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お前を愛することはない、私もなのでお構いなく  作者: 紡里
第二章 時代の変わり目

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変わる準備

次章への準備も兼ねて。

「ようこそ。久しぶりですね」

 ドラッヘンヴァルト帝国のジークムントの離宮に、来客があった。

 アルビアンス王国の学園で、共に学んだ者たちだ。


「お待ちしておりましたわ」

 コーデリアも歓迎する。


「いらっしゃいませ!」

 子どもたちが声を揃えた。


「わたくしたちはアルビアンス王国で同級生だったの。

 こちらから政治学者、法学者、宮内省の行政官よ。ドラッヘンヴァルト帝国の組織を学びにいらっしゃったの」


「わたくしがアルビアンス王国に留学する際には、お世話になるかもしれませんね。

 よろしくお願い致しますわ」

 長女のヴィクトリアは、しっかりと挨拶をした。




 大人たちだけで食堂へ移動する。

 晩餐のようにテーブルセットされていない様子に、客たちは面食らった。


 戸惑いながら円卓につく。上座、下座はないという趣旨であろか……?


 すぐにソーセージやポテト、ザワークラウトなどが運び込まれた。


「驚いたかな。狩猟のあとに楽しむ料理でね。

 今回は勉強ばかりで、息抜きする予定がないんだろう?

 今夜は、気分だけだが野外料理を楽しんでみないか」


 小さな樽からジークムントがビールを注いで、みんなに配りはじめた。


「ジークムント殿下! 私がやります」と行政官が慌てて立ち上がる。


「いや、ビールを注ぐのは難しいんだ。座って待っていてくれ」

 ジークムントがきっぱりと断る。


 コーデリアがくすくす笑いながら、小声でささやいた。

「今日のために、練習しましたの。味わってあげてくださいな」


 客人たちは目を見交わし、居心地が悪そうに身じろぎした。帝国の皇子に酒を注がせるなど、恐縮を通り越して、いたたまれない。



 だが乾杯してしまえば、素朴なおいしさに舌鼓を打つしかない。


「暖炉をいれていますので、ソーセージを温め直したり、チーズを炙ったり……お行儀悪いこともできますわよ」

 コーデリアは貴族らしからぬことを言って、使用人たちを下がらせた。



 改めて乾杯をすると、ジークムントが「さて」と話題を新たにした。

「アルビアンス王国の実情を聞きたい。腹を割って話し合おうじゃないか」

 三人の客人はびくりと体を強ばらせた。


「ヴィクトリアを婚約者に、という案も出ているのでしょう? 

 政治体制をどう変えるつもりなのか、わたくしたちも親として知っておきたいのですわ」

 コーデリアがにっこりと、逃がさないというように淑女の笑みを見せる。


 ああ、このたおやかな貴婦人は、自分の婚約も婚約破棄すら利用して、王国の歴史を変えた人物だった。

 卒業式の大立ち回りを、今更ながら思い出す。



 気楽な友人たちの集いと見せかけて、見事に人払いをされた。のらりくらりと躱せるような状況ではない。

 三人は、苦笑しながらビールを飲み、質問を受ける覚悟を決めた。



「さあ、何が訊きたいですか?」政治学者が口火を切る。



 今回の視察は、皇帝が遊んでいても国が揺らがない帝国の、政治体制を学ぶことが目的だ。

 王国とはどこが違うのか。


 それは、国王になったアーチボルトが暴走しても、国家は揺れないようにしたいという宰相の願いから始まった、

 言ってみれば、お飾りの皇帝を支える、帝国の組織を学びに来たのだ。



「今の宰相がご健在のうちに、国王の権限を宰相や貴族院に移したらどうかという意見があります。その場合は、どの権限から手を付けるべきか。

 国王が暴走したら国家崩壊の危機を招く――そんな体制を変えておきたいのです」

 行政官が、視察の真の目的を説明した。表向きは、国王が外遊する国を選定するための下見となっている。



「アーチボルト陛下は、どんなご様子ですか?」

 コーデリアが尋ねた。そもそも、国王がしっかりしていれば、国の行く先を心配することはないのに……。


「話し合いに参加しても、理解できないご様子で……その都度、説明をしますので会議が進みません。苛立ったり、うたた寝をしたり……困っております」

 行政官が眉を寄せた。

 学生なら自分の成績が悪くなるだけで済むが、国王がそれでは国が立ちゆかなくなる。


 皇帝が女にうつつを抜かしている帝国を手本とするのは、ある意味、正しい選択かもしれない。


「視察の成果は出そうかな?」

 ジークムントが問いかける。彼の口元で、ソーセージがいい音を立てた。


 行政官は、ポテトを飲み込んでから口を開いた。

「まず『陛下のご公務を軽くし、国家運営を円滑にするため』と言えば、制度変更の許可は取れると思います」


 政治学者が、ザワークラウトを自分の皿に乗せながら話す。

「制度的に、諮問組織を設置するのが一つの案です。

 初めは助言する組織として作り、徐々に決定機関に変化させることで、王の権限を空洞化することが可能かと」


「ただ、国王に媚びを売る人物が諮問組織に就任してしまうと形骸化します。つまり、任命権にも手をつける必要が出てくるんですよね」

 法学者が悩ましげに言う。


「人事は実質、各省と宰相が決めているんですけど、任命権は国王にありますからね。

 まともな国王なら拒否しませんが、腹いせにひっくり返すとか……愚か者なら、やりかねないかも」

 アルコールが回ってきたのか、行政官の言葉に遠慮がなくなってきた。へらりと笑いながら続ける。

「歴史上、おバカな国王はたいてい「金の問題」で暴走するので、貴族院が予算を審議・承認する制度を作るというのもいいかもしれません」


 法学者がその先を引き受けた。

「つまり、新しい部署をつくるのではなく、既存の制度を利用するという案ですね。

 財源を押さえれば、王が勝手に戦争や浪費をできなくなります」


「そういえば、予算や決算は難しいと勉強から逃げ回っていましたね。

 権限を譲渡することの意味もわからないでしょうから、すんなり放棄してくれるかもしれませんね」

 コーデリアが呆れたように苦笑いする。



「今は国王になったばかりで、宰相の指示を聞いているからいいんですが。

 すなわち、慣れてきて、暴走する前に制度を固めたいというのが、我々の総意です」

 法律学者がビールを飲み干した。

 ジークムントがいそいそとジョッキを受け取り、樽から注いでくる。

「いや、そんな……恐縮です」「いやいや、いい飲みっぷり」と楽しそうにわちゃわちゃする二人。


 行政官はそれを横目に、自分でジョッキにビールを注ぎ始めた。

「宰相もお年ですからね。ご自分が退職するか、あるいは、お怒りを買って罷免された後のことを愁いていらっしゃるみたいで」


 コーデリアは少し考えてから問いかける。

「モリウェナ王妃陛下のご実家は、どうされているの? アーチボルト陛下の後ろ盾になって、政治を主導するのではなくて?」


 政治学者が笑い声を立てた。

「王太子妃を離婚するときに、陛下とご当主が大げんかしまして。妹が後継者として育てた王太子妃を追い出すなど、正気ではない。この国を滅ぼす気かと。

 筆頭公爵家として貴族院議長を長年勤めていらっしゃいましたが、第二位の公爵家に譲って引退なさいました」


「母方の親族と決裂し、妻の男爵家は消滅……安心できる後ろ盾のない、裸の王様ですわね」

 コーデリアも苦笑いするしかなかった。


「第二公爵家は、中立の、事なかれ主義ですからね。陛下が暴走しても、防波堤になっていただけるとは思えません」

 行政官はコーデリアに向かって話しかける。

「そこで――序列第三位のダンブリッジ公爵家は、国政に復帰するご予定はないのですか?」


 これは、真面目に答えなければいけないと、コーデリアは受け止めた。

「ないですね。我々はアーチボルト陛下が、人として嫌いなので」


 きっぱりと言い切るコーデリア。

 学生時代に前髪で目元を隠し、取り巻きたちに埋没するように過ごしていた人物とは、別人のようだ。

 返ってきた答えは残念な内容だが、三人はなんだか楽しくなってきた。



「やはり、早々に財政権を取り上げましょうか」と法学者はジョッキを前に突き出した。


「『贅沢をしてこそ国王』と吹き込む貴族に『では、貴方が国王にその品を献上するのを許しましょう』と返してやったらどうです? 二度と言わなくなりますよ」

 行政官は鼻歌を歌い出す。


「国庫を『人の金』だと思って、国王にたかろうとしている連中を、ぎゃふんと言わせるわけですね。面白そうだ」

 政治学者は左右に揺れ始めた。


「歴史家に『おねだり国王』と書かれたらどうします?」と行政官。

「可愛いあだ名だと思いますわ」とコーデリアが微笑んだ。


 ジークムントは、政治に関わらない父親と、国政から遠ざけられようとしている元同級生を比べて、どちらがマシだろうかと考えた。


かなり酔っ払って、「できあがった」大人たちです。


誤字報告ありがとうございます。

ヴィクトリアとコーデリアを書き間違えてました。

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