5-1 クラリッサと皇子の駆け引き
お待たせしました。第五章の始まりです。
王都を出てから四日目の午後、コーデリアたちはダンブリッジ領都にあるカントリーハウスに到着した。
先触れを出していたので、家令たちが整列して出迎える。
流石のクラリッサも、ほっと肩の荷を下ろしたのが端から見てもわかった。
この旅を無事に終わらせるために、気を張り詰めていたのだろう。
「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様。
ようこそお越しくださいました。ドラッヘンヴァルト帝国の皆様」
懐かしい笑顔を見て、コーデリアは「我が家に帰ってきた」と心から安堵した。
挨拶のあと、客室への案内、厩への誘導、荷物の運び込み……家令が次々と指示を飛ばしていく。
それぞれ身支度を整えてから、お茶の場が設けられることになった。
コーデリアは馴染みの侍女に髪を拭いてもらいながら、脱力していた。
「お母さま付きの侍女も優秀なんだけど、親子と言っても好みが違うじゃない?
私専属のあなたたちのありがたさを、再認識したわぁ」
クラリッサは早く次の行動に移りたいと、厚手のタオルでわしわしとマッサージするように拭かせていた。
一方、コーデリアはゆっくりと優しく押さえるように拭いてもらう。急ぎの案件があったら乾かしながら聞いたり、考えたりすればいいと思っている。
急かされたくないのだ。
「タウンハウスでの専属の子は、後続の馬車に乗っているのよね。そちらは、特に問題は起きていないかしら?」
「家騎士団の出動要請などもありませんので、おそらく大丈夫かと」
コーデリアは胸をなでおろした。
コーデリアがデイドレスに着替えてドローウィングルームに行くと、母のクラリッサが家令と打ち合わせをしていた。
コーデリアはお気に入りのソファに腰を下ろし、その柔らかさが嬉しくて微笑んだ。
そこへ、ジークムントが従者と共に入ってくる。
ジークムントはカジュアルなジャケットを羽織り、背筋を伸ばして一定のリズムで歩いてきた。
メイドが紅茶を注いでいく。
クラリッサはその様子を確認して、メイドに小さく切り分けるよう合図した。
「こちらの伝統的なお菓子で、プディング・パイと言います。お好みに合いましたら、おかわりをしてくださいね。どうぞ、召し上がれ」
クラリッサがにこやかに勧める。
ジークムントは礼を言ってから、クラリッサを見つめた。
「……甘い物はお嫌いですか?」
「いえ。その……クラリッサ様が一口召し上がるのを、お待ちしておりました」
二人は見つめ合う形になり、クラリッサが首をかしげる。
コーデリアがのんびりとした口調で、割って入った。
「アルビアンス王国には、主催者が毒味をする習慣がないのですわ」
クラリッサは「なるほど」と軽く笑い、一口食べて見せた。
「失礼いたしました。このとおり、毒は入っておりませんわ」
ジークムントは少し赤くなり、「こちらこそ失礼を」と答えてナイフを入れる。
それを見届けたコーデリアは、自分の皿に手をつけた。
「懐かしいわ。これ、大好きなの。濃厚なカスタードが、口の中でとろける感じ」
「カスタードがお好きなんですね」
ジークムントが柔らかく笑う。
「美味しいカスタードなら王都にもありましたわ。けれど、このスパイスとドライフルーツを加えたカスタードは、ダンブリッジ以外では食べられないと思いますの」
かわいらしいお国自慢に、和やか空気が広がっていった。
会話が落ち着いたところで、家令が王都の状況を報告する。
「卒業式の翌日、号外が出ました。
イスカリーヌ国を属国にする際の手続きに不備があり、独立国として復帰する、と。
二日目に、国王がイスカリーヌの姫を誘拐、強姦、監禁し、隷属の首輪をしていたことを公表すると、王国大評議会で決定。国王の政治復帰は絶望的な状況。
三日目に、イスカリーヌ国で横暴な振る舞いをしていたアルビアンス人が続々と帰国。虫の大量発生と外壁の崩壊で、命の危険を感じたとのこと。前宰相も帰国時に捕縛されました」
クラリッサがコーデリアの顔を見ると、コーデリアはうなずいた。
「イスカリーヌにいらっしゃる土の精霊王が動かれたのでしょうね」
ジークムントは目を見開く。
「……それは、虫を操り、壁を壊すことができるということですか?」
「簡単ではないと思いますが。流石、イスカリーヌの巫王ですね」
コーデリアは、ジークムントの驚きを理解していないようで、にこりと微笑んだ。
家令は話の流れを元に戻す。
「イスカリーヌ国の独立に強く異を唱える者があれば、前宰相との共謀を疑い、糾弾する流れに持っていきたいとのことです」
「我が家が独立に関与していることは?」とクラリッサ。
「公式発表には含まれておりませんが、卒業式の出席者を考えますと、いずれは……。
まだ、王太子殿下とお嬢様の婚約破棄の情報も伏せられていますね」
「……そう。しばらくは、どう動くか様子見かしらね。
では、ジークムント殿下、そちらの状況を教えていただけます?」
ジークムントはフォークを置いて、顔を上げた。
「私は第一王子ですが、精霊のせいで『呪われた皇子』と呼ばれ、立太子されていません。
二十歳年上の姉が継承権第二位で、その息子たちは私と同世代。私がいなければ……と強く思っているようです」
ジークムントは少し逡巡してから、決意を固めるように拳を握った。
「先日の襲撃ですが……指揮していた者を一名捕らえました。他は始末し、最寄りの農村に収容しています。
斥候を村の周辺に忍ばせて、監視を継続中です。
今夜、私の護衛の一部が引き返して、帝国の者を匿って協力していたのか確認させます。
領主の関与があった場合は――どのように対処するか、ご相談させてください」
「……なるほど」
クラリッサは一瞬、瞳を閉じた。
「帝国に魔道通話をする必要があったら、こちらの家令に案内してもらって。
しばらくは、こちらに滞在すると伝える必要があるでしょう?」
「実は、御嫡男に滞在を許可されたときに伝えております。
……信用していただけるなら、防衛体制の見直しに協力しますので。いつでもご相談ください」
「お申し出、ありがとう存じます。今夜にでも、主人に相談してみますわ」
クラリッサは内心、舌打ちをした。
ジークムントが襲撃されたのは、帝国の誰が姉と繋がっているかを調べるための策だろう。
ダンブリッジ領に滞在すると伝えた相手が、裏切って情報を流すかどうか……今回は黒だった、と。
そのお詫びに防衛の穴を指摘して技術協力をするという申し出……さて、旦那様はこのような人物をどう評価するかしらね。
「お母さま。その時に、後続の馬車がどうなっているか、お兄様たちはお元気か……聞いておいてくださいね」
「そうね。こちらが襲撃に遭ったこと、その黒幕が帝国だったこともお伝えしないと」
コーデリアはこうやって、よく、緊張した空気を混ぜっ返す。
意図的にやっているのか、天然なのか、我が子ながらよくわからないのよね……とクラリッサは苦笑した。
「ところで、ジークムント殿下が連れてきた馬は、大陸産ですよね。我が領の牧場でごゆるりとお過ごしいただいて結構ですよ」
大陸の馬は力強く、アルビアンスの馬は足が速いことで有名だ。
「それは、光栄です。滞在中、のびのびと過ごせるとは、嬉しい限りです」
ジークムントが微笑む。
クラリッサは一拍置き、まるで世間話の延長のように切り出した。
「――ただ、軍馬を国外に持ち出すことは、ときに軍事機密の流出と同義ですわね」
ジークムントの笑みが僅かに固まる。
クラリッサはその反応を見逃さず、穏やかに続けた。
「襲撃に巻き込まれた我が家への『お詫び』として……このたびは特別に、種付けを黙認いただければ」
ジークムントの従者が息を呑む。
当の皇子は沈黙し、しばし考え込んだ。
やがて低い声で答える。
「……こちらの雌馬にも、同じように許可していただけるなら」
クラリッサの口元に、艶やかな微笑が戻る。
「もちろんですわ」
紅茶の香りを味わっていたコーデリアが、声を弾ませた。
「どんな仔が生まれるか楽しみね」
クラリッサは家令に視線を送り、「後ほど手配を」と告げて、紅茶を口に含んだ。
――この皇子なら、縁を繋ぐのも悪くないかもしれない
ちょっと利用しちゃおうかな、と思ったジークムント君。年上のおねーさまには敵いませんでした(笑)




