迎え火
大学の友人の祖母が亡くなった。
親戚づきあいの薄い彼は、「田舎の方で法事をやるから一緒に来ないか?」と俺を誘った。ヒマだったし、ちょっとした旅行気分でついて行った。
彼の実家は、山の奥にある集落だった。
携帯の電波も入らず、バスは一日一本。昭和のまま時間が止まったような場所。
「変な風習があるんだよな、この村」
彼がぽつりとつぶやいた。「迎え火」って知ってるか?と聞かれたが、詳しくは知らない。
集落では、毎年決まった日に――亡くなった者の霊を迎えるため、道端に小さな火を灯すらしい。ただし、それは親族以外がやってはいけない決まりで、他人の火をまたいではいけないという。
法事が終わった夜、俺たちは近くの酒屋で買った酒を持って、集落のはずれにある河原まで歩いた。途中、ぽつぽつと地面の横に焚かれた小さな火が見えた。
「これが迎え火か……」
彼がポケットからスマホを出して写真を撮ろうとした瞬間、通りすがりの老婆が怒鳴った。
「撮るなァッ!火をまたぐな!」
驚いてスマホをしまったが、たしかに一瞬、火の上を踏んでしまった気がする。
「……まあ、関係ないだろ」
俺たちは酒を飲み、くだらない話をして夜更けまで過ごした。
それから数日、東京に戻ってからのこと。
俺の部屋に違和感があった。
鏡の端に、知らない老婆の姿が写るようになった。
外を歩いていても、電車のガラス、ビルの反射、スマホのインカメラ――どこかに必ず、火のそばにいた老婆の姿が映る。
夢にも出てくるようになった。
夢の中で、老婆はずっと俺を見ている。そしてひとこと、こう呟く。
「あの火はな、死者の帰る道じゃ。
おまえがまたいだ火は……わしの孫のものじゃった……」
気がつくと、足元が焼けるように熱かった。
部屋に火なんかないはずなのに、裸足の裏がじりじりと焼けて、皮膚が焦げる臭いがした。
あの村の迎え火には、“何か”が宿っていたんだ。
それを――俺は、またいでしまった。