王子様は弱い山羊
ロクサナ視点のお話です。
私が生まれた実家は、サマセット男爵領の山間で山羊を飼っている家。
ミルクやチーズを作って、細々と暮らしていた。
たまに、他の村の山羊飼いと種付けを協力し合う。
そのついでに人間同士も交流を持つので、貞操観念はわりと大らかだ。
母は領地を視察に来たサマセット男爵の嫡男に襲われて、私を産んだ。
性的なことには大らかだけど、「断られたら諦める」という決まりがある。
同意がないのに……しかも自分の力ではなく、従者に協力させた卑怯者。思い出すだけで腸が煮えくり返るということで、私は嫌われていた。
私が十三歳の年、男爵が突然私を「引き取る」と言ってきた。
そこで始めて読み書きを習い、礼儀作法というものを知った。
きれいな服を着れるのは嬉しかったけど、正妻さんの目は恐かった。
でも、私と同じ境遇の子はたくさんいるらしく、時々、門の外で叫んでいる人を見かけた。
王太子が生まれた年は、高位貴族の子どもが多いんだって。
出産のタイミングを管理するのは、畜産でも常識だからね。
人数が多いんだから、「学園で誰か捕まえてこい」と命じられた。
二歳年上の義姉より、私に賭けるらしい。
お貴族様の血筋より、私の顔面の方が価値があるってことか。
山羊なら外見だけじゃなく、乳の出とか病気に強いとか、色々な価値があるのに。
「貞操観念」の授業には、本当に驚いた。
結婚してから「合わない」ってわかっても、手遅れじゃん?
じゃあ、あのオヤジは?――ってなるじゃない。
男爵は「貞操」って言葉を知らないに違いないって言ったら、「男性は別にいいんだ」と来た。
はあ?
女だけ貞操を守れって、どういうことよ。
男だって女だって平等に、自分の好みの相手を捜すべきだわ。
貴族って、実は、頭そんなに良くないんじゃない?
さて。
どうやって親しくなったらいいか……わからなかったから、とりあえず、見た目がいい貴族の前で転んでみたよね。
山羊を追いかけて斜面を駆け回っていれば、安全な転び方くらい身についているから。
仲良くなった男の子に、高位貴族の授業や教室移動の時間を調べてもらった。
騎士団長の嫡男が力自慢してきたときには、笑ってあげた。「山羊でも、大きい角を持つやつが偉いんだよ」
宰相の次男が「兄上は立派なんだ」って、苦笑いしたときに教えてあげた。
「山羊の群れにはサブリーダーが必要なんだよ。リーダーだけじゃ危険に気付くのが遅れたり、小競り合いが増えたりするよ」
魔道士長の愛弟子が男色の相手をさせられると悩んでいたから、「山羊も雄同士でじゃれあうよ」と教えてあげた。
(魔道士長は結婚もしないで清廉潔白な人って噂を聞いていたから、びっくりしたけど)
そんな話を耳にしたのか、王太子が「私の側近を励ましてくれたんだって?」と近づいてきた。
さすがに、王太子と仲良くなろうとは思ってなかったけど……。
婚約者のダンブリッジ公爵家が恐くて、ご令嬢たちは礼儀正しく距離を取るんだって。寂しそう。
コーデリア様も、ねぇ……。公爵家なんだから、見栄えにお金をかけなよ。あれじゃあ、エスコートする王太子様が、可哀想。
――王太子は、お母さんの愛が欲しいんだね。
私も、一度くらいお母さんに愛されてみたかったよ。
無償の愛? 絶対に味方になってくれる?
は~、すごいねぇ……って感じ。
そんなの、どこに行ったら手に入るの?
王太子が持ってないって……お金があっても、地位があってもダメってことじゃん。
私以外にも庶子から貴族になった子がいて、王太子を巡って私と競い合ったけど――当然、私の勝ち。
だって、ほら。私の足を引っかけようとして、逆に転んじゃって。岩場で踏ん張れないタイプね。
それに。見よ、乳製品に育まれたこの豊かな胸を!
あの子は、王太子の孤独に寄り添うどころか、自分の虚栄心ばっかり強くて。
ま、私の敵じゃなかったよね。
そのうち、鉄道事業でサマセット男爵領が重要な位置にあることがわかった。
そうしたら、私を目の敵にしていたダンブリッジ公爵家の次男が、王太子の側近から外された。
すごい幸運!
私、もしかして精霊の愛し子なんじゃないかしら?
うるさい側近がいなくなってから、王太子がアクセサリーやドレスをプレゼントしてくれるようになった。
その頃に、生家の母親らしき人を見かけた。
何か言いたそうだったけど…………知らない。
男爵に引き取られてから手紙の一つも……あ、文字が書けないんだった。
鉄道の準備で、立ち退きさせられたのかなってちらっと思ったけど。
飢えなかっただけで、可愛がられた記憶はないもん。
それに、こっちだって、それどころじゃないのよ。
いい男を捕まえられなかったら、卒業後にどうなるかわからない。
貞操を死守しろとか言われたけど、一番地位が高い男を捕まえたんだから、引き留めるために……いいよね?
そこで、私は勝負に出た。
王子様の魅力?
――可哀想でかわいいのよ。
貴族ってみんなマナーが完璧で、すました顔をして、取り繕った建前ばかり。
その孤独を理解して慰める私が、彼を支えて守ってあげたい……と思うの。
弱い山羊がいると、リーダーや強い個体は自然と責任感を発揮し、群れ全体の秩序を保たなくちゃいけなくなる。王太子も、きっとそういう存在になれるわ。
でも、それを認めようとしないせいで、彼の劣等感は募る一方だった。
だから、私はか弱い女の子を演じて、「守ってやっている」という満足感をあげるね。
このエピソードを読んでから、一つ前のエピソードに戻ると「ふざけんな!」が倍増するかと思います(笑)




