イスカリーヌ国の王族たち
イオネが拉致されて、暫定的に後継者として扱われた妹とその家族の話です。
イスカリーヌ国に激震が走った。
アルビアンス王国の属国とされていたが、精霊魔法により主権が戻ったのだ。
イスカリーヌ国で精霊魔法を使える者たちは、一瞬で空気が変わったことを察知したが、まったく理由がわからず混乱した。
戦も交渉もしていないのに、恥知らずな国が自発的に主権を返すなんてことがあるのだろうか?
翌日、アルビアンス王国に駐在する大使から連絡が入った。
ダンブリッジ公爵家の計らいによる独立とイオネの無事、二人の子どもがいるということ。
イオネの妹シビラは、姉の無事を聞いて、ホッとした。
ホッとしたのも束の間。
すぐに母、巫王に呼ばれ、数日間神殿に籠もることになる。
この機会に、アルビアンス王国からの侵略者たちを一斉に追放する――そのために、広範囲に精霊魔法を繰り出した。
多くの巫女たちの祈りが、島国イスカリーヌに満ちていく。
小さな精霊が虫たちを操り、大地が祈りに応える。
目障りな侵略者たちが逃げていく手応えがある。
抑圧された状態から、全力で不快なものを振り落としていく感覚は、巫女たちを陶然とさせた。
数日後、儀式で疲れた体でシビラが帰宅すると、夫と娘が不満げにしていた。
イオネが帰国したら、次期巫王の座を明け渡さなければいけないと。
シビラは「姉様がいて、よかったと心底思うわ。取りあえず、寝かせて」と言い、深い眠りについてしまった。
寝付いている間に、精霊信仰に反対の立場を表明している叔父が行方不明だという連絡が来た。
横暴なアルビアンス人たちが精霊に追い出されたのと同じで、精霊に嫌われて何かされたのだろうと夫も娘も大して気にしなかった。
この島では、「そういうこともあるさ」としか言えないのだ。
数日後、ようやく起きたシビラはベッドの上でおかゆを食べていた。
「ねえねえ、母様。私は巫王になれないの?」
幼い娘は、夫に巫王になれと言われて育っている。
状況によってはそうなることもあるので夫の発言を否定しなかったが、いい機会なので現実を教えておこうとシビラは考えた。
「儀式の補佐でもこんなに疲れるのだから、私は中心になる巫王になんてなりたくないわ。
巫王になったら、新年になって皆が楽しく宴をしている広間の地下で、儀式をしなくてはいけないのよ。
イオネ姉様が戻ってきたら、私は巫王の勉強をやめたいくらいだわ。……許されれば、だけど」
娘は新年の宴に参加できないと聞いて、それならやりたくないとあっさり意見を変えた。
今回のように、虫も土地も動かせる力があるのに、効率的なタイミングを計って十二年間も姉の拉致監禁を放っておいた。
精霊王の感覚は、人からは理解できない。
母も、祖母から巫王を継いでから、人と感覚がズレてきていると感じる。
精霊の世界は、人間の理屈が通用しないのだ。
精霊信仰を否定する叔父の気持ちが、少しだけ、理解できなくもない。
巫王の夫――つまり、父だが――は、十二年間「自分の娘を助けてくれ」と誰にも訴えることができずに耐えるしかなかった。巫王が望まないから――ただ、それだけで。
そんなものになりたいのか。その覚悟はあるのか。
そう自分の夫に問いかける。
――それらを語る口調が、鋭いナイフのようで、いつものシビラとは違っていた。
普段はもっと優しく柔らかく話すのに……。
儀式の名残りか……精霊たちの残滓が抜けるまで、家庭内にちょっぴり緊張が走ったのでした。
それから何ヶ月が経ち……もうすぐ、イオネの娘がイスカリーヌ国に帰国する。
初めてイスカリーヌの地に降り立つので、「帰国」という表現が正しいかはわからないが。
「ああ、次の儀式にはあなたも見習いとして参加するといいわ」
シビラが娘に提案した。
「みんなにちやほやされたかっただけで、大変なのは嫌なの」
正直すぎる答えに、シビラは呆れた顔をする。
「血筋的に、そんなことが許されるわけないでしょう」
「父様、助けて!」
母には何を言っても無駄だと悟る娘。
「頑張れ、応援しているぞ」と無責任に応じる夫。
平和な普通の家庭が、そこにあった。
「イオネ伯母さまの娘さんはいつ来るの? 彼女が来たら、私はお役御免なのよね?」
「補佐が要るような儀式には呼ばれるわよ。
巫王を目指すくらいの野心があったなら、儀式に参加できることを喜びなさい。隙を見て、地位を奪うんでしょう?」
かつての発言を蒸し返され、娘は顔を赤くした。
「もう、言わないで! ただの、子どもの出来心でしょ。」
こうして、突然現れた後継者に嫉妬する従姉妹も、「自分の立場を奪われた。取り返してやる」と欲しがる従姉妹も誕生しなかったのでした。
新たな火種が生まれるかと思ったのですが、すぐに鎮火されてしまいました。
島国は、今日も平和です。




