2-5 そのころ帝国では
出産に関するトラブルと暴力表現が出てきます。苦手な方はご注意ください。
ドラッヘンヴァルト帝国のジークムントに与えられた離宮に、来客があった。
ジークムントの叔父であり、皇妃の弟のオットー・アイヒホルンである。
「大叔父様、お久しぶりです」
ジークムントの娘がスカートをつまみ、カーテシーで挨拶をする。
オットーは目を細めてボウアンドスクレープを返した。
「これはこれは。丁寧なお出迎えありがとうございます。ヴィクトリア様」
二人は顔を見合わせて、くすくすと笑いだした。
弟も慌てて、ボウアンドスクレープの真似をする。
「やだ、アレク、これは冗談よ。親戚にこんなところでカーテシーなんか、普通はしないの」
ヴィクトリアは、生真面目な弟が冗談を真に受けたことに気付いて訂正した。
逆に、オットーは仰々しい態度を継続して、侍従が持っている箱を指し示した。
「アレクサンダー様にも貢ぎ物をお持ちしましたぞ」
子どもたちの目が輝いたところで、ジークムントが苦笑しながら声をかける。
「叔父上、いつもありがとうございます。
ほら、後でお茶をご一緒させていただくんだから、それまで勉強してきなさい」
子どもたちをうながして、オットーを書斎に案内した。
メイドがコーヒーを淹れているところにコーデリアが入ってきた。
「オットー様、お出迎えせずに失礼しました。
ベンジャミンがぐずってしまって……」
「いえいえ、お先にくつろがせていただいてますよ。
幼い子には、アルビアンス王国から帝国に来る船旅が負担だったのかもしれませんな」
オットーは、にこにこと人の良さそうな顔をした。
「……もしかしたら、ベンは精霊力が強いのかもしれない。
この離宮は、精霊たちにとって居心地がいいように工夫している。その分、密度が濃いんだ」
「では、次にアルビアンス王国に帰るとき、いくらか連れて行くのがいいですね。小さな木を鉢に植えて、準備しておきましょう」
オットーはその様子を詳しく聞きたいと思ったが、メイドが下がったので、自制心を発揮して本題に移った。
「精霊のお話は実に興味深いのですが、まず、皇女殿下の状況をお伝えせねば」
ジークムントの実の姉、皇女は次期皇帝の座を手に入れるべく暗躍している。
実際は皇女の夫が動いているのだが、敵対者の暗殺を試みたりとなかなか物騒な人物なのだ。
「皇帝陛下の愛人たちが産んだお子様たちは、今のところ順調に育つ見込みが薄いですね。
流産や死産、生まれつき障害を持っていたりします。まあ、皇帝陛下も、いいお年ですから……」
流石に、種が古いので……などと口には出さない。
「健康に産まれた場合は、皇女派閥に……」
と先を濁すが、大体のところは察せられてしまう。
「こちらとしては、皇帝がいなくても国政が回っているのだし、誰が王冠を被ろうが構わないんだけどなぁ」
ジークムントはまるで他人事のように話した。
幼少期から「悪魔つき」と蔑まれ、帝国にいい感情を持っていないのだ。
「護衛をご自分で決める権利を得てからは、襲われることが少なくなりましたし、ねぇ」
コーデリアがジークムントに微笑みかける。
それまでは皇女と通じている内通者がいて、常に危険と隣り合わせだった。
護衛が信用できないなど、とんでもない状況だ。
その手先を排除するために精霊魔法を使った日を思い出し、役に立ってよかったとコーデリアは胸をなでおろす。
そして、小さいレープクーヘンを一口囓り、スパイスと蜂蜜の香りを楽しんだ。
書斎の扉がノックされ、オットーの侍従が呼ばれて廊下に出た。
他家にいるところに急使が来るなど、異常事態が発生した可能性が高い。
会話が途切れ、なんとはなしに、侍従が戻るのを待つような雰囲気になる。
奇妙な緊張と間延びした気怠さが混じる、なんとも言えない時が過ぎていく。
「……コーヒーを入れ替えましょうか」
コーデリアが口にする。
「いえ、まあ……お気になさらずに」
侍従がもたらすであろう情報の方が気になるのだ。
更に、待つことしばし。
ノックの後に、侍従が戻ってきた。
「皇女殿下が夫の浮気現場に遭遇し、夫と浮気相手を負傷させたそうです。
詳細は不明ですが、流血があり、医師が往診中とのこと」
厄介な敵の動きが封じられたなら、朗報と言える。
何度もジークムントに暗殺者を差し向けた黒幕だ。
「申し訳ないけれど、怪我で動けなくなりますように」と心の中で祈ってしまうコーデリアであった。
急に皇女が暴れだして、すみません。




