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お前を愛することはない、私もなのでお構いなく  作者: 紡里
第一章 卒業パーティーとそれから一年後
1/54

1-1 「お前を愛することはない」

お馴染みの台詞から始まりますよ。

どうぞお楽しみください。

 ■ドヤ顔の王太子■


 卒業パーティーの会場に、王太子アーチボルトの声が響いた。


「コーデリア・ダンブリッジ。私がお前を愛することはない!」


 名指しされた公爵令嬢コーデリアは、友人たちの輪から抜けて一歩前に出た。

 その顔には、驚きも悲しみも見えなかった。

 いつものように冴えない風貌で、曖昧な笑みを浮かべるのみ。


 会場の隅の、侍女や侍従が待機している場所から、コーデリアの侍女がすすすと歩いてきた。

 なにやら書状とペンをコーデリアに渡す。


 コーデリアは王太子の前まで来ると、ペンを差し出した。

「では、こちらにサインをいただけますか」


 それは以前交わした婚約誓約書だった。



「この下の方、破棄を希望する者の欄に、王太子殿下がご署名ください」



 王太子は二の句がつけなかった。


 なぜ、泣かない? 理由も聞かない? 

 なぜすでに婚約破棄の手続きを準備しているのか?



「……あのぉ、早く署名なさらないと、反対する者が現れるのでは?」


「ち、父上の許可なら取ってある!」

「それは、それは。

 ……王妃陛下も、ですか? もう一度王妃教育を施すのって、面倒くさいと思うんですけどぉ」


 王太子は引ったくるように紙を奪った。テーブルの上の料理をずらして、その間で署名する。


「あらぁ、せっかくキレイに盛り付けたお料理が崩れちゃったわ」

 ほおに手を宛てて、のんびりとコーデリアがつぶやいた。


 王太子は、「こいつは人をイラつかせる天才だ」と腹を立てた。

 いつもなら怒鳴りつけてやるが、今はへそを曲げてやっぱり婚約継続を希望されたら困る。

 ぐっと我慢をして、署名を終えた。


 空気が一瞬揺らいだような気がしたが、ムカムカしていたので、ちょっとした違和感はすぐに意識から外れてしまった。

 それが、コーデリアの策とも知らずに。



 婚約誓約書を受け取ると、コーデリアは署名を確認してから侍女に手渡した。

 侍女がすすすすすと会場を出て行くと、コーデリアは何もなかったかのように、友達の輪に戻っていく。



「ちょ、待て待て待て、コーデリア!」

 はっと我に返った王太子が、大声で呼んだ。


 先ほどまでのにこやかさが嘘のように、コーデリアは顔をしかめた。

「……もう、婚約者ではないので、ダンブリッジ嬢とでもお呼びくださいます?」



 戸惑い気味の王太子が「なぜ理由を訊かないのだ?」と問うと、コーデリアは興味がないのでと答える。


「真実を知らずに、納得できるのか?」

 訊きたいなら聞かせてやってもいいぞ、とばかりに腕を組む。

 そこに、男爵令嬢が駆けより、王太子の腕にぶら下がった。


「コーデリア様、正直になった方がいいと思いますよ。私なんかに負けて、悔しいんでしょう?」


 それを聞いて、コーデリアの友達がざわめいた。一番気の強い令嬢が反論しようとしたのを、コーデリアは制止する。


「あなたとは正式にご挨拶していないと思いますけれど。許可なくファーストネームを呼ぶのはマナー違反です」


 誰かが吹き出した。幼児が習うような初歩の初歩だ。


「……っ、意地の悪い女だな! 彼女はロクサナ・サマセット。私の『真実の愛』だ!」

「さようでございますか」

「お前こそ、なぜ名乗り返さぬ。それもマナー違反だろう?」

「……知り合いになりたくないので」

 彼らに背を向けて、拒絶の意思を示した。


 ぷっ、くすくすと笑いが起きる。



 令嬢の一人がコーデリアにささやいた。

「もう会場を出て、わたくしたちだけでお茶でもしませんこと?」


 コーデリアは苦笑いする。

「そうしたいのはやまやまですが、この後、国王陛下のご挨拶がありますからねぇ」



 大きな大きなため息を吐いて、王太子と向き合った。


「皆様のご迷惑になりますので、手短にどうぞ。何がご不満なのですか?

 そちらが婚約破棄を希望した、わたくしはそれに応じた。

 まだ、何かございますの?」


 今までのおどおどした様子が嘘のように、軽く威圧を感じる。

 王太子は内心、焦りを感じた。


「ここで泣きすがって、側妃でもいいと言わないのか?」

「……脳みそにウジでも湧いているんでしょうか。

 何度もお断りしたのに、どうしてもと国王陛下がおっしゃったのです。

 仕方なく結んでいた婚約がなくなったので、今、わたくしはとても晴れやかな気分ですわぁ」

 コーデリアは表情を隠すように垂らしていた髪を、すっと耳にかける。透き通るような薄紫の目が見えた。



「ふざけるな!」

 騎士団長の嫡男がガツガツと足音を立てて、コーデリアに向かってきた。


 そこに、辺境伯のご令嬢がコーデリアをかばうように前に出た。

 令息の目の前に開いた扇を突き出して、視界を奪う。少しのけぞったところに、すかさず蹴りを入れる。

 ドレスだから動きはいつもより鈍くなるが、細いヒールが武器と化した。


「淑女に暴力を振るうとは何事か!」

 辺境伯のご令嬢が、叱りつける。


 おそらく、この二人の婚約も解消されるのだろう__。口に出さないが、この場にいる生徒たちの誰もがそう思った。



 次に、宰相の次男が、コーデリアが主席を取ったのはカンニングをしたからでは、と罵りだす。

「わたくしより成績が下の人の回答を見る必要が、ありますか?

 間違った回答を避けて正解だけを選べるなら、自力で書いた方が早いですよねぇ。

 それに、監督している教師に気付かれないようにするのも、そうとう難しいのでは……」


 観客の中から、呆れた声が漏れてきた。

「そう言われてみれば、カンニングも難しそうね?」

「宰相の次男があんな思考力で、大丈夫なのか……」


 次男はそれらの声の主たちに目もくれず、ふん、と鼻で笑った。

 その後、男爵令嬢にとろけるような微笑みを向けたが、彼女が返す笑顔はどこかぎこちない。


「……こんな婿、要らない……」

 侯爵家の一人娘の言葉に次男は青ざめたが、もう遅かった。


「サマセット男爵領が栄えたら、侯爵家だって……」

「ご心配には及びません。援助を受けねばならぬほど困窮してはおりませんし――

 わたくしを蔑む女性に侍る方を婿に選ぶなど、社交界の笑い種になるような真似はしたくありませんわ」

 侯爵令嬢はきっぱりと拒絶した。



 婚約破棄をするため、コーデリアを非難する材料だったのだろうか。ぼろぼろの教科書や破れたドレスなど、「物的証拠」が持ち込まれた。

 せっかく用意したのだから披露しないと惜しい、とでも思っているのか。茶番に観客たちは呆れるばかりだ。


「……不衛生ですわ。それを触った手で、わたくしにつかみかかろうとなさらないでくださいましね」

 騎士団長の嫡男を、挑発するように横目で見た。



 ■コーデリアのターン■


 コーデリアは広げた扇の下で何事かを唱える。パシリと閉じてからそれらの品を、扇で指し示した。

 それらがぽわっと淡く光ると、扇を周囲の観客たちに向けてあおぐ。

 光は男爵令嬢の元へ飛んでいった。


「ひゃあ! 何これ、何これ?」

 男爵令嬢は手を振り回し足をジタバタさせ、自分の裾を踏んで転んでしまった。



「……壊されて、使命を果たせなくなった物たちの『無念』ですわ。器物破損の犯人さん」

 コーデリアは悲しげに目を伏せた。


 次に、魔道士長の愛弟子へと顔を向ける。

「あなた、このような確認すら怠ったの? それとも冤罪とわかっていて協力したの?

 あの清廉潔白な魔道士長が知ったら、さぞかし嘆かれるでしょうねぇ」


 愛弟子は青ざめながら

「まだ、習ってない……もん」

 と涙ぐんだ。


「あらぁ、お勉強がそこまで進んでいないの……余計なことを言って、ごめんなさいね」

 これで、王太子の愉快な仲間たちは潰せたかしら。



 婚約破棄という結果を得るために、コーデリアが辞退せざるを得ない状況を作りたかったのだろう。

 思わぬ早さで婚約破棄できたのだから、それを喜んで黙っていればよかったのに。見事に自爆したわね……。



「あの、あのっ……食堂でお昼にロクサナを無視して、席を奪われました。ロクサナ、悲しかったです!」

 男爵令嬢が立ち上がって、叫んだ。



 あの重たいドレスで、自力で立ち上がる――まったく、見事な脚力ですわ。

 けれど、誰ひとり手を貸そうともしないのは、紳士としてどうなのでしょう?


 この子、よく王太子や高位貴族の男性の前で転んでいたけれど、一人でも起き上がれるのねぇ。

「できなぁい」と甘えられるのが可愛くて、健気なんでしたっけ?

 幼いころから「下級貴族のお手本たれ」と家庭で教育を受けているのですもの。わたくしたちには難しいですわ。


 わたくしでしたら、助け起こしてくれない、紳士のふりをした方々を侍らすなんて、逆に恥ずかしいですけれど。

 いえ、複数の殿方を侍らすのがそもそも……でしたわね。

「真実の愛」って、たくさん存在して、同時進行が可能なのねぇ。



「……それは、いつのお話ですか? 無視とおっしゃいますが、知り合いでもない人に対してなら、普通の振る舞いではないかしら」


 もう、何が言いたいのかわかりません。

 わたくしを責め立てて、泣き顔でも拝みたかったのかしら。わたくしの涙にそんな価値があるとは思えませんが。



 魔道士長の愛弟子が涙を拭って、コーデリアを睨みつけた。

「……先ほど、何をしたのですか?」

 流石に、魔力の揺れは感知していたようね。


「……王太子殿下が署名をしただけよ。わたくしは何もしていないわ」

 そう。誘導はしたけれど、最終的にそれを選んだのは王太子だ。


 特殊な術式が組み込まれた契約書は、署名した瞬間に効力を発揮する。

 王太子が婚約誓約書の但し書き、「婚約破棄条項」の欄にサインした時点で、破棄が成立している。

 その際の「慰謝料」も速やかに履行されたというわけだ。


 もう、婚約を白紙や解消に変更することも、有責者をコーデリアにすげ替えることもできはしない。



 コーデリアは肩をすくめて、王太子の顔を真っ直ぐに見つめた。


「――何に、ひっかかっていらっしゃるの? 

『真実の愛』で、子どもを作られたのですよね。わたくしが出る幕はもうないと思うのですが」

 王太子の顔が引きつる。会場がざわついた。


 ロクサナが「子どもができたなんて、まだ誰にも言ってないのに……!」とつぶやき、口元を押さえる。

 周囲の令嬢たちが、あきれたように目を見交わした。


「あなたが我が公爵家の診療所に来るからですわ。王宮の医師にでも診てもらえばよかったのに」


 我が領地民が王都に支店を出したり、王都の職人に弟子入りしたりするので、下町に診療所を開設している。

 領民が安心して仕事を広げられ、技術を習得し、ケガや病気でも転落しないで復帰できるようにする政策だ。

 他領の人も別料金で診ていて、なかなか評判がいいらしい。



 制服を着て来院し、妊娠が判明した生徒がいたので、学園に報告すべきかと相談が上がってきたのだ。


「殿下の背後には、心強いご令息がいらっしゃる。でも、どなたにも頼れなかったのね。

 心細かったでしょう、おかわいそうに」

 もちろん口先だけで、同情などしていない。だって、浮気ですもの。

 いくら、嫌いな婚約者とはいえ、不快になるわ。



「お、お前、やはり嫉妬しているんだろう? 素直になれ、コーデリア!」

「とんでもないことでございます。

 わたくしたちは卒業ですけれど、彼女は一学年下。学業はどうされるのかしらと思っただけですわぁ」


 会場の外から騒がしい気配が近づいてくるのに気付いて、ふんわりとコーデリアは笑った。


「お前を愛することはない……でしたか。

 奇遇ですねぇ。私も、でしたのよ」


スッキリした方も、モヤモヤが残った方もいらっしゃるでしょうか。

次回は、学生だけでは動かせない「王国の都合」が顔を出します。

お楽しみに。

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