人に言わせれば


「あくまでも婚約回避のために仕方なく!」


 である。


 そうして10個の課題のうち、9つ目まで消化したある日の帰り道。ルーカスはなにかの紙片を見つめながら険しい表情をしていた。






「あらどうしたの、ルーカス様? 私とのデートがもう1回で終わっちゃうのが寂しいの?」

「い、いや……うん……」

「ちょっと! 本当に何があったのよ!?」


 いつものようにルーカスを揶揄ったナンシー。しかし戻ってきたのは彼にしては珍しい生返事で、ナンシーは思わず馬車の中で立ち上がる。


 と、急に馬車がゴトッと揺れて、彼女の体がよろめいた。


「危ないだろ、ナンシー嬢」

「ど、どうも……」


 道路の段差でも拾ったのだろう。咄嗟にこれまで上の空だったルーカスがナンシーの体を引き寄せ、彼女が転ぶのを防ぐ。

 ナンシーは、さすがに殊勝な声を出した。


「ところで……本当に何を考えていらっしゃるの? って……それは陛下からいただいた?」

「あぁ……とにかく9つまでは消化できた訳だが……ナンシー嬢! やっぱり10つ目の指示をするのはやめておこう」

「はぃッ!? 急に何をおっしゃるの? そしたら私達、婚約しないといけないのよ?」


 なんのためにここまであっちこっちお出かけしたと思ってるのだ? (存外楽しかった、などとはもちろん言わない)と憤慨し、また立ち上がろうとするナンシー。


 そんな彼女の手をガシッと掴んで席に座らせてから、ルーカスは手にしていた紙を広げて渡してみせた。


「まあ10つ目のご指示を見てみろ。嫌な予感しかしない……」

「わ、分かったわ。ーーえっと、『ブレンボン・ストリートで街歩き?』良いじゃない? 楽しそうよ!」

「おい! 本気か? 裏市場だぞ」


 ルーカスはナンシーの反応に唖然としたように、声を荒らげた。


 ブレンボン・ストリートは外来の珍しいものが集まることで知られる市場だ。

 掘り出し物が手に入ることで知られているが、ナンシーやルーカスのような宝石に関わるものにとっては、その裏の顔のイメージの方が強い。


 それがルーカスの言う『裏市場』だった。


 経済が潤い、それに伴って装飾品の需要も右肩上がりのライセル王国。

 おかげで宝石業界の景気は絶好調だが、これも良いことばかりではない。怪しいルートから仕入れた商品を売ったり、宝石の価値を誤魔化して売る店も増えているのだ。


 そういった店に宝石を卸す業者がとりわけ集まっているのがブレンボン・ストリート。

 特に、その裏路地では怪しげな取引が日々行われているという。

 そんな場所に、よりにもよって宝石店の御曹司が向かえ、という指示。


 なんの裏もない、と考える方が難しかった。


「分かってるわ、ルーカス様。でも逆に言えば、陛下は何らかの『成果』をご希望なのよ。期待には答えたいわ」

「ナンシー嬢ならそう言うと思ったから、頭を抱えていたんだ! どうしてもってなら俺がひとりで行く」

「駄目よっ! 陛下は2人でっておっしゃってるもの。それに乗りかけた船から降りるのは私のやり方じゃないわ」


 喧々諤々とやり合う2人。しかし結局折れたのはルーカスの方だった。


「分かったよ……あんたにこれを見せたのが間違いだった。ーーただし、絶対に危険そうなことには首を突っ込まないこと! 目立たない服を着てこいよ!」

「言われなくても分かってるわ!」


 ブレンボン・ストリートに行くのは翌日のお昼すぎ。そう約束をしたところで、ちょうどプライス家の馬車はウェルスベル邸の前に止まったのだった。

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