5-6 北の公爵、南の王
王都のお話です。
ついに、新聞にダンブリッジ公爵令嬢が王太子に婚約破棄されたことで、イスカリーヌ国が独立したという記事が載った。
財務卿は、仕掛けた罠に獲物がかかったと、情報源の調査結果を心待ちにしている。
量刑や罰金については、すでに法務卿と相談済みだ。
だが、予想していたとはいえ、学園卒業生あるいはその親族、または王宮の従業員が秘密を漏らしたということ。
王妃が口外するなと言ったことが守られなかった証であった。
――そして、それを機にダンブリッジ公爵家が王都を去った。
王国大評議会の議席は序列第四位の公爵家に譲り、貴族院議会はしばらく欠席するとのこと。
どんな逆恨みを買うかわからない状況では、仕方ないと多くの貴族たちは理解を示した。
後にわかったことだが、王都のタウンハウスは完全に閉じられて、一時退避というより撤退という様相を呈していた。
門扉には鍵の上から頑丈な鎖がかけられ、それを見た人は「王都に来たときにどうするんだろう?」と疑問を抱いた。
実は、新聞記事が出る前にタウンハウスの使用人も領地に向けて出発し、公爵や令息たちはホテル暮らしをしていた。
事情をよく知らない民衆がタウンハウスに押し寄せた場合を考えて、備えていたのだ。
公爵夫人クラリッサは宮中伯の令嬢だった。
アルビアンス王国の宮中伯は、領地を持たない、建国当初からの王家の家臣たちである。
土地持ちの貴族は「領主」であることが一番大事で、国の要職に就くかは人による……という状況だ。
それに対して、宮中伯は王家が第一。
それぞれの得意な分野で王家に貢献してきた。医療、歴史、天文、土木、礼法……。
そんな中で、医学の、さらに精神医学に強い家系がファリンド家だ。
ところが、その当主は「病気療養」という名目で、もう何年も妹の嫁ぎ先であるダンブリッジ領に籠もっている。
爵位に伴う税金を払っているから返還を求められていないだけで、事情を知らなければ、没落貴族だ。
つまり、ダンブリッジ公爵は、妻の実家も含めて、王都と縁を切る覚悟を見せていた。
状況を見通せる者は恐れ、時流を読めぬ者はダンブリッジ家が凋落したと嘲笑う。
イスカリーヌ国で暴利をむさぼっていた者たちは、八つ当たり先を見失う。あっという間に今までとは逆に、足元を見られる立場に転落していった。
卒業パーティーから半年後、ダンブリッジ公爵家の家督を長男ライオネルに譲るという届け出と長女コーデリアをドラッヘンヴァルト帝国の皇子に嫁がせる承認を求める書類が提出された。
アルビアンス王国の外務卿が帝国に連絡を取ったところ、この婚姻を歓迎するという回答だった。
卒業パーティーで一方的に婚約破棄した経緯から、アルビアンス王国は「国益」を盾にこの縁組みに干渉することができない。
国王グリムリーの罪に対して、イスカリーヌ国への賠償、イオネと二人の子どもの帰属、国際的にかなり弱い立場になった。
通常であれば大きな出来事である、大貴族の代替わりと帝国の皇族との縁組み。
国王代理として目の回るような日々を過ごしている王妃には、意見を述べる余裕がなく、すんなりと事務的に処理された。
そうして、卒業式から一年後。
イオネ姫の隷属の首輪を外す方法が見つからないまま、王女はイスカリーヌ国に、王子はアルビアンス王国に残ることに決まった。
王女を送り出し、王子に王位継承権を与えるための式典に、新ダンブリッジ公爵ライオネルは、辺境伯令嬢をパートナーとして登場した。
当時の騎士団長の嫡男と婚約していて、コーデリアが王太子に断罪されたとき、護衛のように側に控えていた女傑だ。
学生時代は婚約者だった嫡男に苦言を呈したり、コーデリアを守るために威嚇したりと不機嫌な顔を見ることが多かったが、今は、自信を持ち輝くように微笑んでいる。
ところで、元騎士団長だが、イスカリーヌ国の姫を拉致し、その護衛や侍女を殺害しており、国王の犯罪の実行犯として処刑された。
その嫡男は母方の養子に入り、近衛騎士団の見習いをしている。
王妃としては近衛騎士にしたくなかったのだが、王太子が身近に置きたいと言うので、仕方なく許した。
いつの頃からか、王太子が筋肉質の男性を怖がるようになった。体格がよくても側に置ける人間は貴重な存在である。
その王太子だが、ロクサナ・サマセットが王子を産んだ。
二人の教育がまだ十分ではないため、王妃の背後の小部屋から、窓越しに式典をのぞいているように指示を出した。
一日でも早く公務を任せられるようになってほしいものだが……。
息子より三歳年上なだけなのに、立派に公爵を務めるライオネルが羨ましいと思ってしまう。
王妃は宰相に「あの二人は婚約しているの?」と小さな声で訪ねた。
国内の貴族同士の婚約に、王家は関与しない。
「家督を継いで、すぐに婚約したようです」
宰相は一度引退したのだが、後を継いだ宰相補佐だった男は三ヶ月で体調を崩して療養を余儀なくされたため、彼を呼び戻すことになった。
彼の嫡男は秘書官として王宮で働いているが、次男は卒業パーティー以降、領地に封じられている。
壇上の中央に王妃が座り、一段下に今回の主役である王女と王子が座っている。
地位の高い貴族から順に挨拶をしていくのだが、ダンブリッジ家は定型文だけの儀礼的な挨拶で、会話が弾むことはなかった。
前公爵夫妻が来ないことを王妃は寂しく思う。
挨拶を終えたイスカリーヌからの国賓と若きダンブリッジ公爵が談笑している。
それが視界の端に映ったとき、王妃はあることに気がついた。
ライオネル・ダンブリッジの婚約者の家は、王国の南北を分ける位置にある辺境伯家。
その家と北側の大貴族、ダンブリッジ公爵家が結んだのなら、南側を拠点とする現王家を倒すことも可能となるのではないか?
そうなった場合に、他の公爵家や有力な家門がどちらに付くか。
どちらに着くか予想できる家門もあるが、流動的な家門もある。
前ダンブリッジ公爵夫人クラリッサの実家……宮中伯は調略をかけるときの交渉人として暗躍していた家系だ。
その手札を失ったのは、とても痛いことだとようやく気付いた。
静かに仕事を熟していただけの宮中伯の動向など、あまり気にしていなかった。
しかし、交渉して新しく味方を作ることができない上に、ダンブリッジ側に鞍替えする貴族が出てくるかもしれない。
王妃は血の気が引いた顔を、扇で隠した。
卒業パーティーから一年後、色々なことが一段落しつつある状況をお届けしました。
まだまだ問題は山積みですが。




